第32話 逃走と衝突

 彼女の目を見て僕は驚き、思わず後ずさる。それを見たフィンさんは続けて言う。


「そちらのローブの方、もしかして私と以前会ったことがあるのではありませんか?ちょうどその身長と同じローブ姿の方を私は追っています。以前この町で起きた事件の容疑者兼参考人として話を聞きたいと思っているのです」


 彼女はそう言って一歩進む。片手は相変わらず鞘に収まった剣に置いたままだ。彼女は話をしたいと言っている。だがいざとなれば実力行使をするつもりであることは明らかである。


「さぁ、なんのこと?人違いじゃないかな?」


 ルイが笑顔でフィンさんの問いに答えた。周りに人が少ないせいか、急に辺りが静かになったように感じる。


「では、ローブから顔を出して頂きたい。あのときは夜でちゃんと顔を見ることはできませんでした。しかしその人物とは確かに目があった。褐色の肌を持っていることも見えた。その方がもし私が目撃し相対した人物でないのであれば、顔を見せて頂ければすぐに誤解は解けるでしょう」

「…」


 どうやらリンの容姿は完全ではないが、少しは知られていたようだ。フィンさんは隠し事は出来ないぞと言っている。これは言い訳など通用しないであろう。


 僕はリンの判断に従うために彼女をちらっと見る。するとリンがフィンさんに問う。


「見せたくないと言った場合はどうなるのじゃ?例えばこのローブの下にはひどい火傷のあとが残っていると言ったら?そなたはそれでも見せろと言うのか?」

「ええ、言います。それが私の職務ですから。それにあなたの顔に火傷痕がないことはここ数日で私の部下が確認している。だから誤魔化しは通用しません。もちろん仮病も」

「…」


 どうやら全てバレているようだ。リンの顔に火傷痕なんかないことやリンが仮病を使って会わないようにしたこと。そしてリンが代官の息子を殺した犯人であることも。


「なのでおとなしく私についてきてくれませんか?私は手荒なことはしたくありません。あなたたちが私の聴取にお付き合い頂けるのであれば、悪いようにはしません」

「ふん!笑わせてくれる。信用できぬな」

「…それでは仕方ありません。私は二度もあなたを逃がすわけにはいかない」


 フィンさんはそう言いながら、ゆっくりと剣を抜いた。後ろ二人も同様だ。どうやら僕らは争うしかないようだ。フィンさんの態度は既にそれが決まっていたかようである。完全に僕らをロックオンしている。いつのまにリンの容姿が知られていたのだろうか。僕にはわからなかった。わかることは僕ではフィンさんに太刀打ちできないことだけだ。リンもそれを察しているのか焦ったように声をかける。


「ルイ…頼む!仁、逃げるのじゃ!」


 リンが走りだす。僕は返事もせずにそれについていった。そしてルイは動かない。どうやら聖騎士の相手はルイに任せて、僕らはその間に身を隠すようだ。だがそう簡単には行かない。僕らの対応を見て、フィンさんが命令を下した。


「セネクス、フィリア。彼らを追ってください。そして捕まえてください」

「「は!」」


 部下の二人が追ってくる。その二人は以前にこの町の高台でフィンさんの後ろにいた二人である。彼らはさすが現役の騎士というべきか、僕らの走るスピードと同等の速度でついてくる。付かず離れずで迫ってきており、体力にも余裕がありそうな様子であった。


 僕はリンについていきながら、疑問を口にする。


「リン!フィンさんの言う通りにして、おとなしくついていくのはダメなの?」

「ダメじゃ!先程も言ってやったが、この国の権力者どもは信用が出来ん。禁止されている奴隷売買の主犯を息子に持っていた男がいまだにこの国で代官をやっているのじゃぞ。儂はこの国の聖騎士のことも詳しくは知らん。じゃから今は逃げるのじゃ。それにもし本当に話だけで済むのであれば、逃げた後に捕まっても同じことじゃ!」


 リンは奴隷売買の件でこの国の組織に対して強い不信感を持っているようだ。僕もリンの話を聞いて、この国で捕まるのは本能的に避けたと思っていた。フィンさんのことはまだしも、この町の代官は信用がならないからだ。


 僕らはルイを置いて逃げた。ルイは死神の使徒という社会的な地位があり、実力もある。僕らが逃げた後でも悪いようにはされないだろう。そう信じて今は走っていった。


ーーー

ルイ視点



「追わなくていいの?」

「ルイ殿こそ追わなくていいのですか?」


 ボクとフィンは間合いを保ち、武器を構え、向き合っていた。


「そうだね。キミを止めることができるのはボクだけだからね」

「それは私も同じです」


 どうやら同じことを考えていたようだ。


「でもどうしてリンがキミの知っている人物だとわかったのかな?もしかしてここ数日ボクたちの周囲に尾行でもつけていたのかな?」

「…気づいていましたか」

「もちろん。でも何のための尾行かいまいちわからなかったんだよね。キミたちと会ったときはリンのことを気づかれている様子はなかったから。だから向こうから接触してくるのを待っていたんだ。それに誘導しようとしたら、すぐ尾行してきた人はどこか行っちゃうから困ってたんだよね」

「…私の部下は優秀だったようですね」


 フィンは嬉しそうに言った。まさか尾行がフィンの部下だとは思わなかった。なぜなら高台のときはリンに気づいている様子はなかったからだ。それに尾行しているのは行方不明事件に関係がある者だと思っていた。ボクらがゾンビを倒したから、その報復的なものかと。


「でもいいのかな?ボクは死神様の使徒だし、キミは太陽神の加護を受けた聖騎士だ。ボクらが刃を交えると色々と問題になるんじゃないの?」

「大丈夫です。我々は互いに本気を出さない。これはただの遊びですよ」

「そうなんだね!確かにキミが本気を出したら、この町ごと燃やしちゃうもんね」

「ええ。死神の使徒であるルイ殿を制圧しようとしたら、町がいくつあっても足りないでしょう」


 それは単なる事実だ。だが同時にボクに責任を押し付けているように感じた。なぜなら死神様の使徒であるボクは大規模に町を破壊する術を持っていない。ボクは単体として強い自覚はあるが、対集団においては時間をかけて殲滅するタイプだからだ。なので町を破壊するのはきっとフィンだけだ。フィンは太陽神の厚い加護を受けている。ゆえに町がいくつあっても足りないのは彼女だけである。


「だったらさ!遊びでも剣は抜かなくいいんじゃないかな?ボクは言葉を使わない遊びより言葉を使う遊びのほうが好きなんだ」

「そうわけにはいきません。聖騎士として同じ相手を逃がすわけにはいかないので、可能であれば押し通ります」

「はぁ、わかったよ。ただ今は行方不明事件のことに集中しなくていいのかな?リンが無関係なのはボクが保証するよ」

「ええ。私もわかっております。ただ行方不明事件は進展がありません。この町の代官も表向きには、私に媚びへつらって協力的なふりをしております。ですが裏ではこの町の防衛を理由に自分の兵士を調査に向かわせていない。ですからこの町の代官も信用なりません。私がこの町にいることも長くはないので、解決できなそうなことから取り掛かることにしました」

「そう…」


 実に合理的な理由で面倒だ。そしてフィンがこの町に長くいることができないのは、まだ次の教皇選定の途中だからである。もし彼女の選んだ枢機卿が教皇になれば、フィンはその新たな教皇の腹心のような立ち位置になるだろう。そんな彼女に協力的でないこの町の代官はいったい何を考えているのだろうか。


 とにかく今は目の前の聖騎士を止める。そうすればリンたちは身を隠すことができる。もし捕まっても何とかなるだろう、たぶん。ボクは覚悟を決めて、武器に神性力を流していく。大鎌が黒く染まっていく。


 そしてそれを見た聖騎士も剣に神性力を通していく。フィンの剣が彼女の神性力で染まる。それは彼女の目と同じオレンジのようなアンバーの色に染まった。ボクらが会話している間に荒事の気配を悟ったのだろうか。周りには誰もいなくなっている。この場がボクらの緊張感で張りつめていくのがわかった。


 そして踏み出す。


「じゃあ、行くよ!」


 ボクは彼女の目を見てそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る