第31話 偶然か必然か

 宿に帰ると、リンに今回のことを聞かれる。


「どうだったのじゃ?」

「…手も足も出なかったよ」

「どういう意味じゃ?儂は儂のことを聞いたんじゃが…」


 僕が端的に答えるとリンが首を傾げた。当然である。今回はゾンビのことで呼び出された。なのにどうして聖騎士であるフィンさんと稽古する流れになったのか理解できないのだろう。だがそれは僕も同じである。これはスーネのせいなのだ。スーネがあんなこと言わなければ、この国で最強の聖騎士に身も心も打ちのめされることはなかっただろうに。


 言いたくない僕に代わってルイが笑顔で答える。


「それはね!ゾンビの話が済んだ後、仁と聖騎士であるフィンが槍と剣を交えたんだよ。あまりに一方的だったから、仁は手も足も出ず、会心の一手も踏み込みの一歩も出すことが出来ずにずるずると追い詰められてたんだ」

「…ふむ。そんなことがあったのか。じゃが仁もそれは良い経験になったんじゃろう。それはそれでいい。それより儂のことはどうじゃった?」

「それについては名前を出してみたけど、何の反応もなかったよ。それに今は行方不明事件の調査に集中してるみたい。だからばったり会って顔を見られなければ大丈夫だよ。たぶんね」

「…そうか。ならばよい。これで儂も多少は安心できるな」


 リンはうんうんと頷いた。そしてルイも頷く。


「そうだね。ボクはもちろんだけど、仁も余計な事は言わないようにあまり口出ししないようにしてたからね。リンのことは漏らしていないから大丈夫だよ」


 確かに僕はフィンさんと話をした際は、ほとんど黙っていた。リンのことを言わないように口を出さなかった。僕はフィンさんに手も足も口も出なかったのだ。


「ただね、実際に会って思ったことがあるんだ。その聖騎士のフィンはリンのことをきちんと話せばわかってくれそうな性格だったとボクは感じたよ。仁はどう?」

「確かに。理性的で悪くない人だと思ったかな」


 聖騎士であるフィンさんは何の地位も持っていない僕ら冒険者相手にも対等に接してくれた。驕るような態度もしなかった。お付きの騎士の女の子は睨んできたが、あれはフィンさんを尊敬しているゆえ、呼び捨てが許せなかっただけだと思う。だからリンのことも話が通じると僕も感じた。


「儂もそれは考えた。じゃが問題がある。儂は事を急いておったので、儂の無罪を証明する証拠がないのじゃ。あの事件の商人たちが奴隷売買に関わった証拠あった。じゃが、肝心のこの町の代官の息子が関わった証拠がない。ない状態で独断で罰を与えた。ゆえに儂は逃げたのじゃ」


 それならフィンさんに事情を話せないのもわかる気がする。奴隷売買に関わった証拠がない場合、そこに残るのは代官の息子の死体とそれを成したリンだけだ。この町、この国の法律がどうなっているかわからない状態で既に権力者側を敵に回している。もし話したとしても証拠がなければフィンさんがどう判断するかわからない。最悪の場合はリンの身柄を代官に引き渡すこともあり得る。


「それなら仕方ないね」

「そうだね」


 僕とルイは納得した。


 それからリンは行方不明事件のことを確認した。僕らの知らない情報を聖騎士側が持っているかどうかを知りたいのだ。だが結果は良くなかった。聖騎士側が掴んでいる情報は僕らと同じようなものだったのだ。

 

 この辺境で行方不明事件が起きていること。その数が600人以上であること。ゾンビが僕たちのお世話になった村で襲ってきたこと。襲ってきたゾンビは行方不明になった者たちであること。襲ってきたゾンビの数と行方不明の人数が合わないこと。おそらくこの事件には略奪の神の使徒が関わっていること。そして行方不明者の行方がわからないこと。


 もちろんフィンさんたちはこの町に来て調査を始めたばかりであるため、これから追加の情報があるかもしれない。だがこれでは今のところ何もわかっていないのと同じだ。僕らがこの町に来て、しばらく経った。だが情報に変化はなく、事態はそのまま。僕らはどうして追加の情報や新たな事件が起きていないのか理解できていない。この事件の犯人は動いていないのだろうか。それとも聖騎士がこの町に来たから手を引いたのか。結論は出ないままだった。


「行方不明の詳細は掴めぬ。だが聖騎士がその事件でこの町に来ているのであれば、事件を解決すればいなくなるということじゃ。それは儂にとって都合が良い。それに儂と仁は金がない。しばらくこの町にいて金策をせねばならん。早々に事態が収束すると良いのじゃがな」

「そうだね。ボクも今回は死神の使徒として動く必要がある。もしかしたら他の行方不明者もゾンビにされてるかもしれないし、略奪の神の使徒はボクの敵だ。だから今回の事件には積極的に関わるつもりだよ」

「ふむ。つまり儂とルイの思惑は一致しておるな。ならばともにこの事件の解決のために動くか?」

「そうだね。異論はないよ」

「ふふ。儂らに迷惑をかけるどこぞのバカを探し出して、儂の鉄槌を下してやるのじゃ」


 気づいたらリンとルイが意気投合していた。僕は少しこの事件の犯人が可哀想に思えた。なぜなら今この町にいる実力者たちを一気に敵に回しているからだ。聖騎士であるフィンさんやリンとルイのコンビ、そしてこの町の冒険者たち。かなりの戦力が集まっている。これだけいれば事件の犯人の何かしらの目的も挫くことができるのではないだろうか。


 そんなことを考えているとリンとルイが少し呆れた顔で話かけてくる。


「仁よ。そなた他人事のような顔をしているが、そなたも戦うのだぞ」

「え?」

「そうだよ、仁。何のためにボクがその槍を君に預けたと思っているのさ。もしかしたら他の行方不明者がゾンビになってこの町を襲ってくるかもしれない。そのときのためだよ」

「…」


 そうだったのか。知らなかった。ルイはちゃんと考えていたようだ。リンとルイにはお世話になっているから、協力することに抵抗はない。でも僕は正直、この町や周辺に住む人たちのために命を張って脅威と戦えるかわからない。だがらいざというとき逃げてしまうかもしれない。あのとき村でゾンビが襲ってきたときは村を守るというより、自分たちを守るために戦った。ゾンビが襲ってきたのも急で考える時間がなかった。だから危険は遠ざけたほうがいいのではと思ってしまう。


 僕は決して正義感を特別強く持っているわけではないし、そういう教えを受けて育ったわけでもない。父から教わったことはたくさんあるが、誰かを助けることを強制されたこともない。どちらかといえば父は僕に『自由に生きろ』と口癖のように言っていたくらいだ。まぁ、自由に生きることの意味は高校生の自分には完全に理解できるものではなかったが。


 僕が少し考えているとリンが声を発する。


「仁。そなたが何を考えておるかわからんが、この事件を解決に導けばきっと金になるぞ。この町にいる聖騎士か守銭奴の神父に情報を売ってもよい。もちろん高値でな。あまり難しく考える必要はない。そなたは気づいてないかもしれぬが、そなたはそれなり強い。だから大抵のことであれば何とかなる」

「そうだね。ボクも仁の実力については保証するよ。今日は聖騎士を相手にしたから、まだまだだと感じると思う。でも仁は少しずつ経験を積んでるから、もうゾンビにやられることはないと思うよ。もちろん聖騎士は別だけどね」


 リンとルイは僕の悩んだ顔を見て、不安になっているのかと心配してくれたようだ。まだリンとルイには言っていないが僕は可能なら元の世界に帰りたいと思っている。だからこの世界の知らない人たちのために戦う覚悟はない。でもお金のためならまだ戦えると思う。何をするにもお金が必要だと身に染みて感じているからだ。僕は独りよがりで小さな覚悟を決めた。


「わかったよ。そこまで言ってくれるなら、協力する。出来る限りね」

「ふふ。それでよい。この事件の捜査をすれば金が手に入り、聖騎士が都に帰る。まさに一石二鳥じゃな」


 リンは嬉しそうに言った。


 それから数日が経ったある日。僕ら三人は日光を浴びながら、路地を歩いた。もちろんリンはローブで顔を隠している。僕らは人込みに紛れ、露店を見たりして過ごしていた。僕らは会話に夢中になると、気づいたら人通りの少ないところにいた。そしてふいに肩が叩かれ、後ろを振り返る。そこには見覚えのある人がいた。


 その人は先日僕と話をして、稽古をしてくれた人だ。この町に来て、民衆に歓迎された人気のある人だ。そしてリンを捕まえようとして逃げられた人だ。そうこの町にいる唯一で秀逸、完全無欠な聖騎士であった。後ろに部下の2名の騎士もいる。


 今日は快晴。時刻は昼。まさに太陽がもっとも輝いているとき。僕らは偶然か必然なのか、フィンさんとばったり会った。片手を鞘に収まった剣に置き、フィンさんが僕らを見て声をかけてくる。


「仁殿とルイ殿、先日以来ですね。お元気そうでなによりです。もしかしてそちらの方はリン殿でしょうか?よろしければ紹介して頂けますか?」


 彼女はこちらを真面目な表情で見ている。オレンジ色のアンバーの瞳が燃えている。太陽が覗いている。

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