第30話 聖騎士と僕の

 聖騎士に会う日となった。僕らはリンを宿屋において出かけ、スーネたちと合流してこの町の南側の高台に向かった。その高台はこの町の代官が持つ土地の一部となっており、紹介がなければ入れないようになっている。そしてこの高台に入る際に紹介状が必要になっており、基本部外者は入れない。なので周囲に聞かれたくない話をするときなどはピッタリな場所となっていた。


 僕らはヘレナさんから預かっている紹介状を使い、高台に入っていった。そこは広場があり、この町の眺めを一望できる場所だった。そしてテーブルと椅子が置かれ、三人の騎士が僕らを待っていた。


 先頭にいるのは噂の聖騎士である。この町に入ってくるときと同様の姿で微笑みを浮かべ、僕らを歓迎している。そしてその後ろにいる二人は、僕と同じくらいの年齢の女の子の騎士と少し年老いた騎士である。女の子のほうは、身長が僕よりも低い。聖騎士と似た金髪を持ち、幼い顔つきをしている。だがそのかわいらしい顔に反して、僕らを軽く睨んでいた。もう一人の騎士は男で、少し顔に皺があるものの精悍な顔をしている。いかにも年齢とともに経験を蓄えたベテラン騎士の風情である。灰色の髪が渋さを強調し、油断のない眼差しをしている。真面目な表情をしているが、こちらの動きを見逃さないようにしているのがわかった。


 僕らは近づくと聖騎士である彼女が挨拶をする。


「お待ちしておりました、皆様。本日は私の要請により来てくださってありがとうございます。私は聖騎士フィン・フィレノナ・ロナウドールと申します。フィンとお呼びください。以後お見知りおきを」


 彼女は柔らかい物腰で礼をした。それに対し僕らの代表としてルイが挨拶を返す。


「初めまして、フィン殿。ボクは死神様の使徒であるルイスラート。ルイと呼んでね。それでボクの隣にいるのが一緒にゾンビを倒した仁。後ろの二人は案内役で来てるスーネとウービ。よろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします、ルイ殿。ゾンビから村を救っていただいた皆様には感謝しております」


 彼女は僕の目を見て微笑む。


「あとここは公の場ではありませんので、私に敬称は不要です」

「わかったよ。じゃあフィンと呼ばせてもらうね」

「ええ、それでお願いします。それと私の後ろにいるのは部下の騎士の二人となります。私の給仕と護衛をする者たちですのであまりお気になさらず」


 後ろの二人が紹介に合わせて礼をした。その後、聖騎士は僕らを見て当然の疑問を口にする。


「ルイ殿。確か村を救っていただいた方は三人だったと記憶していますが、もう一人はどうされましたか?」


 この質問の答えは用意されている。リンは仮病で朝起きたら腹痛がひどいため、来れないという話で通すことになっている。ルイはその質問に対してやれやれといったふうに答える。


「リンなら今朝からお腹が痛いらしくてね。朝から子どもの癇癪かんしゃくのようにうるさいから置いてきたよ。だから来てない。でもゾンビ退治の話ならリンはいなくてもできるから大丈夫だよ!」

「そうでしたか」


 リンの名前に聖騎士は特に反応しない。どうやら名前は知らないようだ。ただルイはリンのことを必要以上に子どもっぽく伝えた。ルイはこんなときでもイタズラっぽい。僕はルイに横目で呆れた視線を向けた。


 それから僕たちは椅子に座り、ゾンビ退治のことを話した。そのとき当然ルイ以外にも話を振られたが、なぜか僕とスーネとウービの三人が聖騎士の名前を呼ぼうとすると女の子の騎士の目が鋭くなった。どうやら呼び捨てで呼ばせないために目で牽制しているようである。僕はその視線に耐え切れず、聖騎士をフィンさんと呼んだ。だがスーネとウービはその視線を無視して呼び捨てで呼んだままだった。なんならウービはその視線に対してニヤッとして返した。女の子の騎士とウービの視線がバチバチしていた。ちなみにスーネはその視線に気づいた素振りがなかった。


 それともう一つ気になるのが、フィンさんがたまに僕の目を見つめていることがあることだ。僕は自分に話が振られていないときは高台の景色を眺めている。なかなか見ることができない光景だからだ。だがふと気づいてフィンさんを見ると目が合う。僕はそのことを素直に尋ねる。


「あのフィンさん、僕の顔に何かついてますか?」

「…いえ、何もついてません。ただあなたのこの町を見る様子が気になっただけです。まるで初めてのものを見たうちの部下に似ていたので、仁殿はこの町の景色は初めてなのがわかったのです」

「?」


 彼女は女の子の騎士をちらっと見てそう言った。僕はこの町の、正しくはこの世界の景色は初めてである。ゆえに正確な観察眼であるといえる。


 フィンさんは僕を見て、僕の持つ槍を見て、さも今思いついたかのように言う。


「…そうですね。せっかくの機会ですから、稽古をしていきませんか?今回ここに来ていただいたせめてものお礼です。この場は北側の森から来るモンスターが町に入ってきた時の対策本部として使えるように広くなっています。それに私はこう見えて聖騎士の一人ですし、あなたは冒険者。経験を積むという点では良いのではないでしょうか?」


 確かに聖騎士の実力は気になる。だが怖い気持ちもある。彼女の今までの振る舞いには品がある。ただし隙はない。僕は歴戦の戦士でもなければ勇士でもないがそう感じた。だからフィンさんとの稽古には消極的である。だがそんな僕の気持ちを無視して、スーネが言う。


「おお!それはいい案だみゃ。聖騎士と戦えるなんて滅多にない機会だから経験を積むべきみゃ。仁の師匠としてその稽古、いや決闘を許可するみゃ!」

「!」


 何でスーネが許可するのだろうか。しかも稽古じゃなくて、決闘になってるし。騎士において決闘とは神聖なものではないのか。そんなのはやりたくない。だが僕以外の三人はせっかくの機会だから経験を積むべしという意見で一致した。


 高台の広場で僕とフィンさんは互いに向き合う。僕は槍を構え、フィンさんは剣を抜く。彼女を見ると余裕そうな目をしている。審判のルイは大鎌を持ちながら立つ。お互いに準備が出来たことが確認出来たためか、フィンさんが言う。


「これは稽古です。仁殿から来てください。それと私は加護を持ち、神性力を扱います。そのおかげで大抵の傷はすぐ直りますので全力でお願いします」

「…わかりました」


 やはり彼女は僕より強いようだ。でなければ稽古にはならない。僕は胸を借りるつもりで答えた。


 僕はあれからルイやスーネたちに訓練をしてもらって、槍や神性力の扱いが少しずつ上達した。神性力も意識すれば漏らすことはなくなったし、自分の体の中の神性力を認知できるようにまでなった。そのおかげで神性力が血液のように体を巡っているのが理解できた。だから今はその流れを加速させることで身体能力を上げることができるようになっている。自分は以前より間違いなく強い。それが実感できていた。とはいえルイに言わせるとまだまだ基本も出来ていないらしいけど。


 僕はその神性力による身体強化をして、突っ込む。そしてその勢いで槍を払う。彼女はそれを剣で受け止める。ギィィンと刃と刃の音が響く。僕はそこで思わず目を見開く。僕は全力を込めて槍を横に払ったが、受け止めたフィンさんの剣が動かない。僕は受け止められた後も力を入れ踏ん張っているが、動かない。彼女は澄んだ目で僕を見ている。まるでそれで終わりかと問いかけているようだ。


「はぁぁぁぁ!」


 僕は再度気合を入れ、槍を振るった。だが彼女はその全てを受け止めた。力で、技術で負けている。まるで要塞を相手にしているようだ。彼女はそれから受けるだけでなく、攻撃もしてきた。僕の槍裁きを受けて僕の力量を理解したのだろう。僕が受けることが出来ないぎりぎりの力で剣を振っている。僕はそれを必死で防いだ。彼女はゆっくりとゆっくりと歩いてくる。僕はそれを止められない。ただ間合いを詰められたくないため、彼女の歩みに合わせて後退することしかできない。そして気づいたら、息切れをして汗をかいていた。そのタイミングで声がかかる。


「やめ!」

「はぁはぁ…」


 ルイの声が聞こえ、緊張の糸が切れる。僕はかなり消耗したが、フィンさんは違う。汗一つかいてない。その後、僕はフィンさんに稽古のお礼を言った。そして最後にフィンさんが『行方不明事件のことで何かわかれば、ご助力をお願いします』と言って、その場は解散になった。


 僕らが見えなくなるまでフィンさんはこちらを見つめていた。それが印象的だった。


 

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