墓参りと挨拶と

 馴染みの宿で当たり前のように三人同じベッドで眠った翌朝。

 ルーキスたちは荷物を宿に預けたまま、フィリスの案内で街の南にある教会、その側にある墓地へと足を運んだ。


「ここよ」


「死者の泉以来の対面だな」


「姿は見えないし、魂もここにはいないけどね」


 フィリスに案内された、地面に嵌め込まれるように置かれた四角い墓標の前で、ルーキスは跪き、胸の前で両手を握る。


 死者を悼む所作だが、コレはルーキスが生きた前世、二百年前から変わっていないようで、フィリスも同じように膝をついて手を握る。

 そんな二人の所作を見て、イロハも卵が入ったバックパックを地面に置くと、見よう見まねで墓前に祈った。


「お爺ちゃん、約束通りお爺ちゃんとお爺ちゃんの仲間たちの仇は討ったよ。三人でね」


「安心して、ゆっくり眠ってください」


 墓前で目を閉じ、死者と対面出来る泉で見たフィリスの祖父母の顔を思い出しながら、フィリスが呟いたあと、ルーキスも静かに呟く。

 丁度その時、心地の良い涼風が墓前で祈る三人の髪や頬を優しく撫でていった。


 祈るのを止め、立ち上がり、お互いの顔を見合って微笑み合うルーキスとフィリス。

 このあと墓の周辺の雑草を引き、墓石を磨き、三人はもう一度膝をついて祈ると、墓を後にして歩き始めた。


「さあ、決戦だ」


「大袈裟ねえ」


 墓地をあとにして街を巡回している馬車に乗り、街の中心部に戻ってきたルーキスたち。

 ここからもフィリスの案内で、ルーキスたちは街の中心から北に向かって歩き始めた。


 大通りを北進し、東に曲がったあと、何度か道を曲がった辺りでフィリスが足を止める。


「あの煉瓦の壁の家が私の家よ」


「ふぅー。そうかあ、緊張するなあ」


「わ、私もちょっと緊張してきたかも」


「なんでだよ」


「いやあ。だって殆ど家出みたいな感じで出てきたし」


「お互い腹括るしかないな」


「二人とも、頑張ってください」


 イロハの応援に答えるかわりにルーキスとフィリスは苦笑いを浮かべると、顔を見合わせて歩き始めた。

 

 そして、ルーキスがフィリスの家の玄関をノックする。

 

 すると「はーい」と返事をしながら、中からフィリスとは違い茶髪のセミロングの女性が姿を現した。

 そんな女性に向かって、フィリスが引きつった笑みを浮かべながら「た、ただいまあ」と目を泳がせながら小さく呟く。


「フィリス⁉︎ ああ良かった、帰ってきたのね!」

 

「うん、まあ」


「ちょっとあなた! あなたあ!」


 娘の姿を見た途端、声を上げたフィリスの母親は家の中へと小走りで向かっていった。

 そして中に入るかどうか迷う間もなく、中からバタバタと足音が聞こえてくる。

 姿を見せたのはフィリスと同じ赤い髪をした優しそうな顔をした男性だった。


「フィリス! お前、よく無事で。全く一年も連絡してこないで、何をしてたんだ」


「旅をしてたの、色んな場所へ行ったわ。三人でね」


「三人で。詳しくは中で話そう。入りなさい」


 そう言って、フィリスの父親は玄関の扉を開け放った。

 その言葉に従って、フィリスが中に入った後に続いて「お邪魔します」と頭を下げてルーキスとイロハが中に入る。


 その先に待っていたフィリスの母親の案内で、ルーキスたちは廊下の先のキッチンとリビングが一つになっている部屋に足を踏み入れた。


「座ってくれ。さて、何から聞いたもんか」

 

 部屋にあった長机。

 その側に置いてあった椅子六つ。

 そこに座るように言いながら、フィリスの父親は椅子に腰掛けると玄関先でフィリスがそうしていたように視線を泳がせていた。


「最初から話すわ。私が出て行ってからの話をね」


 父親の対面にフィリスが座ったので、ルーキスはその隣に座り、イロハはルーキスの隣に座る。

 そんな中で、フィリスの母親は水を人数分入れ始めた。

 それを待ち、水が入った木のコップをみんなの前に置いた母が父の横に座るのを待って、フィリスが自分が家を出てから何があったのかを話始めた。


 冒険者見習いになってすぐ、ピンチをルーキスに救ってもらったことから始まり、ダンジョンを攻略した話、そのダンジョンで出会ったイロハを不良冒険者たちバルチャーから救い出した話。


 もちろん吸血鬼の女王との出会いや、その女王と友達になった話もした。


 そして禁域である死者の泉で祖父と再会したことや、冒険者の聖地ロテアが存在する南の大陸に渡った

話。

 最後に祖父の仇である太古の老龍を討伐した話も。


 フィリスたちからは見えなかったが、両親に全てを話し終えた頃には太陽が真上から少し傾いて、夕刻へ向かう途中の時間になっていた。


「いや、まず。これだけ話を聞いておいてなんなんだが、まずコレだけは聞かせてくれ」


「な、なに?」


「ルーキスくんと言ったね? 君はフィリスの恋人ってことで間違いないのかな?」


「え、あ、はい。俺、いや僕はフィリス、さんの恋人です」


「良かったあ。あの腕白でやんちゃで、イタズラ好きで冒険者に憧れるような男っぽい趣味のフィリスに、ちゃんと恋人が出来るなんて」


「ちょっとパパ! 言い過ぎじゃない⁉︎」


 ルーキスの返答に目頭を抑え、フィリスが幼かった頃を思い出しながら、父親が心底安心したように呟いた。

 どうやらフィリスの父親からルーキスへの心象は悪くはないようだ。


 しかし、父親の言葉を聞いたフィリスは恥ずかしさから机を手のひらで叩き付け、一撃を受けた長机からはビキッと悲痛な声が響いていた。


 そこからは両親の質問攻めが始まり、夕食を挟んで、話は夜遅くまで続いたのだった。

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