半年

それから俺は頻繁にその店を訪ねた。彼女は元々この店の常連だったらしく行く度にほぼ姿を見ることが出来た。何回か目に訪れた時に彼女の名前を聞くことが出来た。神織美鈴さん。名前すら綺麗な響き。

美鈴さんと呼ぶ名誉を貰えた俺は今日も今日とて弾んだ足取りで店に向かう。


「いらっしゃいませ、こんばんは」

「こんばんは」

「悠生だ〜こっちこっち〜」

まだ7時にもならない早い時間なのに店には珍しく顔を真っ赤にして出来上がった状態の美鈴さんが居た。気の所為でなければ泣いたような涙のあとまである。

「美鈴さんどうしたんですか?」

「どうやら仕事で何かあったみたいでねえ、お酒が入ったら止まらなくてこんな調子なんだよ」

「う〜」

答えられない美鈴さんの代わりにバーの店主が教えてくれる。ほんのり涙目で赤く染った頬を机にくっつけてこっちを向くのだからとても可愛い。あまりにも可愛い。普段あんなにかっこいいのにこんな表情もできたなんて、ずるい。

「今日は何を飲むかい?」

「今日は度数低めので、おすすめでお願いします」

「私にもびーる!」

「少々お待ちください」

店主がシャカシャカとカクテルを作り始める、店内に流れるジャズとこの刻みのいい音が響くこの時間が好きだ。

手元のスマホでニュースやらSNSをチラッと確認しているとあっという間にカクテルが出てきた。

「お兄さんには今日はミモザというオレンジカクテルを、お嬢さんにはこちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

俺が渡されたオレンジのカクテルは注文通りアルコールと言うよりはジュースに近いあっさりとした口当たりで、とても美味しい。

美鈴さんの方はどう見ても水をビールのジョッキで渡されていた。彼女はそれをお酒だと思ったのか勢いよく一気飲みした。

「これ、水なんだけど!?」

空のジョッキを掲げて文句を告げるが、そもそもビールと水がパッと見で分からないほど酔っている人にこれ以上お酒は渡せないだろう。

美鈴さんはお酒を渡す気配のない店主を見て諦めたようで、帰るためにカバンを抱えて立ち上がった。と思ったら体に力が入らなかったのかそのまま座り込んでしまった。

「大丈夫ですか?」

「えへへ〜酔っちゃった。悠生がお家に連れてって」

「い、いいですけどちょっと待ってください」

慌ててカクテルを飲み干す。ちょっと炭酸がきついけれどこのまま美鈴さんを放っておくことも出来ない。

「お会計お願いします、二人分一緒で」

思いの外高くてお財布にはかなりのダメージだったが、仕方ないのでちゃっちゃと払って彼女に肩をかす。普段は隣に座ってもアルコールの匂いなんてしないのに今日は随分とアルコール臭い。

「帰りますよ」

「はーい」

家の住所は聞き出せなかったので彼女が歩いていく方に支えながら一緒に歩いた。途中で2軒目に入ろうとする彼女を引き止めながら何とか彼女の家まで来た。

想像よりも店から近い歩いて程ないところのアパートだったのだが彼女がふらふらと寄り道しようとするせいでその短い道にも随分と長かったように感じる。

「美鈴さん、着きました。家の鍵はありますか?」

「はいはーい。ここでーす」

チャラチャラと音を鳴らしてカバンから鍵を出す彼女から鍵を受け取って部屋に入る。どう考えても良くないが、このまま外に置いてしまったら外でそのまま寝てしまいそうな様子だ。

部屋の中はとても綺麗で、少し広めのワンルームのようだ。ベッドもそこにあったので彼女を寝かせる。

「あついし邪魔!」

いつもきっちり来ているスーツの上着をポイッと床に投げて、タイツを脱いで、スカートを弛めて、、って、待って!

「俺まだここにいるんですけど!!」

「へ?」

きょとんとした顔で美鈴さんはこちらを向いて、また服に手をかける。

これはもう逃げるしかない!帰ろう!

「しっかり休んでください!おやすみなさい!」

慌てて玄関で靴を履いて、部屋から出る。ほんの数分、無防備になった彼女は儚げでとても可愛かった。かわいかった。




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