第0話第2章

「おほー! やっぱ渋谷はマジできたねー!」


頭上や足元にある街並みのどこを見ても感心しつつ、ロンは渋谷の街中を闊歩する。

「この前こっちに行って服買ったし、今日はあっちかなー」

飲み屋に無料案内所、服屋にゲームセンターに風俗店にラブホテル。人間の欲望を満たすさまざまな施設が立ち並ぶ街中は、ロンにとってこの上なく刺激的な場所だった。


「海老……?」

とある看板を見上げて、掲げられたビルの階下に目を移すと中華料理屋が目に留まる。と、同時に瞳を輝かせる。


「これが噂に聞くマチチュウカ! お腹も減ったしちょっと寄っていきますかねぇー!」

そう言うと中華屋に向かって歩みつつ、指を鳴らす。それまでロンを視認できなかった街を行き交う人々の前に、姿が顕現する。


突如現れた奇抜なファッションの少女の姿に近場の人こそ驚きを見せていたが、中華屋にロンが入り込むうちに喧騒の中でうやむやになっていくのだった。


「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞー」

中華屋に入ると決まり文句による接客を受ける。

「うはー! ここも汚くていい感じじゃん!」

店の内装を一瞥して思わず率直な感想を漏らすと、その言葉に反応した店主らしきガタイのいい料理人から、睨みの効いた視線を感じる。


「あっ、すんませんそういう意味じゃなくて……いいお店だなーって思いまして!」

慌てて取り繕うロンを見て、声を発さずに己の手元へと視線を戻す料理人。

(やべー! 怒られるところだったわぁ)と心の中で安堵して、席について気になったものを手当たり次第に注文するのだった。


空になったラーメンとチャーハンと小籠包の器を前に「ごちそうさまでしたー!」と威勢よく発するロン。

「めっちゃうまかったです! これなんて料理なんです?」

目を輝かせて料理人に問うと、初めて聞かれた質問に怪訝な表情を浮かべつつ、

「いや、普通のラーメンとチャーハンと小籠包だけどよ」


「ラーメン! チャーハン! ショーロンポー! めっちゃ好き!」

「お、おう。ありがとよ嬢ちゃん」

「あっ、やべ! 写真撮り忘れた……。こっちの料理なんてめっちゃレアじゃん?」


ロンの振る舞いに首を傾げる料理人を前に、すっかり写真を撮り忘れた後悔でテンションが下がるロンだったが、

「まあ、また来ればいっか!」


瞬時に前向きになり、にひひと笑みを浮かべる。と、その時。

ガラッと勢いよく開けられた店の扉の方に、料理人とロンが視線を同時に向ける。

「コードネーム・ロン、見つけましたよ……」


怒りが滲み出る表情を捉え「やべっ……!」と猫のように身を総毛立たせるロンであった。


■■■


中華屋からほど近い人通りの少ない小道にて、腰に手を当てて説教モードのエレンキスと地べたに正座という説教受けモードのロン。夜の帳も下がり、街灯の灯りはあれど薄暗い。


「……ということですが、コードネーム・ロン! ちゃんと聞いているんですか!」

「聞いてまーす! ショーロンポーが大事でーす」

「ホウ・レン・ソウ! それにこっちの世界で必要時以外に軽々しく実体化しない!」

「はーい、すんませーん」

口を窄めて視線を逸らしつつ形だけの反省の言葉を述べるロンと、じわじわと怒りのボルテージが上がりつつあるエレンキスが対峙する。


「まったく……このヤンキー娘は……!」

「あ、自分元ヤンなんで。そこんとこよろしくでーす」

細かいことではあるが事実である指摘を受けてエレンキスの感情はますます激化しつつあるが、先の御許とのやり取りもありなんとか堪えようとする。感情を抑え込もうとわなわなするエレンキスを尻目に、ふと視線を外した先で通行人に気づくロン。


ちゃらそうな男女数人のグループのあとを、側から見れば圧倒的に不審な所作で尾行している男が1名いた。不審な男性を見つめるロンの瞳に、刹那、赤い発光が帯びる。


「エレンキス、あれ」

「仮にも監督役の上司を呼び捨て……。このクソヤンキー娘!」

我慢の限界を迎えて正座で座り込むロンの胸ぐらを掴み上げるエレンキスだったが、ロンはそれでも赤い眼光で男性の方を向き続けていた。

「あれさ、燈⼈(ひびと)ってやつでしょ」


急に冷静にそう言ったロンの向く先に、エレンキスも視線を向ける。エレンキスの瞳も赤い発光を宿していた。

「……燈⼈を肉眼で確認」


電信柱の後ろに隠れつつ前方を窺っている男を確認すると、映り込む通行人とは異なる反応が見えた。掴まれた胸ぐらからエレンキスの手を振り解き、弾みでずれた下着の位置を直しながらロンは言う。

「追わなくていいんすか?」

「い、言われなくても追いかけるわよ! それが仕事ですもの……」


先ほどまで怒りに震えていた少女の拳は、今は小刻みにわずかに震えていた。気丈に振る舞う声にも、動揺の色は隠せずに現れている。ロンはそんな少女を見つめていた。その瞳からは赤い発光はすでに消えている。


燈⼈と呼ばれた不審者の方をじっと見つめ続けるエレンキスだったが、電信柱から意を決したように飛び出していくのを見ると慌ててロンに声をかけた。


「あんたも来なさい! コードネーム・ロン。これも研修よ!」

「うーっす」


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