第103話

「困りましたねえ」


 女がうっすら苦笑いを浮かべた。まるで私の言葉を子供のわがままと捉えているような表情だ。温厚な私もさすがにかちんときたが、ここで感情のままにふるまえばそれこそただのキレ散らかした子供でしかない。


 なんとかして穏便に二人を取り返せないかと悩む私の前で、女が明るい声を上げた。


「そうだ、あなたも一緒に働きませんか? あなたのその外見、きっとなにかの魔物でしょう?」

「そうだが」


 ん? このメイド、バクを知らないのか? 人里ではメジャーな魔物だぞ?


「やっぱり。体を隠す不思議な魔法を使えるからには、あなたは魔法も得意なのではしょう? この城には魔法を使える者がほとんどいないので、魔法の得意なあなたが働いてくれるととても助かるのですが」


 女の声はほわほわと優しい響きだが、その目は笑っていない。この話を断ったら私を処分する気満々としか思えなかった。一メイドにその権限が与えられているのかは不明だが、その権限を持つ者へ私が不利になるような報告をするとは充分考えられる。


「キール、それからクーアと話をさせてくれないか」


 強行突破をするにしても、こちらから無暗に二人と探し回るより合流したい。


「こう見えて私は人里で商売をしている身でね。自分の店を閉めてまで仕える価値がある城なのか、彼らに訊いて確かめてみたい」


 キールに話を聞けたとして「ヤバすぎる。今すぐ逃げるぞ」としかならないけれども。


「それはできません」


 女は即答だった。予想していなかった速さだ。少しくらい悩んでくれてもいいのに。一メイドと思っていたが、かなりの権限を持つ者なのか?


「キールには清浄な結界の中で働いてもらっています。姫様を外界の穢れに触れさせない為にも、すぐ会わせることはできないのです」

「休む間もなく、つきっきりで働いているのか?」

「ええ。ほぼそのとおりだと思っていただいて間違いではありません」


 姫様というからには女だと思うのだが、そんな者に男のキールをつきっきりであてがっているのか? 非現実的な話すぎて、怪しい匂いがプンプンする。


「いつならキールと話せるんだ?」


 体が縮んでしまっている分、体内に存在する魔力の量も減っている。それでもバクは魔法に長けた種族なのだからそこそこの魔法は使えるが、目前にいる女の正体やキールたちの居場所も分からない状況で暴れても、無駄な労力を使うだけである。それよりは、キールの話題について食い下がる方を選んだ。


「今すぐ決めるのは、ちょっと難しい質問ですね」


 もとよりキールに会わせる気のなさそうな女が、それでも少しは悩むそぶりを見せる。


「もしキールと話したいのでしたら、この城で働きながら待ってはいかがですか? この牢で暮らすよりいいと思いますが」


 女はどうあっても私をこの城で働かせたいようだ。話が平行線を辿り始めている。


「クーアと話はできないか?」

「もう夜中ですし、彼女も眠っていますよ」


 女はクーアについてはさほど重要視していなかったので会わせてもらえるのではと思ったが、けっこう常識的な理由で断られた。

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