エンジェルキッス
れい
出会い
「いらっしゃいませ、お客様」
何となく、ほんとに何となくたまたま入ったバーだった。カウンターで一息ついて、いい場所だと感じたが今日は疲れていたので一杯頼んで帰ろうとおもってメニューをめくりカクテルを頼もうとおそらく店主であろうバーテンダーの方を向いた。
その瞬間、俺は隣にいた彼女に釘付けにされた。彼女はいつも通り店主にいつものお酒を頼んだ様子だったが、彼女の持つ全てが私を魅了した。美しい形の唇を強調する紅のリップ。そのつややかな唇が描く滑らかな曲線。店主はたっているが彼女は座っているのでかすかに上向きな顎と陶器のように透き通った肌。後ろにひとつにまとめられた髪によって頬のラインや耳が横から全て見えて酷く扇情的だ。さらに仕事終わりと推測されるのに着ているスーツにはシワひとつない。あまりにも全てが俺の心にまっすぐ刺さって、今すぐカメラを持ってきて写真を撮りたいとそう思った。あいにく今日は自分も仕事終わりでカメラを持っていなかったし、何より知らない人の写真は撮っては行けないだろうと俺の良心がそこで踏みとどまってくれた。
ボケーッと見蕩れている間に注文は終わり、店主は俺の元に来ていた。
「お客様、お決まりですか?」
「え、えっと、あの、彼女と同じものを頂けませんか……?」
焦りから口をついて出た言葉は自らさえも驚かせた。
「かしこまりました」
店主が何事もなくカクテルの調合にはいる。まるで俺の方が異質な存在のように感じた。というか普通にこんな事して良かったのか?と後悔がぬぐえない。
(やってしまった)
頭を抱えていると、隣の彼女がなんと俺に声をかけてきた。
「私と同じものにしたの?」
「は、はい。つい、気になってしまって。気持ち悪いですよね、すみません」
「いいえ、大丈夫よ。ただ私が飲むのはとびきり甘いからお兄さんには平気かな?と思ったのよ」
ふふふ、と彼女はどこがあどけないこちらをからかうように笑った。俺はそんな彼女の全てに見とれてしまって、それを隠すのに精一杯で脳内はてんてこ舞いだった。
「お待たせいたしました、エンジェルキッスです」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
彼女が先に、俺はその後で受け取ったが確かに彼女が言った通りとても甘そうだ。見るからにチョコレートの色をしている。てっぺんにはさくらんぼが乗っていて可愛い。何となくスマホを出してパチリ、一枚写真を取っておく。それから恐る恐る口をつけて、グイッと飲み干した。
……甘い。
生チョコを固めずに口の中に押し込められた味がする。砂糖とアルコールが混ざって不思議な感じだ。嫌いでは無いが一口で飲むには甘すぎる。少し眉間にシワがよってしまった。
ふと右を見ると彼女はスマホ片手にちびちび飲んで手元でフルーツをつまんでいた。先程より酒が入ってぽけ〜っとしているがこれまでのかっこよくて強い感じとは違ってかわいい。
するとクルッと彼女が急にこちらを向いた。
「ねえ、どうだった?私のお気に入りは」
「ちょっと甘かったです」
「そうよねえ……まあこれ以外にもここのカクテルは美味しいの沢山あるから教えてあげるわよ。また来るならね」
「また来ます。近いうちに」
こんなの断るのも考えられない素晴らしいお誘いだ。
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