短編(になる予定)!思いつきホラー集

Aoi人

ヒッチハイク

 ある日、私は旅行に行きました。とはいっても、新幹線で隣の県に行っただけの話なんですけどね。

 そこは緑豊かな場所で、いつもの都会の喧騒を忘れることができ、とても充実した時間を過ごすことができました。

 ただ不運なことに、私はそこで財布を落としてしまったんです。

 数時間探し回りましたが見つからず、警察に行っても「届いてない」と言われました。

 帰りの切符もクレジットカードも全て財布に入れていた私は絶望を感じながら、仕方なく警察に渡された書類にいろいろと記載し、その場を後にしました。

 一応交通系ICカードにはある程度のお金が入っていたため、それで帰れたらと思いましたが…残念なことに、県内まで戻らなければ足りない額しか残っていませんでした。

 ここから県内まで歩くとどれくらいかかるのか。一筋の希望を持って地図アプリに聞いてみました。

 返ってきた結果はあまりに残酷で、その数字は12時間を示していたのです。

 こうなってしまうと私にはどうすることもできません。

 なので、ヒッチハイクをしてみることにしました。

 今日日この時代に、大の大人がヒッチハイクなど珍しいかもしれませんが、私に残された手はこれくらいしかありませんでした。

 数台の車が私の前を通り過ぎたあと、一台の車が私の前に止まってくれました。

 ごくありふれた乗用車の運転席の窓が開けられ、一人の女性がその顔を露わにしました。

 とは言っても、その女性はサングラスをかけていて、顔はよく分かりませんでしたが。

 「おじさん、乗ってく?」

 その言葉を聞いたとき、私には彼女が聖母のように思えました。

 「ありがとうございます。ぜひお願いします」

 私は一度深く頭を下げ、彼女の助手席に乗せてもらいました。

 私がシートベルトをつけたことを確認して、彼女はアクセルを踏み直しました。

 「どこまで行けばいい?」

 「隣の県の駅までお願いします」

 「ん、分かった。それより、この時代にヒッチハイクなんて珍しいね」

 「実は財布を落としまして…いやはや、面目ありません」

 「ありゃ、それはどんまい」

 「ははっ、ほんとですよ。一応警察には連絡したので、あとは人事を尽くして天命を待つだけです」

 「おお、おじさん案外難しい言葉使うんだね…まあ、取りあえず見つかるといいね、お財布」

 「ありがとうございます」

 「…そういえば、おじさんはなんでこんな何もないところに来たの?」

 「都会の喧騒から逃げ出したくなりまして。…それに、ここは生まれの故郷なんです。昔はここで妻と娘と一緒に暮らしていたのですが…」

 「浮気でもした?」

 「ははっ、まさか。浮気してたのは妻の方でしたよ。ただ、キッカケは私が仕事に没頭しすぎたことでした。だから、責任を取って私の方が出ていったんです」

 「…優しいんだね」

 「まさか。家族のことを考えられなかった、ダメな人間ですよ」

 「そんなことない。おじさんはいい人だよ。私にはそれが分かる」

 「ははっ…ありがとうございます」

 「私は事実を言っただけだよ。…っと。そんなこと言ってる間についたよ」

 「ありがとうございま…」

 私の言葉は外に見えた風景によって遮られた。だってここは…

 「…ビックリした?」

 彼女がイタズラっぽく笑う。…いや、彼女と言うべきではないのかもしれない。

 「君は…」

 私の言葉を遮って彼女はサングラスを外した。

 しかし、彼女の顔に、私は少しの覚えもなかった。

 それもそうだ。

 だって、娘はまだ車を運転できる年齢じゃ……

 「あっはは!大丈夫、私はあなたの娘さんの友人で、彼女の願いを叶えるためにあなたを連れてきただけだから。ほら、中に入って、娘さんの顔を見てあげて」

 なるほど。つまりは、娘が私に会いたいと言ってくれたのだろう。それで、彼女はその娘の願いを叶えるために…

 「…ありがとうございます。このお礼は今度必ずさせていただきます」

 「別にいーよ。もう貰ってるから」

 彼女の言葉はよく分からなかったが、取りあえず今は娘と会う方が先だ。

 私は急いで車から降りて、かつての家の玄関を開ける。

 その瞬間、血生臭い匂いが私の鼻をついた。

 私がその状況を理解するよりも先に、私は首に鋭い痛みを感じた。

 全身の力が抜けていくのが分かる。私はそのまま床に倒れた。

 薄れていく意識の中、彼女が私に何か見せつける。

 それは私が落としてしまった財布と、どこか懐かしさを覚える頭だった。

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