第152話
「では、さっそく」
香りからして爽やかそうなソースと共に、アマエビを口に含む。
軽い塩気とともに、オレンジの香りが口の中に広がった。ソースは果汁を煮詰めたものではなく、絞った果汁をオリーブオイルに混ぜたものらしい。オレンジの瑞々しい風味が、とろりとしたコクのあるアマエビによく合う。
後味は心地よく、次の一口が欲しくなった。これは美味い。
「エルクラートさん、次もビールでいいですか?」
「いや、白ワインが欲しい。任せてもいいか?」
「ええ。ちょうどいいのがありますよ」
ビールを飲み干した私の前でテキパキとワインを用意してくれながら、マルセルが口を開く。
「エルフのお客さん方はとろっとした食感が好きで、生のアマエビが人気なんですよ。温かいものを食べるときは、卵料理ですね。卵を半熟で仕上げて欲しいという方が多いです」
「なるほど。とろっとしたものか」
絵に卵料理は毎日与えていたが、とろみのある食材はほとんど与えていなかった。アマエビか。市場で簡単に手に入るものだから、与えてみるか。卵料理ももう少しゆるめに仕上げた方が絵の反応を引き出せるかもしれない。
マルセルのおかげで勉強になった。
そんなことを考える私の視界の中で、動く影がひとつ。
「だめだ。きみにはやれん」
「なあおう」
姿勢を低くしてそろりそろりと皿に歩み寄っていた老猫を押さえる。ちょっと太めの前肢を伸ばしてじたばたあがく姿は愛らしいものだが、だからといってお裾分けというわけにはいかないのだ。
オレンジが使われたソースに、エビ。
猫が死に至る可能性があるものがたっぷりの料理なのに、ほいほい食べさせるわけにはいかない。
「ありがとう、いい勉強になったよ」
「いえいえ。エルクラートさんの彼女さんって、エルフだったんですね」
違う。私はエルフと付き合った経験なんてない。しかしマルセルはいい情報を得たとばかりに、丸い顔に満面の笑みを浮かべてとても楽しそうだ。
「うちに彼女さんを連れてくるときは、事前に教えてください。アマエビと卵、たっぷり用意して待ってますから」
「その予定は永遠に入らないから、安心して通常営業に励んでくれ」
マルセルの勘違いをしっかり否定すれば、別の質問が飛んでくる。それが分かっていたから、私は彼の言葉を軽めに受け流した。
そんな私が押さえつけていた老猫が、ぬるりと抜け出して床に降りる。
ピンと尻尾を立て、まあるい尻をもちもち揺らしながらテーブル席の方へと向かう老猫。ダイエットをやめた影響か少々サイズアップした気がする後ろ姿は、絶対に客から魚が貰えるという自信に満ち溢れていた。
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