第4話

「俺はっ!」

 父である東岡竜司が実は育てだけの親であるという夢を見た命は酷く気分が悪くなり、寝言と共に飛び起きる。

 何度も見た事のある祖母の家だった。枕元には太めのマッキーで書かれた「ご飯は冷蔵庫に入れています」という紙が置いてあった。スマホは充電ケーブルに繋がっており、命は雑に引っ張って時間を確認した。

「一日経ってたのか」

 時刻は12時を回っていた。頭皮が痒くなり軽く触ろうと右腕を上げる。しかしいくら待っても痒さが和らぐことは無かった。

「夢じゃ無いのか」

 右腕を見るとそこに腕は無かった。格上相手に一矢報いる為に、捨てた右腕。覚悟したハズだった。だがいざ無くなるとなるとやはり後悔してしまう。服を脱いで切断面を見るも包帯が綺麗に巻かれていた。

 気分が落ち込み、また布団に寝転がろうとするも、

「ご飯食べないと」

 余計な心配を哲太にさせたくない一心で命は重い腰を上げる。レンジで料理を温める。

「美味しい」

 温めた料理をリビングのテーブルに置いて食べ始める。スプーンを使わないメニューなのは右でスプーンを持つ命への配慮なのだろうかなど余計な思考が頭を巡る。

「神様でも無理だよなぁ」

 一つの疑問が浮かび上がり、食べ終えた後、高速で皿洗いを行って祠へと向かった。

「よく来たな」

 相変わらず岩の上に千福は座っていた。

「ああ。ちょっと質問したくてさ」

「何だ」

「神様って腕生やせるの?」

「無理だ」

「……」

 速攻で否定され命は口を閉じた。二人を沈黙が包む。

「あー、何でもっと大きい神社とかに住まなかったんだ?」

 命は沈黙に耐えられず話題を探すと小さな祠が視界に入った為、質問をした。

「ここは、我が元々住んでいた場所だ。我が人として生き、命を落とすまではこの町にこの土地に住んでいた。ここが慣れ親しんだ地だからこの小さな祠を住処としている」

「人から神になるって可能なのか?」

 命は「地獄に落ちて這い上がると穢レ人になる。という話の神域バージョンなのかな」と自分なりに考える。すると千福は目の前にある東岡家の家屋を見て、

「我は色々徳を積んでいたからな。死んだ後に神域に行って、神として再びここに降り立った。だが神域と中立界の時間の感覚は違う。我が数か月程度だと感じていたがここでは数百年経っていた」

 と、どこか悲しそうな顔で見ていた。

「その間に俺の……いや東岡家が家建てたって事か」

 「俺のご先祖」と言いそうになったが先程の夢のせいで血が繋がっているのか疑問に思ってしまい、他人行儀な言い方をしてしまう。

「なぜ言い方を変えた」

 言い方を不自然に変えてしまった事を千福は見逃さなかった。

「いや、色々あってな」

 適当にはぐらかす。

「縁でも切られたか?」

「違うよ。ただ……まあ色々」

「ハッキリしろ」

 とにかく千福は言葉で責め立て命は段々小さくなっていった。

「ま、まあ。とにかく腕は生えないって事だな」

 適当に切り上げて逃げようとしたタイミングで着信音が鳴る。相手は哲太だった。命は一言千福に謝った後、通話を開始した。

「もしもし?」

「おはよう。調子はどうだい? 腕の方も愛が「治療したから心配はいらない」って言われたんだけど、どうしても心配でさ」

 車のエンジン音とラジオの音が漏れていた。しかし命は気にせず会話を続ける。

「うん。気分は良いよ。それとご飯美味しかった」

「そりゃあ良かった。今私は少し用事があって桜龍町を離れている。幸明と一緒だ」

「ああ。あの人は元気? あの穢レ人にやられたりしてない?」

「大丈夫だよ。明日ぐらいには帰る。だから今日は冷蔵庫にある食材で何か食べておいてくれないか?」

「了解。じゃあ切るね」

 通話を終了する。すると、

「星野か?」

 千福は命に質問した。

「うん。今は用事で町を離れてるってさ」

 命が答えると「そうか」と返事をする。

「話は変わるが、永命と一戦交えたそうだな」

「ああ」

「どうだった」

「強かったよ。でも――」

 着信音が会話を遮った。再び千福に一言言ってからスマホを取り出す。

「今日は凄いな。ん?」

「どうした?」

 命の困惑した声を千福が気に掛ける。

「非通知だ。誰だろう」

 スマホには非通知としか表示されてなく一瞬取るか迷う。しかし一応大事な話の可能性もある為、通話開始を押した。スマホを耳に当てる。

「もしもーし」

 どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。

「お前はあの時の穢レ人」

 森の中で出会った適の声だった。

「昨日、君が行ったショッピングモールってわかる?」

「隣町のか?」

 いきなりの質問に戸惑いながらも丁寧に命は答えた。

「そうそう」

「というかどうやって番号知った。行き方分からないならタクシーかバスで行くと良いぞ」

「いや、もういるんだ。それにしてもこんな田舎にも人はいっぱいいるんだね」

「隣町は桜龍町に比べて人口が多いし、公共交通機関も発達してるからな」

 何気ない話をする。今まで頭のおかしな穢レ人にしか出会っていなかった為、そのギャップで適がまともに思えてしまう。

「だからさ思うんだボク」

「何を?」

 いきなり謎の自分なりの考えを入れてくる適を命は不思議に思う。

「ここに――”奈落を創るとどれだけの人が死ぬんだろう”って」

「馬鹿な考えはやめろ」

 やはり穢レ人は全員おかしい。認識を改める。

「君は間違ってる。人と穢レ人は共存できない。ライオンの檻に子羊を入れたらライオンはお世話を始めるの?」

「今すぐやめろ」

 それしか今の命には言えなかった。そして嫌な汗をかき始めた。

「人を殺すのは間違ってるって?」

「当たり前だ」

「それは君の価値観だ。ボクは違う」

 適は声色一つ変えず楽しそうに話し続けた。

「何が目的だ」

「お、流石」

「何かして欲しくて電話したんだろう」

 ただ会話したいから電話してきたなど通用しない。何か目的があると命は考えた。

「ご名答! あと三十分以内に千福っていう神様連れて二人でフードコートまで来い。勿論約束破ったら皆殺しだ」

 その声は今までとは違い、圧倒的な迫力があった。そして通話は一歩的に切られ終了した。

「……」

 命の耳にはツーツーと通話終了を知らせる音だけが聞こえ、放心状態で立ち尽くしていた。

「どうした」

「……」

「おい!」

 千福の怒号でハッと気が付く。そして、

「穢レ人が隣町のショッピングモールを襲うらしい」

 そう小さな声で報告した。

「っ!」

「お前と俺の二人で来いって」

 一瞬千福の表情が驚きに満ちたがすぐにいつものどこか暇そうな顔に変わる。そして、

「隣町には隣町の神がいるソイツが何とかするはずだ」

 そう言った。再び携帯が震える。電話ではなく、メールで何かが送られてくる。恐る恐る開くと差出人は全く知らないアドレスだっだ。そして内容はこうだった。


 件名 多分、隣町の神様が何たらって渋ると思って


 隣町の神様は今日の朝肩慣らしで殺しといたよ。田舎の神様は弱くてストレッチにもならなかった(^▽^)


 下にスクロールするとURLが一つ添付されていた。タップして開くと一枚の画像だった。

 隣町で一番参拝者の多い神社が見るも無残な姿に変化していた。写真に写らないだけで神様の遺体もここにあるはずと勝手に想像してしまう。

「外道が」

 命が必死にスマホの画面を見ていたので千福も命の後ろからチラッと内容を見てそう吐き捨てた。

「我一人で行く」

「駄目だ。二人で来いって言われた。じゃないとショッピングモールにいる人達が皆殺しにされる」

 その事実を伝えると千福は「走れるか?」と命に問いかけた。

「愛」

「大丈夫よ。穢れを足に集中させれば車ぐらいには追いつけるわ」

 愛は命が何を言いたいのかを理解して適切な答えを伝える。それは脳内で話し千福には聞こえない様にしていた。

「かなり急ぐ。無理なら背負っていくぞ」

「いや、大丈夫」

 千福の提案を断って命はそう言った。

「ならついて来い」


 千福は最短ルートを通る為、森の中を全力で走っていた。かなりの悪路でたまに木の枝を飛んだりと天狗の様な走りを見せる。命もそれに負けじと必死に食らいついた。

「意外と、足が速いな」

「そりゃあどうも」

 命は全身に穢れを回して身体能力を底上げしていた。

「電話をチラチラ見てどうした?」

「哲太さんに電話したいんだけど、電波が届かなくてな」

 そう言うと千福は少しルートを変えて森の奥から民家が見える所まで移動した。

「言っておくが、なるべく早く済ませろ。時間が無い」

「わかった」

 しっかり電波が二本立っていた。命は左腕にスマホを持ちながら音声入力で哲太へ電話を要求する。

 ワンコールで出た。

「もしもし」

「どうしたの?」

「あの穢レ人が動いた。昨日行ったショッピングモール、千福と一緒に来ないと奈落創って皆殺しって脅された」

 命は今までの出来事を簡単にまとめる。

「幸明。今桜龍町にいる穢消師を隣町に移動だ。ショッピングモールが狙われている」

「少し路肩に止まるぞ」

 幸明の声が聞こえた。

「連絡ありがとう。それとくれぐれも注意するんだ。君は永命との戦いで蓄積した穢レはまだ血で浄化しきれていない。技を使いすぎる、食らいすぎると死ぬ可能性がでてくる」

「気を付けるよ」

 すると哲太は、声色を変えて、

「これだけは言っておく。幸明と一緒に桜龍町で捜索していた穢消師数名がすでに数名殺されている。相手は本気だ」

 と、言った。話を続ける。

「愛から君が何を使ったのかは聞いている。体に穢レを回して身体機能を上げるのは全力で回さなければ無害だ」

「響拳は?」

「良くて3発。ボーダーラインは4発だ。それを越えて5発目に入ると君の体の許容値を上回って君は死ぬ」

 哲太はそう言った。

「無理に戦わなくて良い。穢消師が何人かすでにショッピングモール近くまで行っている。もし余裕そうなら君は民間人の保護に回ればいい」

「わかった」

 そう言って通話を終了する。5発目は死亡という言葉に身震いするも今まで何度も死を乗り越えてきた命にとってあまり恐怖は感じなかった。

「終わったなら最速で行くぞ」

 スマホをポケットに入れたのを確認して千福は速度を上げた。命も付いて行き二人は森の奥へと走って行く。


 京都府。郊外。

 黒色の高級車の中で幸明と哲太は来た道を戻っていた。

「隣町近くで捜索していた穢消師と連絡がついた。変わった形の奈落を創ったみたいだ。協会にも連絡した。だが今から向かっても間に合わないぞ」

 今いる場所から桜龍町までどれだけ短くても3時間以上かかる。しかも夏休み期間である今、道路の流れは悪かった。

「悪い、私はここで下りる。走って命の方に向かう」

「俺はどうすれば良い?」

「協会の人達に私と命の事を何となく伝えてくれないか? 非公認の穢消師として」

「わかった。ケツは拭いてやるよ」

「ありがとう」

 そう言うと幸明は路肩に車を止める。哲太は感謝を述べた後、扉を開けて一瞬で走り出した。バックミラーで確認した後、指示器を出して近くのコンビニまで走り出す。

 エンジンを付けたまま冷たいコーヒー缶を買いに出てすぐ戻る。すると電話がかかった。スマホを取り出すとそこには、土御門大輝(ツチミカドタイキ)と表示されていた。

「もしもし?」

「お、もしもし?」

 幸明が知っている大輝の声とは違った。あまり聞き覚えの無い声だったがすぐに思い出す。

「あの時逃げた穢レ人」

「もう、適って呼んでよ。それにあれは戦略的撤退だよ」

「そのスマホの持ち主はどうした」

 幸明から見て大輝は気に入らない親戚のオジサンだった。口うるさく、マジメに修行をしろといつもいつも言ってきてうざかった。

 だがそれでも家族だった。

「ん? 殺した」

「……」

 その言葉を聞いて怒りが産まれた。

「良い肩慣らしになったよ。結構強かったでも――」

 幸明は無口を貫いた。

「ボクを舐め過ぎだ。この人達は穢消師の中でも中間ぐらいの強さでしょ? 君と初めてあった時みたいなビビッと感じるモノが無かった」

「無駄死にご苦労様って感じ」

 適はそう言ってケタケタと笑う。死者を侮辱するように。しかし幸明は冷静に返した。

「悪いがこの仕事をしていると死が身近でな。あまり何も感じないんだ」

 なるべく相手に感情を向きださないよう。どこまでも冷徹に演じた。

「冷徹装ってるけどやめときな? 人は負の感情で心が傷つくから弱いんだよ」

「それだけか?」

「うん。ただ君を煽りたかっただけ。じゃあね」

 適はそう言って通話を終わろうとする。しかし幸明は「待て」と呼び止める。

「何だい?」

「東岡命って奴がお前の元に行くと思う」

「ん? いきなり何? 彼の情報何かくれるの?」

「いや、お前はアイツには勝てない。じゃあな」

 そう言って一方的に通話を切る。せめてもの反抗だった。哲太はすぐに電話をかけ話始めた。


「面白い。ますます戦いたいよ、東岡命」

 フードコートの椅子に座りながらニコニコと笑っていた。


「まだ30分経ってねーだろ」

 命の目に映るのは黒い半球体がショッピングモールを包む光景だった。

 あまりの絶望感に膝から崩れ落ちる。

 時間を確認しても通話終了時から23分経っていた。7分も余っている。人命を最優先で行動し、間に合う事を心の底から安堵していた命にとってそのショックは強すぎた。

「鼻から約束など守る気は無かったそうだな」

「そんな……」

 細々とした声が漏れた。千福は命の首を掴んで持ち上げる。

「いつまでも落ち込むな。とにかく中に入るぞ。まだ人間が生きている可能性があるんだ」

 そう千福に言われて命は歩き出した。


 しかし、現実は最悪だった。半球体の中に入った瞬間、鉄の臭いが蔓延していた。足元でピチャと音がする。下を向くと真っ赤な血だまりが無数に存在していた。死体はどこにも見当たらなかった。

「うっ!」

 強い吐き気が命を襲う。しかし千福が腹を軽く肘で打ち痛みで無理矢理逆流物を出ない様にする。

「足を止めるな。ここは奈落だ」

「……」

 電気だけは生きているようで楽し気な音楽が響いている。エスカレーターに乗ってフードコートに到着する。すると奥に椅子に座った適がいた。

「おっと、やあ東岡命。待ちくたびれたよ」

「30分って言ったよな」

「え? そうだっけ? 5分でって言った気がするんだけどな」

「ふっ!」

 千福がいきなり斬りかかる。適は素早く避けて椅子が半分に切られその場で音を立てて崩れる。

「おっと、危ない危ない。君の相手は彼女だよ」

 青いロングコートを着た人間が逆に千福に襲い掛かった。その手には短いドスの様なモノが握られている。千福はそれを刀ではじき返す。適はその動きに合わせて千福に蹴りを入れる。しっかり千福はその蹴りを刀で受けとめ力を横方向へと受け流す。

 そして後ろの下がり命の隣へと立つ。青コートは適に比べると身長は低く身体的特徴を言えば女性に近い体格をしていた。顔は黒い靄が掛かっている為、視認できない。

「黙れ。お前に指図される筋合いは無い」

 千福は静かな怒りを発しながら青コートへと言葉を放つ。

「違うよ。私が指図する側、そしてあなたはされる側」

 そう青コートが言い切った瞬間、二人の間に適が突っ込む。千福は守りの構えに入るが狙いは命だった。ギリギリ左腕のガードが間に合い軽く後退する。

「命!」

「大丈夫だ! 千福はソイツに集中しろ!」

 適の後ろには先程の青コートが現れ二人の距離を無理矢理に引き裂かれてしまった。

「お前、どんだけ人を殺したら気が済むんだよ」

 フードコートも大量の血痕で溢れていた。

「まだまだ足りないぐらいさ」

「死体はどこにやった」

「死体? あー、奈落で死んだら塵になって死ぬんから死体は残らないよ。でもすでに出た血液はそのまんま」

 その話を聞いて憎悪と怒りが強く湧き出た。

「というか、右腕どうしたの?」

「良いハンデだろ」

 その返しを聞くと、大きく口を開け、

「ハハハッ! この前夜道で会った時とは打って変わって元気じゃないか」

 大声で笑い出した。命はその適の姿を見て心底軽蔑した。

「そこの穢レ人止まれ! 穢消師だ」

 一人の男性の声が聞こえる。服装は茶色のロングコートに身を包んでおり、命は青コートの仲間なのかと考える。

「はぁ、邪魔すんなよ」

 適は乱入してきた穢消師の前に一瞬で移動し右の拳を突き出す。それと同時に命も適の行動を見逃さずすぐ横にべったりくっついて脇腹に一発普通のパンチを入れる。

「おっと、危ない」

 そう言って後ろへ大きく飛んで逃げた。

「君は一般人か」

「違う。でも穢レについては大体知ってる」

「なら、協力しよう。俺は斉木だ」

「ああ。よろしく。俺は命」

「まあ右腕無いし良いハンデか」

 首に手を当ててポキポキと鳴らす。

「贋神器(ガンジンギ)でしょ? それ」

 斉木の手に握られていた片刃の短剣に指をさして適は言った。

 贋神器。それは神が持つ武器、神器の贋作の事を指す。本物の神器に比べると威力等はかなり落ちるがそれでも穢れを浄化する力はある為、穢レ人からすれば脅威となる。

「命君。私があの男に致命傷を与える。だから君はなるべく距離を取って隙を突くように戦ってくれ」

「素手で戦いたかったんだけどしゃーないな」

 適はそう言うと右腕を前に突き出すとその手に一本の短剣が現れる。その剣からは黒い靄が溢れ出していた。

「穢れは見えるのか」

「一粒一粒は見えないけど、あるないはわかる」

 そう言うと斉木は「見えるだけで心強いよ」と言った。

「攻撃は任せる」

「ああ。無理だけはしないように」

 先に仕掛けたのは命だった。穢れを軽く回しその勢いで地面を踏みしめ、床を割る。その破片を左腕で握りしめ高速で適へと全力で投擲する。適はヒラリと躱した。

 それを確認して命はフードコートを全力で走り回る。

「逃げてばかりじゃつまらないよ?」

 適は命を目で追いながらそう言った。斉木はまだ動かない。

「君も来ないなら俺から行くよ」

 適が動き出した瞬間、命は四角いテーブルを適へ全力で蹴り飛ばす。

「だから、テーブル如きでダメージ喰らう訳無いだろって!」

 飛んできたモノを適は拳で破壊する。その時、斉木が動く。テーブルを壊した適の死角からの強襲。その刃は突き刺さった。

「テーブルに刺しちゃ駄目でしょ」

 斉木の短剣には命が投げつけたテーブルの破片が刺さっていた。斉木は守りの体制に入るが適はそのガードを上から力でねじ伏せる。思い切り蹴飛ばされ様々な物に衝突する。

「斉木さん!」

「あんな穢消師なんか捨てて一人で来いよ。つまんないよ今」

 斉木のカバーに行こうと走り出した命の前に立ち邪魔をする。

「どけよ」

「聞いてた? 一人で来いって」

「私は大丈夫だ」

 その声を聞いて命は適と一対一を始める。

「そうそう。これだよ」

 しかし二本対一本の差は明確に出ていた。徐々に適の攻撃を捌ききれず攻撃を喰らう。

「もう終わりかよ!」

 斉木と同じようにガードの上からねじ伏せられる。その場に叩き伏せられ、とどめを刺されそうになると、斉木がカバーに入る。

「クソッ……」

 頭を叩きつけられグラグラする視界で命は必死に立ち上がろうとする。

「もうさ、穢消師に向いてない弱さだね君」

 目線を上げると斉木が首を掴まれ持ち上げられていた。そして空いた手には短剣が握られている。

「穢れの許容値が超えると人は死ぬ」

 と言う哲太の言葉を思い出し、全力でふらつく視界の中で立ち上がり、全力で穢れを回す。残り4発の内、一発を消費する。

「手ェ離せよ」

 響拳を適の背中に放つ。轟音と同時に吹き飛ぶ。地面に着地した斉木の安否を確認する。気道を閉められていた為、しんどそうな咳をする。しかしすぐに立ち上がる。

「大丈夫だ」

「一旦、距離を取りましょう。それから案を練ってもう一回――」

 戦おう。そう言うつもりだった。しかし気が付くとコンクリで作られた柱にめり込んでいた。体中の骨が軋む。口から血が流れ、頭が酷く痛んだ。

「何だよさっきの技。凄いの隠してるじゃん!」

 楽しそうに命を見る適の目はキラキラと輝いていた。命が立ち上がろうとした刹那、適は追撃を行う為、近づいた。

 しかし、斉木が庇う。適の拳は斉木の腹を貫き、血が命の顔に掛かる。

「斉木さん……?」

「弱い、私には。こういう事しかできないんだ」

「驚いた。まさか庇うとは」

 適は腕を引き抜こうとするも斉木はその手を両手で強く握る。

「命君、今だ……」

 そう言って斉木はその場で倒れ腕から抜け落ちる。

 斉木の命をかけたアシストを無駄にしない為、命は全力で響拳を顔面へ叩きこんだ。しかし轟音はするものの適は”吹き飛ばなかった”。それどころか体内の穢れも特に異常をきたしていなかった。 

「だから、さっきと同じじゃん。もう効かないよそれ」

 顔面を軽く殴り飛ばされ横に吹き飛び、雑な受け身を取るも、これまでの疲労や痛みでしゃがみ込んでしまった。「命君」と斉木の呼ぶ声が聞こえ顔を上げる。

「家族と幸明によろしく伝えてくれ」

 そう言うと斉木は無口になった。命の瞳から涙が零れる。

「やっと死んだ。まあもう君も打つ手無いでしょ?」

「黙れよ」

 命は自分の弱さを強く憎んだ。自分が強ければ救えていたかもしれない命。自分が弱いという事実をただ何度も何度も憎み続ける。

 立ち上がれなかった。

「まあ、少し互いに落ち着こう。というか自己紹介まだだったね、改めて自己紹介するね。ボクは禍津様に使える十剣の内の一つ”適”。よろしく」

 適は自己紹介を行った後、それでも立ち上がれない命を横目に斉木の遺体を漁り始めた。

「何漁ってんだよ」

「ん? いや穢消師はさ死と隣り合わせだからこういう所に大事なもの入れて置くことが多いんだよね。ほらこのお守りとかさ」

 ロングコートの胸ポケットからピンクのお守りを取り出し、中身を開封する。

「やめろよ」

「ぶっ! 見てみて」

 突然、噴き出す適を見て怒りがこみ上げる。

「家族写真なんか入れてるじゃん。あーあ。穢消師なんかならなかったら今ごろ笑って暮らせてたのにね」

 そう言ってポイッと床に放り捨てる。そしてまた漁り始める。

「まあいいや。君も少しは回復できたでしょ?」

 命は立ち上がって。ただ黙って穢れを回し始める。

 適は命が何かをしていると感じ、斉木の胸ポケットにあったもう一つの鈴付きの安全祈願ストラップを空に投げ捨てた。

 鈴が地面とぶつかり、甲高い音が響いた。

 適はその場で大きく振りかぶる。自信満々の表情が余裕っぷりを表している。守りなど捨て完全に命を舐め腐った態度が現れていた。

 対して、命はしゃがんだ体制からクラウチングスタートの様に走り出し、その勢いを含めて拳を前に突き出す。

 両者、全力の一撃を放った。拳同士がぶつかる。しかし、やはり適の力は命を上回っていた。

 後ろに吹き飛ばされ片腕だけで受け身を取る。

「ほらほら! 早く次の一手を考えないと殺されるぞ!」

 完全に蹂躙されていた。哲太に言われた響拳の撃てる安全な回数はすでに終了した。残りは生死を掛けた一発だった。次の一撃で決めなければ完全に手詰まりだった。

 その時、愛の事を思い出す。

「愛」

 呼び掛けるも反応は無かった。何故今まで愛の事を忘れていたのか不思議だった。しかしそんな事を考える余裕は無かった。

 適の前蹴りを交わして放った一発は。

「っ!」

 不発で終わった。理由は簡単だった。適の攻撃を喰らいすぎたせいで肉体に穢れが想像以上に築盛していた事。

 心臓が握られているような痛みが走りその場に倒れ込む。賭けに負けた。死がすぐそこまでやってきていた。

 命は立つこともできなくなり、その場に仰向けで倒れる。

「残念だよ。東岡命。せっかく楽しめるって思ったのに」

 適の手に握られた凶刃は躊躇なく命へと振り下ろされる。

「千福。あとは頼んだぞ」

 命は薄れゆく意識の中、そう呟いた。

 振り下ろされた刃はが心臓を貫いた。


「神の力が少ないのに無理するからだよ」

 千福もまた危機に瀕していた。息が上がり、膝を付いていた。場所はフードコートからかなり離れた洋服などを置いている場所にいた。

 千福がここまで弱っている原因はたった一つ。それは青コートの使う技にあった。

「贄術(シジュツ)とは古臭いモノを使うな。貴様」

「でしょ? だからここを選んだんだよ。適に遊ばせて人を奥へ奥へと誘導させて密集させる。そしたらあとは私が派手に暴れる」

 贄術。それは人の命を贄とする事で発動者本人の何かしらの代償無く技が使えるというモノ。

 二回。千福の赤き刀は青コートの首を刎ねた。しかしその度、贄術で逃げ惑う一般人の命を犠牲として生き返る。まさに地獄だった。下手に殺せない上に、青コート自身は人がいる所へと常に移動する。

 もう、神力が底をつく。千福も限界を感じていた。

「助けて……」

 小学生程の子供が二人の間に現れる。

「止めろ!」

 千福の声も虚しくその体にドスが突き刺さる。足が動かなかった。

「残念でした」

 少年の体から血が流れ血だまりを創る。そして少年の肉体は塵になって消え。

「贄術【奈落幽閉】(ナラクユウヘイ)」

 そう呟き、親指、人差し指、中指を広げ、その他二本は握り込む。そして腕を前に突き出して振り下ろす。千福の足に無数の手が地面から生え掴みかかる。そして一瞬にして下へと引きずり込まれその場から消えた。

「人の命を優先して自分を疎かにするから負けるんだよ」

 青コートはそう呟いた。


 薄暗い小さな箱に入った様な気持ちだった。

「負けた」

 千福はそんな言葉を吐き捨てた。残る神力はもう少ない。例え出られたとしても戦う事は出来ず死ぬだけ。千福は死に対する絶望感は無かった。ただ一つだけ心残りがあった。

「すまない。節子。我は約束を守れそうにない」

 そう呟いた。そして、

「命、どうにかお前だけでも逃げろ」

 薄暗い場所で千福はただ命の安否を心配した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奈落 @Mamama_Mimimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る