第35話 ゾンビと二人

主人公視点



 僕は覚えている。この耳から聞こえるものを、覇気のないたくさんの足音を、当てもなく彷徨う唸り声を覚えている。僕は背後を振り向いていない状況で察した。彼らの正体を。だがなぜこの町にいるのか理解できない。それは目の前のフィリアも同じだ。先程の発言から僕と同じことを考えたことがわかる。


「…ねぇ、フィリア。緊急事態ということで一旦協力しない?フィリアが言ったようにどうしてか、どうやってかゾンビが町に入り込んでいるみたいだ。ここは騎士として町の有事を優先したほうがいいんじゃないかな?」

「…そうね。一時休戦よ」


 どうやら彼女は理性的な人であったようだ。


「わかってくれて良かった。僕はゾンビに有効な武器を持っているから、役に立つと思うよ」

「…そう。その黒く染まった槍はそういうことなのね」


 僕がフィリアにアピールすると彼女は察した。僕の槍が死神の祝福を受けた特別な槍であることを。


「じゃあせいぜい働きなさいよね!幸い数はそこまで多くないわ。さっさと片づけるわよ」


 彼女は命令口調で言った。僕は彼女の部下ではないので、命令されるいわれはないのだが…。ただゾンビの数が少ないのは事実だ。僕が見る限り百体もいない。これならすぐに全滅させることができるだろう。それに今回はゾンビなのに体が腐っていないから、臭くない。だから前向きにやれる。


 僕がそう思っていると町に金属を叩く音が響き渡る。


「これは…?」

「…これは町の外敵が攻めてきたという警告よ。何か起きているようね」


 町の外敵とは何だろうか。単純に考えればモンスターだと思われるが…。だがなぜゾンビが町中にいるという状態で攻めてくるのだろうか。ただでさえゾンビが町中にいることは異常事態なのに。


「いくわよ」


 フィレアは僕の返事を待たずに走りだした。彼女も現状に違和感を持ち少し焦っているようだ。僕もそれについていく。まずは目の前のゾンビからだ。


 僕はこの槍でまず前回と同様首を斬る。今回は体が腐っていないので、人間を斬った感触が直に伝わってくる。そしてこの槍で斬ったものは事切れる。他にも人間の急所である心臓あたりを突きで刺しても同じだった。この槍で斬ると今まで動いていたのが嘘のように突然バタリと崩れ落ちる。さすがルイが貸してくれた槍である。僕はゾンビと戦い、この槍の有用性を感じた。


 僕らはしばらくしてあっという間にゾンビたちを殲滅させた。


「終わったようだね」

「そうね。数も少ないし簡単で単純な作業だったわ」


 彼女はそう呟いた。直前まで僕とバチバチにやりあっていた後だったので、ゾンビ相手だと物足りないようだった。


「それでどうするの?」

「私は情報を集めて町の門に行くわ。フィン姉様もそこに行っているはずだから」


 フィリアはフィンさんを信じているようだ。


 ただそこでゾンビがやってきた方角からもう二人やってくる。彼らは今までのゾンビたちと違い、この町の兵士の格好をしている。ただ焦点の定まっていない目やたどたどしい足取りから彼らもゾンビであることが読み取れる。彼らは兵士らしく剣を持っているが、ゾンビになってしまった者たちに剣術は使えない。なので警戒に値しないと思われる。


 フィリアは終わったと思っていた作業がまだ残っていたよう表情をして、溜息をついた。


「まだいたのね…。さっと片づけるわ」


 彼女はそう言ってゆっくり彼らに近づいていく。そして剣を構え、横なぎに振った。首を斬るためだ。彼女のその動作には何の迷いもなく、ためらいもない。ただ今まで通りのことをするだけだ。


 ーーだが今回はそれが致命的な隙となった。首を狙って横なぎに振られた彼女の剣をゾンビと思われていた兵士が突然しゃがんで躱す。フィリアはその突然の出来事に目を見開き、思わず声が漏れる。


「ーーえ?」


 そのゾンビと思われていた兵士の格好をした男は、今までのゾンビのような動作とは全く違う動きをした。それはキレのある動作であった。まるで普通の人間のような、生きている人間のような動きである。フィリアのそれまでの緩慢な動作も相まって、それは達人の動きのように見えた。僕もこの唐突な光景が理解できていなかった。


 その男はフィリアの無造作な剣をしゃがんで躱すと、鞘に収まった剣に手をかける。そしてしゃがんだ時の足のバネを利用して抜剣の勢いのまま剣を振る。その逆袈裟斬けさぎりの一撃がフィリアを襲う。この一撃をもられば間違いなくフィリアは致命傷を受けることになる。突然のことに動けない僕にもそれだけはわかった。


 不思議なことにいきなりの出来事に対する驚きや男の緩急のついた動きによりその瞬間がとても長く感じた。おそらくフィリアも同じだろう。もしかしたら彼女は走馬灯も見えているかもしれない。


 そうしてフィリアが死ぬかもしれないという現実を強制的にぶつけられそうになったとき、何かか弾丸のように突っ込んでくる。


「ーーっゕもぉぉぉおおおんん!」


 それはフィリアを片手で突き飛ばした。そして斬られるはずだったフィリアの代わりにその手がついている腕が斬り飛ばされる。そしてそれは勢いのまま転がり、跳ねていった。その光景に衝撃を受ける。それは相手の二人組の男も同様だった。彼らの驚き方は人間のそれだ。


 僕は理解した。彼らはゾンビのふりをした人間だったのだ。直前まで普通に生活していたようなゾンビを僕らにぶつけ、油断させていたのだ。自分たちもゾンビのような動作をして僕らを欺き、殺そうした。悪意の技だ。不正極まる行為だ。ゾンビにされた人たちを利用し、踏みにじっている。僕はそう感じた。


 突き飛ばされたフィリアが呻きながら周囲を見渡す。


「いてて…。いったい何なのよ…」


 彼女の声に突き飛ばした本人が答える。


「助けやったのに、その言い草は何じゃ?バカ者が!そこはまず儂に感謝すべきじゃろうが」


 それはリンであった。弾丸のように飛んできて、フィリアを助けた。僕はリンがフィリアを助けてくれた嬉しさと彼女が突然来たことへの驚きを持った。そしてそれらの感情とリンに起きたことを受け入れられないという思いが混ざった気持ちで声をかける。


「リン!どうして…。それに腕が…」


 リンはフィリアを助ける代償として片腕を失っていた。それは致命的なケガであった。


 以前聞いたことがあるのだ。この世界には魔法もあり神性力もある。これらは僕には到底理解できない力であるが、それらの力がどこまでできるのか聞いたことがある。


 例えばどんな病気でも治せたりするのかということや四肢が欠損していても回復できるのかという疑問である。だがその疑問にリンとルイは揃って否と答えた。加護の厚い者はその神性力で自分の体をちぎれた腕とつなげることはできる。しかしそれは他人には施せないし、神性力の弱いものは自分の傷の再生さえうまくできない。


 魔法に関しては、基本的に攻撃に関してのみ発達している。ゆえに他の用途では研究も進んでいないそうである。


 リンは神ではあるが、神性力は聖騎士であるフィンさんと比べると強くないだろう。ゆえに彼女の腕に関しては絶望的な状態であった。


「仁!今はそんなことはどうでもよい。まずはこやつらじゃ!」


 リンの言葉でハッとした。彼女の言う通りだ。僕は槍を構え、彼らに向き合った。するとそれを見た男の一人が喋りだす。


「いやぁ~、先輩。ゾンビのふり作戦が失敗したっすね」

「ふむ。斬り損ねたか…」


 軽薄そうな顔をした20代の茶髪の男がもう一人の男を先輩と呼んだ。呼ばれた方の男はうまくいかなかったことに納得出来ず、渋い表情をしていた。その先輩と呼ばれた方は30代くらで黒髪で真面目そうな顔つきである。彼ら二人ともその身長は僕よりも高く、鍛えていることがわかる体つきである。


「どうしますー、先輩?撤退しますか?」

「問題あるまい。全員ガキだ。それにそいつだけでよい」

「?」


 黒髪の男は、僕らの容姿を見て舐めているようだ。そして持っている剣をフィリアに向けた。どうやら彼らはフィリアを狙っているらしい。なぜだろうか。


「…フィリア、いったい何したの?」

「…知らないわよ。私はフィン姉様に誓って間違ったことはしてないわ」


 僕の疑問にフィリアは堂々と答えた。フィンさんに誓ってまで言うのであれば、信じていいのかもしれない。フィリアが男たちに強く問う。


「あなたたちは何者?この町の兵士?この緊急事態に何してるのよ!」

「ひひ。そーすよ。この町の兵士、それが自分たち。そして今ゾンビをこの町に招き入れた反逆者を捕まえに来たっす。緊急事態ですから」


 茶髪の男がにやにやと軽薄な表情で言った。彼は間違いなく兵士ではない。ゾンビをフィリアが招いたという話も信じがたいことだ。フィリアがそのふざけた態度に悔しそうにする。


「ぐぬぬ…」

「あなたたちは本当は何者ですか?」

「…」


 僕はもう一度問うた。だが彼はにやにやしているだけで答えない。僕は茶髪の男の様子から兵士に扮したどこかの盗賊なのかなと邪推する。しかし僕らの発言を聞いたリンが僕らを叱責する。


「バカ者!なぜ気づかぬ?仁はともかく、この国の騎士であるそなたは気づくべきじゃろうが!まったく…」

「「?」」


 リンは僕とフィリアが気づいていないことに気づいたようだ。そしてフィリアに怒り、続ける。


「こやつらの剣と鞘を見よ」

「剣?」


 リンに指摘されて彼らの剣を見る。彼らは二人とも同じ剣を使っているのがわかる。派手な意匠などはないが、シンプルで使いやすそうなロングソードである。彼らの剣はまるでどこかの支給品のように同じ幅、同じ長さである。そして鞘には小さくてわかりずらいがこの国のシンボルである太陽神のマークがついているのがわかった。


 僕はこれらの情報から彼らは、本当にこの町の兵士なのではと疑った。だがフィリアは違ったようである。彼女は信じられないという表情で呟く。


「そんな…。どうして…?」

「?」


 僕だけがわかっていない。ゆえに問う。


「…フィリア、何がわかったの?」

「…その剣は、その鞘は特定の人間しか持てないものなのよ」

「…やっとわかったようじゃな!儂がそなたをバカ者と言う意味が」


 僕にはわからなくて、フィリアならわかるもの。僕とフィリアの違い…。僕は気づきハッとした。まさかーー


「…そう。こやつらはフィリアと同じ、この国の騎士じゃ!」


 リンの残ったほうの手で犯人を問い詰めるように指さしした。



ーーーーーーーーーーー



特に意識しているわけではなかったのですが、仁の「腕が…」と言うセリフの部分でシャンクスを思い浮かべました笑


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