第29話 クリムの夜
綺麗な場所、そう思いました。
夕焼け。
海に指す陽光が、きらきらと輝く。
海ってこんなに綺麗なんだ、海賊船から眺めた時は全然そんな風に思わなかったのに。
過去に興味はない。
さざ波に触れるか、触れないか、ぎりぎりの場所に座り海を眺めるこの人をそう言ってくれました。
今、何が出来るか。その人はそれだけ言って、あとは静かにずっと海を見ている。
不思議な人だ。
本で読んでいた竜の使いという存在はもっと超然として人間とは異なる精霊のようなものだと思っていた。
だがこの人は変だ。
この人の言葉は、どこか、そう、暖かく思えた。
社会から逸脱しているのに、社会、人の繋がりというものを知っている?
そんな感じがした。
――あの方の妹だから
――お姉さんのように
社会からの声や目が嫌になって、家を抜け出した。
世間知らずで愚かだったからあっという間に大人に騙された奴隷にされかけた。
私が窮屈だと、檻だと感じていたあの家は、私を守ってくれる城でもあった。
もう家には帰れない。
貴族の責務なんて知らない。
私は私の自由に生きるんだ。
でも、自由には責任が伴う事も知った。
もしも、水竜が現れなかったら、私はその勉強代を自分と友人の命で支払う事になっていただろう。
「……強くなりたい、賢くなりたい」
目の前の彼に聞こえないくらい小さな声で呟く。
私は、自由になりたかった。
でも、自由になれるほど強くなかった。
魔術師として、教育を受けていて良かった。
姉という化け物を身近に感じていてよかった。
理解する。
サキシマと名乗る竜の使い。
この人は、化け物だ。
身体を循環する魔力の量が、まるで夜闇に輝く恒星みたいに輝いている。
それはどの国の魔術師や賢者と比べても、モンスターとも桁外れ。
強い。
この人にはその自由を担保できる強さがある。
家には帰れない。私はあそこじゃないどこかに行きたかった。
決めた。
この人から学ぼう。
私は強くなるんだ、強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ強くなるんだ。
誰の指図も受けない、誰の戒めも必要ない。
お姉ちゃんの光に怯える必要もない。
仕事もしたくない、魔術師や貴族としての仕事も嫌。
仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌仕事嫌ァぁァぁァァァぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
あれ? よく考えたらこの生活……。
海賊に性奴隷にされる心配もない、マーレちゃんも無事。
そしてこの人は男だけど、身体も要求されなかったし、なんか、優しいし……。
海の賢者も可愛いし……夕日も――。
「綺麗……」
「……」
あっ。聞こえていたみたい。
彼がこちらを振りむく。
水色の長い髪。
男性なのに、見とれてしまいそうな青い瞳が優しくほほ笑んで。
「ああ、きれいだな」
あ、一緒の感想……。
なんか、いいかも、こういうの……。
トクン。
胸の中が、震えたような。
………………え、えええええええええええ。
嘘、今のなにいいいいいいいいいいいいいいいいいい。
待って、待って、それはない、それはないないないないないないないないないないないない!!
ちょろすぎでしょう! そんなの!!
落ち着け、私。クールになれ。
いくら先天属性が火だからってそんな熱くなる必要はない。
とにかく、私はここでの暮らしていくんだ!
す、捨てられないように、頑張らないとね!!
「……悪くないな、誰かとこの光景を眺めるのも」
「んんんっ!!!!! やめて!!!! エッチです!!!!!!!」
「なんて?」
私を誘惑してくるこのエッチな使い様には負けない!!!
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