第102話
牢の前に立ち、メイドの女は穏やかな笑みを浮かべた。ふわふわとした甘い声は、私が意識を失う前に廃墟で聞いた声によく似ている。
私は丸一日眠っていたのか。それならこの喉の渇きや空腹感も頷ける。食事が不足しているのだと頭が理解したら、腹の虫が控えめに鳴いた。そうだな、水だけでは虚しい。ちゃんと食べ物が欲しい。
「体もちゃんとあったのですね。触っている感覚はあったのですが見えなかったので、どうなっているのか不思議だったんです」
女が私の体を視認できなかったのは、私がバクのローブを羽織っていたからだ。胸の留め具を外さないかぎり、ローブは私の体を隠してくれる。それをこの女が知らなかったとしても、特別無知というわけではない。むしろ知っている方が珍しい。
「食事は食べられそうですか?」
「その前に教えてくれ。ここはどこだ?」
いくら腹が減っているとしても、私の大切な二人について情報を手に入れる方が先だ。
それにしても……子供の声だから、私がなにを言ってもいまいちかっこうがつかない。たぶん私が真正面から見据えている姿も、微笑ましい絵にしかなっていないと思う。
自分で言うのもなんだが、私はとても可愛らしい外見の子供だったから。
現に、女が怯んだ様子はみじんもない。
「ここはイオリ様の城です。あなたはなにをしにここへ?」
「友人を探しに来たんだ」
この場所が私が少しばかりいた廃墟と同じ場所かは分からないが、まずは牢から出してもらわなければクーアとキールを探すどころではない。廃墟でもこの女に似た声に同じような質問をされた気がしたが、面倒くさがらずにきちんと答えた。
「友人、ですか?」
「そうだ。クーアという夢屋と、キールと言う吟遊詩人の二人組だ。ここに来ていないか?」
私の言葉に、女が微笑みと共に頷く。
「ええ、いますよ。二人ともこの城で働いてもらっています」
路銀でも尽きて働いているのかと一瞬考えたが、もしそうだとしたらキールは私に助けを求めたりなどしないはずだ。だとすれば、強制労働をさせられているのではという答えに辿り着く。
「その二人を解放してもらいたい」
黒い疑惑は漂っていてもまずは正攻法を試さなければ。そう考えて頼んでみたが、女はすぐにゆっくりと頭を振った。
「いいえ、それはできません」
「二人がなにか罪でも犯したのか?」
「そうではないのです」
穏やかな声で、女が言葉を続ける。
「キール。あのハルピュイアの方は、病で臥せっている姫様のそばに仕えてもらっています。姫様もそれはお気に入りの様子で彼の歌をずっと聞いていますので、いなくなられるととても困るのです」
つまりキールは、姫様のわがままから逃れたくて私のところにあの風切羽を必死で飛ばしてきたのか? ありえない。そんな理由でしかないのだとしたら、キールは私に助けを求めるより先に、あらゆる方法を使いクーアを連れてさっさと逃げている。
「もうひとりはクーアといいましたか。あの子だけであれば、まあ、お返ししても構いませんが」
「二人だ。二人とも返してくれ」
クーアをなくてもいいもの扱いするな。たしかにできることは少ないかもしれないが、彼女だって精一杯生きている。
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