第34話 務めを果たす

ルイ視点


 ボクと聖騎士フィンがその場に残されてからしばらく経った。ボクはその間ずっと体の中の神性力を循環させ、活性化させている。そうすると使徒にふさわしい身体能力を手に入れる事が出来るからだ。フィンはボクとの相対を遊びだと言ったが油断は出来ない。手を抜き、気を抜き、力を抜けば必ずやられる。その確信があった。フィンはこの国の聖騎士で第三席に位置する。それは単純に考えてこの国で三番目に強いということだ。


 太陽神の教会は大陸中にある。大陸中から太陽神の加護を受けたものを見つけては保護し、育てている。その本国であるこの国には太陽神の加護持ちが教会を通して、大陸中から集まる仕組みが出来ている。その性質上この国の聖騎士には太陽神の加護が厚い者たちが集まる。つまりこの国の聖騎士の第三席はこの世界で三番目に厚い太陽神の加護を受けていると言っても過言ではない。もちろん例外もあるが。


 そんなボクとフィンが町中でドンパチしてるのは周囲の人間にとって迷惑でしかないだろう。ボクはそのことを指摘する。


「ねぇ…。そろそろいいんじゃないかな?ボクを超えて先に行きたければ、もっと力を込めて町ごと焼き払うしかないよ。ただでさえ今もボクたちのせいで周りに迷惑かけているのに、もっと迷惑かけないと気が済まないの?」

「…そう言われると聖騎士として弱いですね」

「そうだよね!ボクもさ、キミみたいな人気者と戦っていたら、使徒としての評判が下がるんだよね。そうなるとこの町の教会にいる神父から苦情を言われるんだ。そうなると困るからもうやめよ?子どもじゃないんだからさ!」


 ボクの発言に眉を顰めるフィンに対して、言葉をたたみかけた。


 彼女は遊びと言ったが、これは遊びではない。ボクは子どもの容姿をしているが、子どもではない。彼女は聖騎士であって、騎士ではない。この国の象徴である彼女は、探せばどこにでもいる騎士ではないのだ。ボクは彼女がそれを言われると困ることをわかっており、あえてそこを突いた。それに派手に暴れてヌー爺に文句を言われるのもごめんだった。


「私は話し合いを最初から望んでいました。それを断ったのはあなたたちです。1年前の事件に関わった容疑者兼参考人に聴取をしたいと思う私を邪魔するあなたのほうが悪いと思いますが?」

「でもそれってさ、リンがやったっていう証拠はあるの?キミの証言だけでしょ。もちろんこの国においては聖騎士の発言には信用があって重い。だから権力を使えば何とかなると思うけど、ちょっと強引すぎないかな?」


 リンが代官の息子が関わった証拠を見つけられなかったように、フィンもまたリンが関わった物的証拠はない。第三者の証言があれば話は違うだろうが、このことを知っているのはおそらく村の村長たちだけだ。彼らはリンに恩があるため、決して喋らない。だからボクも権力を持つ聖騎士と向き合える。


「そうかもしれません。ですがだからこそ話を聞きたいと言っているのです。別に危害を加えるつもりなどありませんでしたよ」


 フィンは承知のことのように言った。ボクは彼女の表情を見て、本当のことを言っているのだとわかった。


「へぇ…、じゃな何で実力行使に出たの?」

「それも言いましたよ。私は二度も同じ得物を逃すつもりはないと。私にも聖騎士としての誇りがありますので」


 彼女はそう言いながら、剣を鞘に納めようとした。どうやら彼女にも立場や誇りがあり、それゆえに剣を抜いたようだ。だがここにボクがいることでそれは無理だと理解したようである。ボクは一息ついた。


 ーーそのとき、近いところで誰かの悲鳴が聞こえた。すぐ近く、建物の一つ向こう側の通りからだ。ボクとフィンは顔を見合わせ、その通りを覗くために建物の上に飛びのる。


 そこを見ると多くの人間が歩いているのがわかった。不安定な足どりでどこかを目指している集団がいる。ボクはそれを見てすぐに察した。


 だが他の人たちであれば一見しても気づかないだろう。なぜなら彼らは一見すると普通だからだ。村に住んでいそうな格好で普通に生活していそうな容姿である。大人から子どもまで、男から女までまるでどこかの集落から皆でこの町にやってきたようである。


 だがボクならわかる。死神様の使徒であるボクなら…。そう彼らはゾンビである。まるで先程までこの町で、どこかの村で生きていたような見た目をしているがゾンビであった。体はまだ腐っていないようだが、その足取りは生もなく死もない者たち特有のものだ。


 彼らは数百人いた。きっと今行方不明になっている者たちだろう。だが問題がある。そんな彼らがなぜこの町にいるのかという点だ。この町の住民であれば、数百人も行方不明になればすぐに誰かが気づく。それがないということはどこかの村で行方不明になった者たちで間違いない。ボクと同じ疑問を持ったのか、フィンが呟く。


「いったい…なぜ…?」


 彼らがどうやってこの町に入ったのかがわからない。だがボクに出来ることは一つだった。それをフィンも察した。ボクらは再度武器に神性力を流した。


 ボクが突っ込むとフィンも付いてくる。ボクが斬ったゾンビは動かなくなるだけだが、フィンの斬ったゾンビはその神性力により燃え尽きて灰になる。ジュッと何かが焦げた音だけが残る。ボクはそれを見て驚く。


「すごい神性力だね!ボクが以前見た太陽神の加護を持つ騎士は斬った断面を焼くだけだったのに。キミが斬ると一瞬で消えてなくなるんだね」

「ええ」


 フィンは短く答えた。一瞬で消し炭にするのは実に合理的な手法だ。ゾンビは斬っただけではまだ動く。だが消してしまえば大丈夫である。


 フィンは渋い表情をしている。だが剣を強く握り締めているのがわかった。彼女はきっと許せないのだろう。この有様が。ゾンビになることの醜さが。聖騎士として、フィン・フィレノア・ロナウドールとして、一人の人間として。その証拠に剣から神性力が溢れている。オーラのように、彼女の感情を表している。


 だが対処自体は簡単だ。時間をかければそれで解決する。ボクは油断はしていないが、特別な決断も必要がない。そう思っていた。町の鐘がなるまでは。


 突然、町に緊急事態の鐘が鳴り始めた。ボクはこれについて聖騎士に質問する。


「この音ってさ、このゾンビたちから避難してねって意味で間違いないかな?」


 ボクはこの町に住んでいるわけではないので、この町中に響く警告のような音に詳しくない。だからフィンに聞いた。だが彼女はゾンビを見つけたときより冴えない表情をして言う。


「…いいえ、違います。これは町の外の外敵に対する警告です。決して町中のゾンビに対してのものではない」

「町の外?」

「ええ、町の外です。そしてここは北の森に対する最前線であり、森から溢れだしたものに抵抗するために作られた町。ということは…」


 つまりモンスターが来るということである。だがーー


「タイミングが良すぎないかな?」

「ええ。なぜゾンビが町中にいるのはわかりませんし、なぜその時にモンスターが町に押し寄せてくるのかわかりません。しかしもしかしたら、北の森に住まうモンスターたちの中に略奪の神の加護を受けたものがいるかもしれません」

「何でそう思うの?」

「神の加護を持つモンスターは、他のモンスターより特別です。それゆえ同じモンスターをまとめる力を持つ。今回町の外の行方不明者がゾンビになっているという事実とモンスターの大群を率いるスタンピードが起こっている事実。これらを考えると略奪の神の加護を持つモンスターがいる可能性が高い」

「へぇ…」


 それだと辻褄が合う部分はある。この町への襲撃とゾンビが現れたタイミングが重なるのは両方とも略奪の神の加護を持つモンスターが関わっているからだというものだ。


「それでフィンはどうするの?」

「…私はモンスターの討伐に向わなければなりません。今この町には、私がいることを多くの人間が知っている。この町には冒険者も多くいますが、彼らだけに血を流させるわけにはいかない。私は聖騎士としての務めを果たします」

「…そう。わかったよ。じゃあ、この場はボクに任せてさっさと行きなよ」

「…お願いします」


 彼女は先程までボクと刃を交えていたせいか気まずそうに言った。


「いいよいいよ。ボクも自分の務めを果たすだけだから!死神様の使徒としてね」

「…ありがとうございます。こういうとき、あなたがたはとても頼りになる。だからこそ私は常に死神の使徒という存在に敬意を払っています」


 彼女は突然できた味方に嬉しそうに礼をして、この場を去っていった。確かに彼女の言う通りだ。ボクたち死神様の使徒はこういうとき、全てに優先して務めを果たす。


 だからこそボクはほとんどの町を自由に入れる。だからこそボクらには社会的な地位がある。だからこそ胸にある、ボクらの掲げる黒い十字架が輝く。


 ボクはその十字架を握り締め、務めを果す。

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