第3話 のんびり海水浴を始める《海体験》


 美しい海だ。

 本当に転生して良かった。


 私は今、このドラゴンボディのコントロールの訓練がてらのんびりと、浅い珊瑚の海を遊泳中だ。


 色とりどりの珊瑚、温かい海流、カラフルな熱帯魚達。

 私は、ゆっくり身をにじり泳ぎ続ける。


 海面に視線をやると、太陽の光が波の隙間から差し込んでいる。

 心地いい……。


 流れる水の音、海の音だ。

 耳を澄ませば海のあらゆる所から音が聞こえる。


 海の中の世界がこんなにも穏やかだったとは……。


「GRRR……」


 おっと、心地よくてつい喉を鳴らしてしまった。

 この身体、喉が鳴るのか……。


 それにしても、いつまでも泳げそうだ。


 背泳ぎすると、海面から降り注ぐ陽光が見える。

 まるで光の梯子がいくつも降りているかのような。

 ああ、なんて、綺麗……心が洗われそう……。

 今ならあのブラック企業の上司達の事も許せ……いや、無理だな。しっぽでなぎ倒したくなる。



 泳いでいると、だんだん人間の身体になかった器官の使い方が理解ってきた。


 海水を呑まないように、喉の奥に動かせる骨の弁がある。

 口を開けるときはこれを舌を動かす要領で締めれば海水を飲まないで済む。


 尻尾はかなり重要だ。

 泳いでいると徐々に身体が傾いていく、この尻尾で舵を取る必要があるな。


 よく見ると私の手、前腕には鋭い爪と共に水かきのようなものもついている。

 まっすぐ泳ぐ時は腕をあまり動かさない、方向を変えるときは水かきを利用して微調整。



 ぎゅるるるるるる。

 水の泡、水の音、海中を泳ぐのがこんなにも気持ち良いとは。


 水の中の世界は360度、全てが新鮮だ。

 どこまで続くような海の中、妙に、落ち着く……。


「キュイ、キュイキュイ」


 む?

 なんだ、この音は……。


 音のする方に首を向ける。

 おお、すごい柔軟、泳ぎながらでもほぼ真後ろを向けるぞ!


「キュイ!」


 そこには、なんかつぶらな目をしたピンク色のイルカがいた。


 よう! みたいな顔をしている。


「GR……」

「キュイキュイ!!」


 ……すごい、なんと軽快な動きの泳ぎ。

 これに比べると私の泳ぎはまだまだ無駄があるな。


「キュイ! キュイ!」


 おお!

 ピンクイルカが一回転したぞ!

 む、胸ヒレを傾けて、尾ビレで水を叩く感じか?


 こう、か?


「GR!!」

「キュイ!? キュイキュイ!!」


 出来た!

 ダッチロールという奴だな。

 おお、水流が空気の膜を作って海面に上がっていく、綺麗だ。


「キュイキュイ!」


 イルカも不思議と喜んでいる、いや、驚いているように見える。


 よく見ると少し離れた所を、カラフルなイルカ達が泳いでいるぞ。


「キュイ……」

「キュイキュ……」

「キュイキュイキュイキュイ、アイツシンダワ」

「キュイ……」


 む。あの群れのイルカ達は私を警戒してそうだな。


 まあ、無理もないか。

 私、中々にでかいドラゴンボディだし。

 イルカの2倍はありそうだ。


 だがそうすると、このピンクイルカはなぜ私を恐れないのだろうか?


「キュイキュイキュイ!!」


 お、凄い速さだ。

 なるほど、体を縦に揺らせば反動でヒレを大きく動かせるのか。


「キュイ!!」


 なるほど、ピンクイルカめ、誘っているな。

 水泳勝負か。

 よし、肉体の最終調整だ。


 身体をくねらせ、尾をまっすぐに、せーの!


 ぐぐっ!!

 ごぽぽぽぽ。

 耳を叩く水流の音、ぐんぐん進む身体。


「キュイ!!」

「GRR!!」


 ピンクイルカに追いつく。

 よし、あともう少し!


「キュイ!!」


 イルカが上昇、ぐんぐんと海面に近づく。

 光だ、砕ける光、輝く海面がいっきに近くーー。


 ざっぱあああああん!!


 私の体は高く跳び上がる。

 海水をかき分け、海面を割って。


「キュイ!!」


 大ジャンプ。

 ピンクイルカと共に一気に海面から飛び出す。


「G…………」


 そこは空であり、海。

 私は今までどちらを泳いでいた?

 そう錯覚するほど、海と空には区切りがなかった。


 大海のど真ん中。

 見渡す世界にはただ、美しいエメラルドブルーの海、そして吸い込まれるような、蒼い空。


「GR……」


 この世界は美しい。

 42年生きてきて、初めて私は私が美しいものが好きなのだと知れた。


「キュイ!! キュイ、キュイイイイイ!!」


 ピンクイルカが空中で回転しながら鳴く。

 生を謳歌する。

 この爽快感こそ、海を自由に泳ぎ、海に愛された者の特権と言わんばかりに。


 空中、我々は落ちるだけなのに、まるで飛んでいるかのように感じた。


 ピンクイルカのつぶらな瞳が、私に向けられる。


 ――たのしいね、たのしいね。

 そう、言っているような――。


「GR…GUOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


「きゅいいいいいいいいいいいいい!!♪♪」


 水平線の向こう側に、緑と白の物体。


 ああ、島だ。

 南の島もあるんだな、なんて呑気な事を少し考えた。


 どっぽおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 しぶきを上げ、海に着水。

 ごぽぽぽぽ。


 海の世界へ帰還。

 海の音だ、砕ける陽の光を海中で浴びながら、脱力。


 ……なんという体験。

 今、私は世界で一番自由なのではないか。


「キュイ、キュイ! キュイ!」


 だらりと背泳ぎする私のドラゴンボディの周りを楽しそうにピンクイルカが泳ぐ。

 デカい犬みたいだな、可愛い。


「きゅい……」

「キュイ?」

「キュイ…キュイ!」

「キュイキュイ、コイツアンゼンダワ」

「きゅい!」


「GR?」


 気付けばカラフルなイルカ達が私の周りを泳いでいる。

 中には背中や腹を鼻先で突いてくる者まで。


「キュイ!」


 む、どうやらピンクイルカのおかげでイルカの群れからの警戒が溶けたらしい。

 私の周りを色とりどりの異世界イルカ達が泳ぎ回り始める。


 ……え、なにこれ、可愛い。

 それになんか、水の音に交じる彼らのきゅいきゅいコール、すごく癒される。


「GRRRR」

「きゅい!」

「キュイキュイ!」

「キュイ!」

「キュイ! キュ!」

「キュイキュイキュイキュイ、コイツデカイイルカダワ」


 ……海中世界をのんびり泳ぎながらイルカの群れと共に歌う。

 生きるとはつまり、こういう瞬間を積み重ねていく事なのかも知れない。


「キュ!」


 うん、なんかやけに私の尻尾の付け根をつついてくるイルカがいるな。

 どうしたんだろうか?



 ―――――――――――――――

 あとがき


 読んで頂きありがとうございます。

 夏の間は毎日更新目指します。


 現在カドカワBOOKSコンテストの読者選考中です、よければフォローして下の☆評価入れて頂けると非常に助かります。ありがとうございます。

 引き続き南の海でののんびりリゾートスローライフをお楽しみください。

 また、スローライフもの書くの初めてなので、コメントでこんなスローライフな展開が見たいとか、こんなのは見たくないなどのご意見ご感想もお待ちしております。

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