第23話 頑張れ、貴族おじさん《おじさん政治回》


 この世界には怪物と呼ばれる生命が存在する。


 溢れる生命力、人を超えた膂力、超常の力を持つ人より強い生命体。


 ヒトの歴史とはつまり、この怪物との戦いと生息域争いの連続だった。


 人々は力を求めた。

 より強く、より頑丈な個体の中には怪物を狩る事の出来る者も現れた。


 冒険者と呼ばれる存在を作り出し、武器を開発し、組織を作り。


 人は力を合わせて、種として団結しようやく怪物に抗う存在が出来た。


 それほどまでに、怪物とは人にとって恐ろしいものだった。



「……なんだ、これ」


 水都ルトの指導者、貴族達は最初の報を聞いた時は理解出来なかった。


 貴重な人材を乗せた狩猟船の遭難、しかし、周辺諸国との関係性により救難を諦めるという苦渋の選択。


 それを決断した直後。


 狩猟船マリアローズ、帰港の報が入る。


 ありえない、現代のどのような帆船技術でもマリアローズ号から伝わる位置からこの水都まで3日はかかる。


 計算が合わなかった。

 だが、見てしまったのだ。



「……本当に、帰港している」

「バカな……どうやって……」

「マストの損傷、帆も欠けている……」


 ルトに帰港しているその船は紛れもなくマリアローズ号。



「「「「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」」」」


 街の住民達は歓声を以て、その船の帰港を受け入れる。


 民衆にとって、冒険者と魔術師は憧れの存在だ。


 だが、貴族たちにとってみれば、そんな簡単な話ではない。


 どうやって?

 この船は、マストを損傷し、帆を欠いたこの船はこの短時間でどのようにして帰還したのか。



「アッハッハ!! ンフフフフ!! 水都ルトよ!! 帝国の麗しき白亜の都市よ!! 我々は帰ってきた!」


「ほんとに、本当に帰れた……! やっ、た。やったあああ!! おーい! おおおーい!! 皆! モーセ! 帰還しました!!」


「「「「「「「帰ってきたぞおおおおおおおおおおお、ヨーホー、ヨーホー!!」」」」」



「「「「「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」」」」」




 万雷の拍手、大いなる歓声、帝国の高まった民族主義は冒険と挑戦に湧くのだ。



 この街の指導者の1人、下級貴族、ゲド・ラーガナーは混乱していた。



 貴族と庶民の中間、上からも下からも突かれる中間管理職のような役割の男は、今この場にいる誰よりも事態の把握に努める。



 だが、駄目。


 なぜ、マリアローズが帰港出来たのか、それが理解出来ない。


 ゲドは考える、交渉と考察、庶民の出からそれだけで一代で貴族に成り上がった男の頭脳をしても未だ、理解出来ない。


 どうやってどうやってどうやって。

 ゲドが、船上に向けて声を発しようとしたその時だった。



 海が盛り上がった。

 海面から泡、そこから現れるのはーー。



「GURRRRRRRR……」


 海より現れたのは竜。

 青い鱗、太陽の光を受け、複雑に乱反射するその姿はまさしく海そのもの。

 青と白の体表は砕ける白波。

 頭にそって生える流線形の2本の角は視る角度によって色を変える。



「り、竜……」


 怪物の中でも特に強大な種族、竜。

 それが海から出る。


 港に集った人間達は恐れ、慄く。

 この時代の人間にとって竜とはこれ以上ないほどわかりやすい恐怖の象徴で――。



「大砲用意ーー!!」

「モーセを守れ!! 船の下に竜がいる!!」

「お嬢様が帰ったのだ!! 竜にその凱旋の邪魔をさせるな!!」



 ここは、帝国要衝。

 軍も冒険者も魔術師も存在する。


 竜を狩った事のある停泊している狩猟船、冒険者、魔術師その中でも一流の者が、すぐに対応を始める。


 ゲドはほっと、一息をつく。

 さしもの竜でも、この戦力の前ではーー。


「……い、や」


 違和感。

 それがゲドに安心を齎さない。

 違和感。

 彼をここまで押し上げた才覚が、彼自身を安心させる事を許さない。



 待て。

 なぜ、あの竜は船の下から現れた?

 なぜ、あの竜の身体と船底に、綱……のようなもので繋がっている?

 魔術の中に、水の形を変えるものがなかったか?

 そもそもなぜ、あの竜はすぐさま攻撃してこない?



 あの、目。

 理性を感じさせる目。

 まるで我々を試しているかのような――。


 ゲドのその疑念は次の瞬間、確信に変わった。



「待って、駄目だ! 皆!! 水竜殿は――」


「ああ、しまった!! やめろ! 諸君、彼は――」



 モーセとルート。

 狩猟船に乗る2人の帝国の英雄達の反応を見て、ゲド・ラーガナーの本能が理性よりも先に答えにたどりついた。


 この竜、この竜こそが、マリアローズの命の恩人、恩竜なのだと。




「よせえええええええええええええええええええええええええ!!!!! 攻撃中止いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 後にも先にも、彼の人生最大の声量による制止――。


 貴族達も、冒険者も、魔術師も、そして今まさに大砲に火を入れようとした軍人も動きを止める。



 結果的に、このおじさんの声量が帝国の運命を大きく変えた。



「GRRRRRRR……」


「あ、ひ……」

「う、あ……」


 肝の小さな者はその威容にしりもちをつく。

 その竜が首をもたげ、港を、そしてルトを眺める。


 ありえぬ事だが、なぜかゲドはその竜が街自体に興味を持っているかのように見えた。


 この白亜の水の都を訪れた者が最初にする感心したような目、それに見えたのだ。



「よ、よかった、ナイス、ラーグナー男爵」

「ほ、ああ、素晴らしい、さすがは男爵……さて!!! 諸君!!!! 水都ルトの愛すべき市民よ! 恐れるな! そこにおわす美しい竜は我らに害なす獣にあらず!!」


 帝都に名高き禁書庫の長が語るは荒唐無稽な酒飲み話。


 遭難していた所を、竜とイルカ達に助けられたおとぎの話。


 だが、ゲドは認めざるを得ない。


 この竜なくしては、マリアローズの帰還はなかった。


 同時に、ゲドの胃が重たくなる。


 ――これは、大変な事になる。

 竜が、人を、帝国の冒険者と魔術師、船乗りを助けた?


 もしも、この伝説のような話が、もし、あの冒険大好きバカ陛下、もとい皇帝の耳に入ったら?


 もしも、この伝承のごとき話が、あのプライド激高クソボケ長命種の耳に入ったら?


 もしも、この神の御業に等しい話があのカルト宗教国家、教国の耳に入ったら?



「私の胃は、終わる……」


 だが、もう入るのだ。

 ここまでの人が見た、聞いた、知った。

 もう情報は抑えられない、熱病のごとく、竜が人を助けた話は大陸を駆けまわる。


 ああ。

 ゲドは願う、頼む、こんなにも理性があるのならいっそ不可侵条約とか相互友好条約とか、不干渉主義とか、そこまで話ができる知性体でいてくれ。

 もう、ほんとこういう人間にやさしいとか中途半端なものが一番困るのだ――と。



 その瞬間だった。


「GRRRRRRR」


 ざぱん!!


「あ、水竜殿!?」

「水竜君!?」

「おい、竜が海に潜ったぞ!!」

「どこだ? 見えない!」


 竜がまた海に潜る。

 あああああああ。このままいなくなられるのが一番困る!!!!!!!


 もうほんとどんなに気性粗くてもいいから、頼むから中途半端な神話にならないでくれ!!!


 それを調整する人間がどれだけ大変か誰もわかって――。



 ゲドが既にもう家に帰って酒を飲みたかった。


 あ――。


 ざぱん。

 誰もが、動きを止める。


 海から丸い水の玉が現れる。

 それに一番早く気付いたのは、魔術師達。


 エーテルを学び、世界の元素を手繰る彼らにとって、それは神話に等しい存在。



「精霊……バカな」

「このマナの反応――間違いない。五大精霊だ……」

「ウンディーネ……古文書で、その存在が囁かれていたが……」


「ちゅぷ」

 その水の球は魔術師にとってたいそうなものらしい。


 だが、ゲドにとって重要なのは、その球じゃない。


 ――球の中に影がある。

 それは、人の形をしていて――。



「ちゅぷ」


 水の球がはじける。

 その中から現れたのは――。



「……神、か?」


 その姿は、只、美しかった。

 すっと小さな顔、際立つ目鼻、白い肌、エメラルドの瞳。

 うっすらあばらの浮いた肉の少ないしなやかな身体はしかし、浮き出た腹筋や鎖骨の感覚がまごう事なく、その存在が男性なのだと伝えている。


 腰にまとう簡素な青と白の下衣はなぜかやけに夏を思わせた。


 長い、水色の髪は、水のヴェールのようなもので一房に纏められる。


 男も女も超越した、神のごとき美しい人が、現れて。



「……定命の者よ。我は水竜の使い。定命の者よ、聞け、我が主、水竜の言葉を」


「……水竜の、使い?」


 異世界の少し偉いおじさんと現代社会でほんの少しだけ偉かった元おじさんが、対面した。





―――――――――――――――

あとがき


異世界ファンタジー名物、おじさん回だ!


夏の間は毎日更新目指します。


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その分、癒しの時間を提供する事でお返しいたします。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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