第33話 女の子の騎士
僕とリンはしばらく走って彼らを撒こうとしたが、彼と彼女はピッタリとついてきた。さすがに僕らも彼らを撒くことは不可能だと理解した。そして人通りのないどこかの路地裏で足を止め、対峙して退治することを決めた。もちろん行動不能にするだけだ。
「しつこいのう」
リンが呟く。それに対し追いついてきた騎士の二人が答える。
「我々がしつこいのではなく、あなたがたの諦めが悪いのです」
「そうよ!フィン姉様の言うことを聞かないあんたたちが悪いのよ」
高台で会ったベテランっぽい男の騎士と女の子の騎士が自分たちに非はないことを主張した。
「我々はただリン殿と仁殿のお二人に話を聞きたいだけです。おとなしくして頂ければ怪我をせずに済みます」
「それを儂らが信じると思うておるのか?」
「フィン様は信じるに値するお方ですよ。あなたがたとはまだ出会って日が浅いため、それがわからないのかもしれませんが」
「聖騎士であるフィンさんを信じているんですね」
僕は彼らの言葉からそう感じた。そしてそれに男の騎士が答える。
「ええ。我々はフィン様を信じています。彼女はその『陽光』の名にふさわしい方です。聖騎士の中の聖騎士、この国でも特別な方だ。…ただそれゆえに1年前のことは許し難いことでした」
「1年前?」
1年前はリンがこの町に来て、奴隷として売られそうになったレナちゃんを助けたときだ。そしてそれに関わった人間を潰した日である。
「ええ、あの日フィン様はそこにいるリン殿を逃がしました。それを理由にフィン様はこの町の代官に責められた。『なぜ息子を殺した賊を逃がしたのか?』と、『何のための聖騎士なのか?』と。フィン様は黙ってその罵倒を受けていました。彼女は何も言い返しませんでしたが、我々はそれがとても屈辱的でした」
男の騎士は苦い表情で言った。どうやらリンを逃がしたことでフィンさんに責任が押し付けられたそうだ。そのせいで僕らを捕まえようとしているのだろうか。だが僕は納得がいかない。なぜなら悪いのは代官だと思うからだ。そいつは自分の息子のことを棚に上げ、証拠がないことを利用してフィンさんを槍玉に上げ、一人身勝手に気炎を上げていたのだろう。
「ふん。そのようなやつはぶん殴ってやればよいのじゃ!」
リンが、当事者が彼の愚痴を受け、身も蓋もない言葉を返した。
「それが出来ればどれだけ楽でしたか…。フィン様が耐えているのに我々が手を出すわけにはいきません。それに表向き非の無い者を勝手に処罰は出来ない。それをすればフィン様の、聖騎士の汚点となる。それほど聖騎士の名前は軽くはないのです」
力があるからこそ、権力があるからこそ、神性力があるからこそ軽率な行動は非難されるのだろう。この国の聖騎士は立派な権力者だ。もし罪のない代官を処罰すれば、政治的に足を引っ張る者もいるのだろう。僕には聖騎士の名前の重さは理解できていない。だがリリさんに話を聞いた限りでは、この国では一種の象徴的な存在のようにも思えた。そのような扱いをされては迂闊な行動ができないということは想像に固くない。
だがリンはその話を聞いても態度を変えない。
「ふん。同情でもしてほしいのかのう?この国の聖騎士どもが不便なやつらじゃということはわかった。じゃが、それで儂らが言うことを何でも聞くと思ったら大間違いじゃ!」
リンは持っていた槍を構えた。それを見て僕と二人の騎士も戦闘態勢に入る。
「…やれやれ。説得はダメでしたか…」
「セネクス!私たちの任務は最初から、説得なんかじゃないわ!その段階はフィン姉様の尊いお願いをこいつらが無視した段階でとうに過ぎているのよ!」
女の子の鋭い声が響く。
「私が男のほうをやる。そっちのは任せるわ、セネクス!」
「わかりましたよ、フィリア嬢」
女の子の威勢のいい言葉で僕とリンはそれぞれの相手が勝手に決まった。だがそれでいいと僕も思っている。見た目で判断すれば女の子の騎士のほうが僕にとっては都合がいい気がする。そちらのほうが僕と同様弱そうだからだ。それに僕らの得物は長い。共闘より決闘、二対二より一対一のほうが僕らに有利だ。
リンもそれがわかっているため、互いに戦いやすい場所に男の騎士を誘導した。これでここにいるのは、僕とフィリアと呼ばれた女の子の騎士だけだ。
「騎士として名乗っておくわ。私はフィリア・クリスドール。ここ太陽神国の騎士。聖騎士であるフィン姉様の部下にして従妹よ。フィン姉様の言うことに従わないあなたに部下として、従妹としてあなたを下すわ」
とっても偉そうである。僕がわかっていないだけで実際に偉いのかもしれないが。騎士はやはり名誉を重んじるため、一対一になると名乗りを上げずにはいられないのだろう。それと彼女はフィンさんの従妹だったらしい。フィンさんに部下として従う妹のような存在のようだ。呼び方といい、その髪の色といい、もしかしたら血縁かもと思っていたがその通りだった。僕も彼女に合わせた。
「僕は仁。
僕は名乗った。そして疑問を口にする。
「それでどうして僕を選んだの?」
「それはあなたがもう一人より弱そうだったからよ」
「そうなの?見た目的にリンのほうが弱そうだと思うけど?」
「バカね!そのリンって子はどのような形であれフィン姉様から逃げたのよ。それに比べてあなたは高台にいたとき、一方的にやられていたじゃない。バカにもわかることだわ」
目の前の女の子はフィンさんに似た金髪を揺らし、説得力のあることを言った。確かに高台のときみたいにフィンさんに迫られたら、僕はすぐ捕まってしまうだろう。
だがこの女の子の騎士は勘違いしているかもしれない。確かに僕はフィンさんより弱く、リンよりも強くない。しかしそれが僕が君より弱いことの証明にはならない。それに彼女とは同年代くらいだが、体格的に僕のほうが少し大きいので優位だ。僕はそう思って対峙しつつ、いざとなれば逃げようかなと考えた。
「なるほど…。フィリアさん。ちなみになんだけど、僕が勝てそうになくて逃げた場合はどうなるの?」
「バカね!そんなの決まってるじゃない。セネクスに加勢するだけよ」
「…」
やはりそうなるか。そうなると僕は逃げられない。逃げたらリンが困る。失望もされるかもしれない。それは耐えられない。むしろここで僕がフィリアさんを行動不能にしてリンに加勢するのがベストだ。僕は理解した。
「…だよね。じゃあ、僕も頑張ろうかな」
僕は槍を強く握った。
「やっとやる気になったみたいね。フィン姉様みたいに叩き潰してあげる!」
彼女は楽しそうにそう言った。そして突っ込んできた。
僕は槍の穂先が届くタイミングを見計らい、全力で横なぎに払う。相対する彼女も槍の穂先を狙って剣を払った。金属のぶつかる音が甲高く響く。だが僕はそこで驚きに目を見開き、手から槍がこぼれそうになる。槍が彼女の剣に持っていかれそうになったからだ。もし強く握らず、全力で槍を振っていなかったら間違いなく手元から槍がなくなっていた。
この力強さには覚えがある。フィンさんだ。フィンさんはあれで手加減していたようだが、それと同等のパワーが彼女の剣に込められている。僕は彼女の言った『フィン姉様みたいに』というのは本当のことだと理解した。
そしてフィンさんみたいということはーー
「加護持ち…」
「バカね、やっと気づいたの?ただの小娘が血縁とはいえ、フィン姉様の部下をやっていられるわけないじゃない!私は神性力による身体強化が人一倍得意なの。もちろんフィン姉様ほど圧倒的じゃないけど…。ね!」
彼女はさらに踏み込んでくる。彼女と刃が交わるたびに、僕の手が痺れる。
どうやらこの世界では人を見た目で判断してはいけないらしい。リンとルイという身近な手本がいたのに僕はわかっていなかったようだ。だがこの力強さは学習済みで経験済みで対策済みだ。僕は彼女の剣を受け流すようにした。受け止めないようにしつつ、僕は体重を乗せて槍を振るう。半端な力では槍が飛ばされる。僕は力強く踏み込んだ。
ギィイイイン!ガンッ!と何度も鈍い金属音が響く。彼女はやはりフィンさんとは違う。フィンさんは僕の槍を要塞のように受け止めていたが、フィリアさんはそうでないみたいだ。もしフィンさんと同等であれば、彼女も聖騎士になっているはずなので当然といえば当然だが。
ならば勝機はある。そう信じて槍を振るった。彼女のパワーに負けないように。だが彼女は若いが現役の騎士だ。彼女の剣の扱い方には訓練したことが伺える技量がある。彼女は僕の一撃を受け止めると剣を槍に滑らすようにして接近してくる。僕はタイミングを見計らい、彼女の次の太刀筋を読み、剣を躱しながら石突で払う。
これはリンから学んだことの応用である。相手が間合いを詰めてきたら、太刀筋を制限して自分が攻撃しやすいように誘導する。武器にリーチ差があるからこそできることだ。
そうして刃をぶつけ合いしばらくの時が経った。そして体力的にしんどい状態となる。彼女の力に負けないように全力で槍を振るっていたからだ。だがそれは彼女も同じだった。いくら神性力で肉体を強化しているとはいえ、その身は僕と同世代の少女。強化が大きい分、体にかかる負荷が大きいのかもしれない。お互いに肩で呼吸し始めていた。
「…思ったよりやるじゃない?あなたもしかして私と同じ加護持ち?」
彼女は僕と同じことに気づいたようだ。だから僕は虚勢を張って同じ答えを返す。
「…やっと気づいたんだね。フィリアはばかなのかな?」
僕は疲れが浮かんだ笑顔で彼女を呼び捨てにした。彼女はそれに釣られて顔が少し赤くなる。
「…あなた仁って言ったわよね!絶対に許さないんだから!」
彼女はそれを挑発と受け取ったようだ。自分で言ったことを返されて怒るとは…。彼女も年相応だということかな。少しだけ彼女に対する理解度が増した
だがそのとき、少し遠いところで誰かの悲鳴が聞こえた。僕の後ろの方向からだった。こんな町中でいったい何の悲鳴だろうか。すごく気になるが振り向けない。なぜなら僕の敵は目の前にいるからだ。僕は彼女の隙を見逃さないように見つめた。
しかし彼女の目は僕を見ていない。僕の背後を見つめている。そして先程まで赤かった顔が少しずつ冷めていき、理解できないものを見る目つきになった。震える唇で言う。
「…どうして?どうして町中にいるの?どうやって…?」
「?」
僕は振り向きたくなった。だが目の前にはフィリアがいるため、気軽に振り向けない。
ただ何かが聞こえた。聞き覚えのある何かが…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます