街に帰る

 長いようで短いようなルーキスたちの旅の終わりはあるドラゴンの討伐で一旦の幕を下ろした。

 しかし、ルーキスにとってはこのあとにもう一つの戦いが待っていた。


 旅の最初で出会い、旅をしているうちに惹かれあって恋人になったフィリスの両親という、人生というダンジョンにおけるラスボスのような存在だ。


「胃がイテェ」


「大丈夫?」


「いや、あんまり大丈夫じゃないかもしれん」


 フィリスの故郷であり、ルーキスが冒険者になった街プエルタ。

 その姿を遠目に眺めながら、馬車の手綱を握っているルーキスが顔をしかめた。


 そんなルーキスの横に座っているフィリスが風になびいた赤い髪を抑えながらルーキスの顔を心配そうに覗き込む。


 旅の途中、前世で夫婦だったと知り、今世でも恋仲になった二人。


 フィリスとは違い、前世の記憶があるルーキスだが、前世では既に妻の両親は亡くなっていた為、恋人の両親への挨拶は今回が初めての経験だ。

 故にルーキスはダンジョンのボスと戦うよりも遥かに緊張していた。


「お兄ちゃん、錬金術で薬作れるんじゃ」


「精神的なことからくる腹痛に効くとは思えないんだよなあ」


 馬車の荷台で、ルーキスとフィリスに悪徳冒険者であるバルチャーの一味から助けられ、以降二人の娘のような存在として共に旅をした鬼人族の少女、イロハが手に入れた古龍の卵を大事そうに抱えたまま御者席のルーキスに声を掛けた。


 そんなイロハに肩越しに振り返って言うと、ルーキスは苦笑する。


「そういえばフィリス。両親への挨拶と墓参り、どっちを先に済ませるつもりだ?」


「お墓参りかな。死者の泉じゃないから声が届くとは思わないけど、それでもやっぱりちゃんと報告はしないとね」


「確かにそうだな。しかしまあなんというか、フィリスのご両親にはなんて挨拶したもんかねえ」


「そ、そりゃあ冒険者仲間で、こ、恋人だって言えば良いんじゃない?」


「まあそれは言うけど。ご両親からすれば俺は大事な娘を街から連れ出して一年以上連れ回した挙句、危険な目に合わせた男だからなあ」


「関係ないわよ。だいたい、あの旅は私の我儘から始まったんだから、ルーキスが負い目を感じる事じゃないわ」


「そうは言うが」


「大丈夫よ。家を出る時、もう帰ってこないって言って出てきたし」


 言いながら、フィリスはルーキスの肩に頭を預けた。

 こうしてルーキスたちを乗せた馬車はゆっくりゆっくりプエルタの街に向かっていった。

 

 そして、夕刻。

 三人を乗せた馬車はついに街に到着。

 ルーキスたちは手配してもらった馬車を返すためにまずは街の中心部にある冒険者ギルドへと向かった。


「帰ってきたなあ」


「この前もおんなじこと言ってた気がするわね」


「そうか?」


 などと話ながら、馬車を返したルーキスたちはギルドに併設された酒場へと向かい、夕食をとることに。

 

 明らかに戦闘後だと分かる損傷具合の装備を着用しているのもどうかと思い、武器以外はバックパックに押し込んでギルドの受付に預けたが、イロハだけは卵を入れたバックパックを大事そうに抱えていた。


 四人掛けのテーブルにルーキスとフィリスが並んで座り、その対面にイロハと卵が並んで座る。


 そんなイロハの様子に前世で育てた娘が幼い頃、買った人形で似たような事をしていたのを思い出し、ルーキスは微笑んでいた。


 このあとは夕食を楽しんで、何事もなくギルドから出たが、外はすでに日が落ちて星が頭上で輝いている。


「流石に今から墓参りはまずいか」


「そうね。今日は宿で寝ましょ」


「シルキーの宿屋に行くのです」


「そうだな。あの宿で一泊して明日墓参りだ」


「あと両親に挨拶ね」


「わ、分かってるよ」


 というわけで。

 この日は幸運をもたらすと伝えられる家憑き妖精シルキーが暮らし、仲の良い家族が営んでいる小さいが小綺麗な宿に向かって、三人は手を繋いで歩いて行くのだった。

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