なにかを忘れてるみたい
目の前の親友が俺を上目遣いで見る。
可愛い。
「何?」
「覚えてた?僕のこと」
親友は唐突に、そう言い放った。
「覚えてた…よ、」
しどろもどろに、弱々しく、俺はそう言った。
覚えているとも。でも、確かじゃない。
俺は、忘れっぽいから、なんともいえない。
でも、覚えてる。この、親友だけは。
淡い空の色の、澄んだ綺麗な目。
日本人なのに一人だけ、ファンタジーのなにかにでてくるような、不思議な目。
今にも雨が降りそうな、曇天みたいな鉛色の、肩より少し長い、サラサラとした髪、綺麗に整った顔、白い肌、細身な手足。
目を離したら、するりとほどけて消えてしまいそうだ。
改めてみると、可愛いよりも…美しいとか、儚いが勝つような、そんな、親友。
でも、一つ一つの素振りは可愛い。
「忘れちゃった?あの事、あったこと。全部、僕はね、覚えてるよお。君が忘れちゃったことも」
訳の分からないことを、親友は、そう呟いた。
睫毛の長い、綺麗な目を閉じて、彼女は微笑む
「…今日の待ち合わせの時間は5時、君はちょっと早めに来たねえ」
4時…?何分?4時45分じゃ?…いや、違ったっけ?
「そうだったっけ?」
「そうだったよお」
ちょっとふてくされた顔で、そう言う。
揺れる、鉛色の細い髪が綺麗だと思った。
「僕はね、待ってるの、君を、ずうっと」
冬のように空みたいに、淡くて儚くて、今にも消えそうな、掴めない瞳の色が、なんだか今は、強くて、鮮やかな空色に、見えた。……そんな気がした。
「君が気づくまで、待ってるんだあ」
少し呆れたような、少し、期待したような、濁った笑みで、そう言う。
俺は、なにかに気づかない。
で、それは、親友を待たせるものである。
…わからない。
「それで…この曲の話の続きをしよお!!!」
親友はバッとスマホの画面をこちらに見せた。
暗い背景に、少女が一人、一時停止ボタンが表示されていた。
「…ふぇ」
気の抜けた、馬鹿みたいな声が出た。不思議な雰囲気の後、すぐにいつもの調子に戻ったからか、気が抜けたみたいで、少し恥ずかしい。
「なに?その気の抜けた声…君だから許されるところあるけどさあ」
あんな意味深な話し方をしておいて、なんなんだろう?
そういう演出だろうか?なんのために?…分からない。
「びっくりしたでしょお?」
嬉しそうな顔
「なんか変な感じがした、いつも通りじゃないみたいな」
俺はそう答えて、少し不思議そうな顔をした、と思う。
「…そっかあ」
えへへ、と、親友は笑う。
絶対に自分が可愛いことを分かっているだろう、その顔。…そういう演出なんだろうか?なんのために?
スマホに有線イヤホンを差し込んで、片方を親友が渡してくる。それを受け取った。
「あんまり好きじゃない人もいるんだよねえ、こういう曲。えっとね、機械が声をだして歌ってる曲なんだけどお…」
「別に、俺はそういう曲も聞く」
「あ、そお?なら、この曲の題材は?」
曲の題材?
元ネタとか、そういうのか?
参考にしたもの…とか?
「…なにか問題あるのか?」
俺は、なぜか、慎重に、そう聞いた。
「ん?あー、まあ、あるかなあ…」
親友は見たことない、暗い不思議な微笑を浮かべた。
「この曲ねえ、自殺を題材にした曲なんだあ。ちょっと鬱っぽい歌詞なのにポップで可愛い雰囲気なのが特徴でなんだけどね」
…自殺
自ら死を選ぶ行為。
それを題材にした曲
「ここ数日かな。最近は自殺のニュースが多いしねえ。この曲の影響かなあ?結構再生されてるし?」
『□□歳、男子高校生自殺…』
あのネットニュースを思い出す。
「でも、『永眠』が人気だ。とか、そういうニュースはないな」
「そうだねえ。ま、世界には、戦争に、殺戮に、差別に、いじめに、犯罪に。人はそれに、目を背けるか傍観者を貫くんだあ。自分が平和で、幸せで、その場しのぎをしてればそれでいいんだよお。…最悪なのはそれをエンターテイメントとして楽しむ人らだねえ。その残酷さと残虐性に気づきもせずに」
世間の、俺の奥を突くような、突き刺すような発言だった。俺は傍観者だ。
だから、何も…言えない。
「耐えられない人間は、逃げて、逃げ切れなくて、それで、死ぬの。…死ぬことはしょうがないんだあ、きっと。人は誰だって死ぬ。自然のまま死ににいくよりも、自分から死んだほうが、いさぎよくて綺麗だと思うんだけどねえ、でも、それを悲劇にするのはなんか、違う、まだ生きれた命、改善の余地はあったかもしれない。でも、そのときは無理だった。だから……だから投げ出したんだよ、なんだか、報われない」
親友は、俺が見たことの無いような顔をする。
複雑で、でも、単調で落ち着いた顔だった。矛盾してる?…どう表現したらいいのかわからない。でも可愛いということは変わらない。
「…んあ、ごめん、ごめん、話、それちゃったやあ」
申し訳なさそうな顔に、なぜか少し動揺してしまう。
「ぃいや、?別に…蒼空の好きなように、話せば良い」
親友…蒼空は楽しそうに話を続ける
「そお?よかったあ、あ、この曲ねぇ、僕が見たときは4再生くらいだったんだけど、次の日からいっぱい再生さてさあ、凄いよねえ」
そういうジャンルで売ってく曲は沢山ある。
でもこれは、群を抜いて再生されているようだった。
一週間で、1億弱くらい…と表示されている。
親友は自分の事のように、少し自慢げにそう言った。
そんな俺はスマホ画面から目が離せない。
そんな気がするだけかもしれないけれど。分からない。
「曲もいいんだけど、MVも綺麗もいいんだ!女の子が、ビルから落ちるって言うやつなんだけど…それがまた…なんて言うか…言葉じゃ表現できない込み上げてくるものがあるんだよねえ」
俺がそれを見つめていると、いたずらっぽく、蒼空は笑む。
「ん?なに?惚れちゃったあ?この子に」
「…そんなこと無い…と思う」
「あっそう。…ちゃんとしっかり見てから言ってよお」
少しふてくされた顔をしている。
そんなこと言うと、見たくなってしまうような気がした。
「みたい」
「ん?ふふ、君が言うなら、良いよ」
完全にスマホを差し出してきた。
一緒に見ないの?と聴くと、「僕は聴いたことあるから」といって、注文した冷たい珈琲を待っているようだった。
スマホを受け取り、動画の最初に戻して、再生ボタンを押した。
真っ黒い画面から、夜景が写し出され、古いビルの屋上の風景と共に美少女が目を俺に合わせる。心奪われる。鼓動が早まって。なんだか少し苦しいような、そんな感覚が俺を襲う。
青い目に、黒い髪の、少し、蒼空に似ていた。蒼空の方が可愛い…気がするけど。
音楽は、不気味で、明るくて、不協和音で、少し、空回りした、愉しさを感じさせる曲調だった。
機械の声が、不気味さを誇張してるみたいで、少し気持ちが悪い。でも、不思議と目が離せない。
美しくて、怖い。でも、背けられない。
歌が進んで。
…場所は高校の教室のようだ。
最初は綺麗だった女子の、セーラー服。今はスカートは丈がバラバラで、少女の足や腕には包帯が巻かれており、傷だらけだった。
そして、その周りには能の無い猿。野蛮な男達。
蹴ったり殴ったり。信じられないような暴言をはいたり。声はない、でも、そんな気がする。少女は抵抗の色を見せているが、複数人相手では、意味がないように見える。
いじめ。既視感がある。
本物を見たことがあるような気がする。
覚えてない。思い出せない。分からない。
そんな光景を…それを、一人の少年が見つめている。
…俺?なんで?
いや、俺に似てるだけだ、きっと。たぶん。
分からないけれど。
曲に集中しよう。
見ていた少年は、少女の手を取った。
なんだか、憎たらしかった。
……その
また、既視感が、頭を回る。
情報で、訳のわからないことで、頭がパンクしそうだった。なんで、俺が?蒼空みたいな娘が、?
曲は、最後のサビへ移り変わる。音楽のって少女は踊る。簡単に、何かのダンスのステップを踏んで、軽やかに。綺麗に。
こちらになにか、声を発した。…ここは、ビルの屋上だ。危ない。落ちたら、死
誰かが手をのばす。
ギリギリのところで、つかんで助…
……少女は、落ちた。
絶望感に襲われてすこし、最後、最期の一瞬。
なにか、が写っ…た
俺の目に、はっきりと焼き付いた、それが見えた。
あ?
可笑しい
おかしい
なんで、どうして?
目の前の親友と、同じ格好で、同じ髪型で。
同じ目で同じ顔で。
髪も、目も、服装も、顔も、仕草も、素振りも、あ、蒼空
なんで?なんで
「…な、んで」
「なにが?」
分かっているくせに。たぶん。
なのに、、あ、分からない。
あれ?
これ、は?え、
俺が見捨てたの?
な?いや、嘘だ。だって、でも、なんでここ。に?
頭になにかがめぐる。つっかかって気持ちが悪い。
思い出せ、やだ、思い出したくない。
夢か、これ、なんだ、?なんで、
なんで?飛び降りたお前が?
…お前が男の格好をして。
こんなにも笑顔で。いるんだ?
判らない、覚えて、ない。
俺は…そうだ
お前に見とれて、それで、いつのまにか好きになってたけど。男だった。分からない、解らない、判らない、覚えてない。あ、いや?
拒絶したのか?困惑したのか?解らない解らない、分からない、?
…手を…あの時手を離して?離した?本当に?
どうだった?俺は、なにをしたの?
冷や汗が背筋を伝って気持ちが悪い。
頭が追い付かない。なにかがめぐっているのに、俺の奥が、心の底が、それを拒んで、脳が理解を拒絶する。
「…誠人?」
声。
「…は、そら、?、、?、蒼空…?」
身を乗り出して正面にいる蒼空の左頬に触れる。
俺の右手は震えているみたいだ。
「わあ、なあに?」
冷たくも、暖かくもない、つまらない、分からない、不気味で心地の良いおと。
…怖い?
なんで?
忘れてた?
何かした?おれは、何を、忘れているんだ?
「んー、なんか変なもの食べたあ?あはは、そんな顔しないで?」
俺はもう…今更遅い。?
白い肌も青い目も俺を拒絶しないで受け止める微笑みも、怖い、それで、優しくて、辛くて、落ち着け。
蒼空、蒼空は、なまあたたかくて、心地よくて気持ち悪い。
「蒼空、俺、ごめん、また忘れちゃって」
「いいんだよお、ほら、思い出そうねえ」
待ってはくれない。待ってなんてくれるはずがない。
俺は、俺は、蒼空をどうしたんだ?
…蒼空は俺に、無理やり思い出せなんて、言わない。
だから、あ、蒼空は。俺はそんなに、大事なことを、わすれてるの?
あ、おもいだして、思い出せない?、あれは蒼空?あー、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い?
…あの曲は蒼空?
なんで見たことがある?結末は?あれとは違う。
なんで、なんだ、なんだっけ?夜の、月の、青白くてそれで、なんだか、ひやりとした雰囲気の、冷たい、古いコンクリートの。上で。
見つけたのは、誰?
黒い髪だった。
あれは、暗かったから、夜で。だから、黒く見えたのかな?
青い、目だった。
月の光が反射して、そう見えたのか?
わからないけど、あ、…蒼空
あれは蒼空で。
…手を握って、あー、つれてかれて。
落ちかけて、追いかけて、やっと捕まえた。
捕まえた。と、思っていた。?
捕まえた。
「…、蒼空、ごめん俺思い出し」
なんとか、なんだか、思い出した気がした。
でも、あれ?
言葉がつまる。
なんだか、おかしい。
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