第20話 水竜の助け その2《冒険者コミュ回》


 全ての準備は整った。


 ぎぎぎぎぎぎ。


「お、おい、見ろ、船体が……」

「動き始めた……」


 水鱗生成の水の膜が風をとらえた……。

 加えて……。


「この船の航海士! お前達の母港の距離は?」

「は、は! 北であります! 使い殿!」

「よし、ありがとう、ウンディーネ、進路を北に調整しろ」


「ちゅぷ」


 ウンディーネが舵の役割を果たす。

 ついでに海流からの影響を無視、船が――。


「嘘だろ……」

「おい、見ろ……おい、おいおいおいおいおい……」

「船が、動き始めたぞ!」

「……これが、古竜の力……!」


 ず、ずずずっずずず。


 船が滑るように走り出す。

 よし、ここまでは順調。


「ほ、本当に、船が動き出した……」

「ンフ……え、ええええ~……わからない、わからない!! あの帆の役割をしていいる水膜はどこから!? 船底のウンディーネにはどうやって指示を!? ああ、これが、古竜の権能って訳かい? ああ、だとしたらなんという未知!! ああ! 今ほど家を出てよかったと思う瞬間はないねええええええええ! つ、使いクン、こ、れこの力は……水竜から与えられた力なのかい?」


 ルートからの問いに私は少し笑う。

 ああ、嘘はよくないからな。


「いいや、神からもらい受けたものだ。よく笑う良い神に」



 ぐ、船が走り始める。


 パシャパシャ。ぎぎぎぎ。


 船の先端、鋭角が波を切り、海を渡る。


 水竜の私からすれば、なんという鈍重な動き、なんという頼りない存在。

 こんな木材と鉄の塊だけで、この大海に漕ぎ出すとはなんという愚か。


 だが。


「……凄いな、人間は」



「やっほおおおおおおおおおおおお!! 船が。船が動き出したぞおおおおおおおおおおおお!」

「進路北! 天候快晴! 当初の予定だった帰港海路にどんどん近づいています!!」

「帰れる? まさか、本当に? あああああ……ありがとう! ありがとうございます! 水竜様!!」

「お使い殿に至高神ユピテルの加護があらん事を!!」

「ユピテルの髭にかけて!! あなた様が行く先が全て快晴であらん事を!!」

「見ろよ、よく見れば、なんて美しい顔だ……」

「あの水色の髪……まるでセイレーンの生まれ変わりなんじゃないか?」



 船乗り達が騒ぎ出す。

 脆弱な身体、貧相な装備でこの大海に漕ぎ出した愚か物、いや、勇敢なる挑戦者達よ。



「あ、はは、凄い……やっぱ世界は本当に、凄い事だらけだ! あっはっはっはっは!」


「うおおおおおおおおおおおおお! 凄い! これは、いったいどんな魔術……いや、どんな力でこんなことが……んふふふふふふふ、ああ、今日ほどあの退屈な家を飛び出してよかったと思った日はないねえええええ! ああああああ、イルカさんが併走してるううううううううううう!!」


「キュイキュイ!」

「キュイ!」



 空が青い。

 白い雲、照り付ける日差し、うねる波、どこまで続く大海に船を浮かべて彼らは行く。


 幼さと愚かさと、眩いばかりの冒険心だけを握りしめ、この海の世界にやってくる。


 悪くない。

 私の休日の隣人として、ああ、悪くない。


「さて、諸君……1つ、注意だ」


「え?」

「使い殿?」


 みなが私を見る。

 船のヘリに立ち、私も皆を見つめる。



「速度を上げる、振り落とされるなよ」


 とっ。

 そのまま背中から海へ飛び降りる。


「は? つ、使いクウううううううううううん!?」

「使い殿が海に落ちた!?」

「お助けしろ!! 俺達の恩人だぞ!」

「い、今自分から飛び込んだような」


 どぽん。


 海の中、水の音、冷たく、広く、透明で。


 心地いい。


 ――竜形態。


 身体が変わる、脆い人の身体から、強大な竜へ。



「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」


 水面を飛び出て、船の前に踊り飛ぶ。



「――あ」

「う、あ」

「え」

「お」


 船乗りも、冒険者も、魔術師もみなが固まっていた、

 ははは、面白い顔をしている。


 さて、行こうか。

 速度を上げる。


 ウンディーネに身体を伸ばさせ、私の身体に巻き付ける。


「ちゅぷ」


 船と私を繋ぐ綱の完成だ。



「すい、りゅう」

「おい、竜が船首の前に……」

「何をするつもりだ?」

「いや、それよりも、使い殿はどこに?」

「消えた……? 海に?」



 さあ、捕まってろ。



「「「「「「「「!?」」」」」」」」」


 ぐ、ぐ、ぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐぐ。


 ざぱん、ざぱん、ぎゅ――。


 水かきで大きく波を掻く、尻尾をまっすぐ。

 行こう。


「え?」

「船が、加速して――」

「わっ――」

「水竜が、船を、まさか、そんな、 バカな……」



 スタートだ。

 一気に船を引っ張って泳ぎ出す。

 はははは、軽い軽い軽い!


 ごおおおおおおお!。


 風を受け、水の帆が張る、ウンディーネの船艇が水をはじき、波を跳ね返し、そして。


 ごおおおおおおおおおお。



「嘘、だろ」

「あはは……これ、船」

「少し、浮いて……」


「ンフフフ。ははははははははははははははははははっは!! 船乗り諸君!! 帰ったらこども達に、いや! 子々孫々に語り継ぎたまえ! われらは今、竜の伝説の中にいる! これは、新たな伝説のおとぎ話! 竜語りに今日!

 新たなページが追加された!」


 ルートの大きな声、はは、ここまで聞こえて。


「水竜渡り!!!!! 海の守り神が、我らの船を運んでくださるようだよおおおおおおおおおおおおおおお!! うわはははははははははは。すっげえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


「GURUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」



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