第7話 証明と誓い

セシリー、いや、せーちゃんの話を聞いて俺は


「忘れてしまって!本当に!申し訳ございませんでした!!」


「土下座!?旦那様!?いや、ミナくん!?」


俺は本当に大馬鹿野郎だ。大事過ぎることを忘れて何をのうのうと生きているんだ!俺の命よりも大切な事だろうが!


「ミナくん、頭から血が出てるから止めて!死んじゃうよ!」


「本当にごめん!せーちゃんの事を忘れてしまってた!謝って済む問題じゃないけど、こうする事しか出来ないんだ!」


「こっちこそ、ごめんね。仕方無かったとはいえ、ミナくんの記憶を消してしまって。大変だったでしょう?」


「どうだろうな。目が覚めたら一年間の記憶が無くて、記憶喪失扱いになってたけど、別に大した事じゃないよ」


「大した事だよそれは!」


「俺の事なんかよりもせーちゃんはあの後どうだったの?呪いは克服出来たの?」


「う〜ん。ある程度はね。あの後、両親に呪いの事を話したんだ。そうしたら知り合いの火を司る龍神族の夫婦に預けられる事になったの。本当にいい夫婦で私の呪いを真剣に考えてくれたんだ。その時に火の扱い方を教えて貰ったんだよ」


「そうなんだ。良かった。せーちゃんが元気そうで」


「それはこっちの台詞だよ。ミナくんが元気そうで本当に良かった。ところで、ミナくん」


「何だ?」



「まさかと思うけど、他の女の子と仲良くしてないよね?私というものがありながら他の女の子と浮気しているなら」


せーちゃんが纏う雰囲気が少し冷たくなる。目に光が無い。暗闇のような目だ。


「その女の子を燃やしちゃうからね?」


せーちゃんはニッコリと笑った。眩しい笑顔の筈が背筋が冷たくなる。これはヤバいと本能が告げる。


「…無いよ。俺の事を好きになってくれるのなんてせーちゃんぐらいだろ」


「どうして口ごもったの?ねぇ、ミナくんどうして?女の子がいるの?結婚してくれるって言うのは嘘だったの?」


「違うって。いきなりで驚いただけだから。俺はせーちゃん一筋だから」


「も、もう、ミナくんたら…。私もミナくん一筋だよ?」


せーちゃんが顔を真っ赤にしながら嬉しそうに身体を揺する。良かった。危機は脱せられたようだ。


「じゃ、じゃあ、ミナくん証明して?」


「ん?証明?」


なんの証明だろうか。


「ミナくんが私を愛してるって証明。ミナくんは私の婚約者だって証明だよ」


ふむ。中々難易度が高い証明だ。どうすれば証明完了になるのか分からない。とりあえず、言葉で愛を伝えてみる。


「せーちゃん、俺は君が好きだ。これまでも、これから先も。ずっと俺のそばに居てくれ」


「えへ、えへへ…もう、ミナくん。私もミナくんが好き、大好きだよ。愛してる。未来永劫、輪廻の向こう側までずっと一緒だよ…ってそうじゃない!嬉しいけど、違うんだよミナくん!言葉だけじゃなくて行動が必要なの!」


「ふむ。行動というと?」


「わ、私にキス、とか…」


「ふむ。キスか」


「呪いが発動してしまうけど、私が好きなら出来る、よね?」


それはつまり、燃え尽きる覚悟という事である。せーちゃんに触れただけで大火傷を負ったチャラ男Cを思い出す。今も病院で生と死の狭間を彷徨っている事だろう。共に生きる為に必要な代償。それを払う事が証明となるようだ。


考えに集中し過ぎてせーちゃんから意識を外していた。ふと、せーちゃんを見ると、再び目にハイライトが無くなっていた。


「…出来ないんだ。ミナくんは嘘付きなんだね。言葉だけ?私を好きって言ってくれたのはその場しのぎ?私の事なんて、どうでもいいんだ?…ユルサナイヨ?ミナくんは私のものだ、わたしのものだ、ワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノワタ…」


いかん。せーちゃんがブツブツと呪詛のように呟き始めた。見間違いではなければ、せーちゃんの後ろに炎が見える。このままだと周囲が灰に変わってしまうだろう。全ては決断が遅い俺のせいだ。


「せーちゃん」


「ワタシノワタシノワタ…んぅ!?」


チュッ


軽いリップ音と共に、せーちゃんの唇を奪う。潤いを帯びたせーちゃんの唇は柔らかくて温かい。頭の中がふわふわする。凄く気持ちいい…。ずっと、このままこうしていたい…。


「ん……ちゅ……んぅ……ちゅ……ちゅ……んぅぅ……ぷはっ!はぁ、はぁ、ミナ、くぅん…あたま、ふわふわするよぉ、えへへぇ…」


どれぐらい口づけをしていたのだろう。お互いに息苦しくなって離れる。せーちゃんはトロンっとした表情だ。目は潤み、頬は赤らみ、口の端からはだらしなく涎が垂れている。何とも扇情的だ。


「不安にさせてごめんな。これが俺の気持ちだよ。君と生きるって誓うよ。たとえ、どんな痛みがあろうとも」


瞬間、全身に焼ける熱さと痛みが生じる。呪いが発動したのだ。幼い頃にした軽い火傷とは比べ物にならない。全身に針が刺さるような痛みが襲う。それでも


「何度でも言うよ。せーちゃん、俺は君が好きだ」


その言葉を最後に俺の意識は遠ざかっていった。

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