4.

 事態の変化は劇的だった。


 実母の体調が悪いからと、仕事の調整をしてナディアが乗り込んだ馬車が暴漢に襲われた。


 そして抵抗虚しく、ナディアは凶刃を受けたとの報告が届けられる。


「何だって!? ナディアは無事なのか!?」


 その連絡にアレンは血相を変えて椅子から立ち上がった。


「お怖いこと。愛想がありませんし、誰かの怨みでも買われたのでしょうか?」


 血の気が引いたアレンをよそに、メアリーは片頬を押さえてしおらしく眉尻を下げた。


「…………っ」


「あら、アレン様、どうかされましたか?」


 物言いたげな様子で佇むアレンを見返して、メアリーはにっこりと笑顔を向ける。


「とにかく今はナディアの無事を……っ!!」


 言うが否や部屋を飛び出そうとするアレンの腕をメアリーはガシリと掴んだ。


「アレン様に必要なのは命をかけてアレン様をお救いした私だけでしてよ!!」


「今はそんなことを言っている時ではーーっ!」


「失礼いたします」


 言い淀んだアレンの間を割く大きめなノック音と共に、部屋に踏み入る足音と声が響いた。


 ハッとして顔を向けた2人の視線の先。部屋の入り口に佇む騎士の装いをした長い黒髪を束ねる長身の麗人は、引き連れた騎士たちの先頭で、鋭い視線をメアリーへと向けて口を開いた。


「メアリー・スレド夫人、あなたをナディア・スレド夫人暗殺の疑いで拘束します」


「何ですって!?」


「何だって!?」


「連れ出せ」


 血相を変える2人を他所に麗人の合図でツカツカと部屋に踏み入れた騎士たちは、唖然とする屋敷の衆目の中、暴れ回るメアリーを有無を言わさずに連れ去った。


 庭先で引きずられながら暴れるメアリーの様子を、スレド伯爵現当主は自室の窓から見下ろしたーー。






「すべて私が依頼したことだ」


「正気ですか、父上……っ!?」


 騒ぎの中でも構わずにスレド伯爵に呼び出されたアレンは、愕然とした面持ちで言葉を繋ぐことができない。


 幾らか老いても、その瞳の奥にギラついた光を宿すスレド伯爵を呆然と見つめる。


「あの女は碌な者ではない。うちの財産を食い潰し、品性を貶める。他の夫人を打診しようものなら、悪鬼の形相で追い出しにかかる。このまま捨て置くことは看過できんかったのだ」


「だ、だとしても、そもそもメアリーとの婚約を進めたのも父上でしょう!? なぜ今になってそんなことを言い出すんですか!? しかも勝手にっ!」


「仕様がないだろう。向こうの強い希望があった上に、貴族の集まる夜会であんな衆目の中大騒ぎになったんだ。年頃の貴族令嬢を盾にして捨てたなどとどんな噂が立てられるか。家業にまで影響が及ぶなどたまったものではない。そもそもお前を狙ったあの貴族崩れの襲撃だって怪しいものだった。結局襲撃犯は口を割らずに自害したそうだが、アレだって本当はーー」


「父上っ!!」


 声を荒げたアレンに、スレド伯爵は口を閉じてそちらを見遣るとため息を吐いた。


「お前だって思っていたんじゃないのか、アレン」


「ーー…………っ」


 射抜くようなスレド伯爵の視線にしばしたじろいだアレンは、ギュッと拳を握ってその瞳を見据える。


「だからと言って、どうしてナディアを巻き込んだのですか……っ!?」


「勘違いをするな。私が頼んだのではない」

 

「こんな囮のようなこと、年若いナディアやキース伯爵に何の得があると言うんですかっ!?」


 遂には怒りを顕に声を荒げたアレンに、スレド伯爵は淡々と答えた。


「嘘は言っておらん。私はキース伯爵の次男坊が騎士団副団長であることもあり、秘密裏に襲撃犯について相談をしていたに過ぎない。此度のナディア令嬢の婚約はキース伯爵から持ち掛けられたのだ」


「そんなバカな話しを信じる訳がないでしょう!?」


「そうは言っても真実だ。それに、これも何かの縁。ナディア令嬢は気立もよく貞淑で家柄も申し分ない。お前も気に入っていたのではないか? この際だ、何とかして彼女をーー」


「ーーそれ以上言えば、僕は本気であなたを軽蔑しますよーー」


 言うが否や、アレンは慌しくスレド伯爵の自室を飛び出したーー。




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