第29話 呼び出し

 三人で話し合った結果、今後リンはローブで顔を見られないようにして町に出ることが決まった。本当は部屋から出ないほうがいいかもしれない。だがリンが『儂は悪いことをしていないのになぜコソコソせねばならぬ』という言葉で今まで通り行動することが決まった。強がりかどうかはわからないがリンは聖騎士を恐れてはいないようである。


 それに僕はこの町を一人で出歩くのはリンとルイによって止められている。なぜなら行方不明事件のことやこの町の代官が信用出来ないからだ。それに僕はこの町の土地勘もない。保護者の付き添いが必要なのである。


 リンによると聖騎士とは直接ぶつかったので、顔を見られたかもしれないと言っていた。とはいえそれは夜中で灯りがない中、ローブを着て顔を隠していたときだ。なので、『たぶん大丈夫じゃ』とリンは主張した。それに顔を見られていればこの町で指名手配されてるはず。なのにこの町に入れたという事実がある。それはつまりリンの顔が割れていないことの証明になっていると思う。


 だから今後は聖騎士については接触を避けることで合意した。聖騎士たちはリンがこの町にいることは知らない。だから、僕たちから近づかなければ大丈夫だろう。そういう話でまとまった。まとまった気になっていた。


 聖騎士がこの町に来てから二日後、僕とリンは冒険者ギルドに来ていた。今日もスーネたちに鍛えてもらうためだ。彼女たちに挨拶する。


「スーネ、ウービおはよう」

「…おはようみゃ」

「おはよう」

「スーネは今日も寝坊でもしたかのう?」

「スーネは夜遊びしてる」

「夜遊びなんてしてないみゃ」


 ウービがスーネを告発した。スーネは朝に弱いのか、午前中は眠そうな目になっている日がある。会うたびに眠そうにしているわけではないが、その日になるといつもの元気がない。だがそれも最初だけだ。訓練が始まればいつもの通りに戻るだろう。僕らはそのまま受付に向かった。


「おはようございます。ヘレナさん、今日も訓練場お借りしますけど、大丈夫ですか?」

「おはようございます、皆様。もちろん大丈夫ですよ」


 訓練場はたまに何かの講習やギルドの事情で使えない時がある。だから僕らは毎回ヘレナさんへの挨拶も含めて確認するようにしている。


 いつもなら挨拶で終わるだけたが、今日は違った。ヘレナさんの話は続く。


「ただ、仁様たちにとあるお方からお話を聞きたいとお願いをされております」

「?」


 いったい誰だろうか。この町に僕たちの知り合いは少ない。冒険者ギルドを通してお願いされる知り合いはいない。


「どなたからですか?」


 僕の質問にヘレナさんは答えにくそうにする。


「聖騎士のフィン・フィレノア・ロナウドール様からです」

「え…」


 それは今この町で話題の名だった。僕たちが先日近づかなければいいと思っていた相手だ。まさか相手のほうからコンタクトがあるとは…。僕は思わずリンをちらっと見る。もしかしたらリンのことが既にバレているだろうか?そうであったら困る。するとリンはヘレナさんに確認をする。


「それは何の用で呼ばれておるのじゃ?」

「先日のゾンビ退治の件です」

「ふむ。そうか…」


 どうならリンのことではないらしい。元々聖騎士たちは行方不明事件の調査で来ている。なので僕らからゾンビのことについて話を聞きたいというのは普通のことだ。しかしだがらこそ困る。


 なぜならリンのことを知られるわけにはいかないからだ。彼女のことを町の代官に知られると間違いなく処刑される。彼女は行かせられない。

 だが僕らは断れない。これはこの国で権威を持つ聖騎士が冒険者ギルドを通して依頼しているからだ。それも事件の調査のためという大義名分がある。少し悩む僕らを見てヘレナさんが言う。


「二日後の昼、この町の南側にある高台でお会いになりたいそうです。もちろん聖騎士様は日程の変更も受け付けると仰せでした。皆様の日程はいかがですか?」

「…二日後の昼で良い」


リンが渋々了承した。それを見てスーネが冷やかす。


「仁たちは聖騎士に呼び出し受けたのみゃ?面白そうだから、みゃーも行きたいみゃ!」

「スーネが行くならあたしも行く」


 スーネが野次馬根性全開で言った。それはいいのだろうか。


「仁たちはこの町に来たばかりみゃ。だからみゃーたちが道案内するみゃ!」

「仁たちが迷子になって遅れたら無礼で打ち首」


 スーネたちが自分たちの野次馬根性に妥当で適当でまあまあ正当な理由をつけた。 さすがに打ち首にはならないと思うが…。ならないよね?


「ふむ。そういう建前があれば向こう側も断ることはできまい」

「そういう事情でしたら、我々ギルドも否とは言いません。聖騎士様にお伝えしておきます。ただウービ様、そのようなことを言うのは逆に失礼で無礼ですよ。ウービ様の言うようなことをするようなお方ではありません。ただお相手は聖騎士様であることをお忘れなきように接してください」

「やったみゃー!」


 スーネは自分の我儘が通って、嬉しそうにした。実際に会ってスーネがアホなことを言い出さなければいいけど…。


 僕らは宿に帰り、ルイにも今回のことを伝えた。彼もゾンビ退治に貢献した一人だ。行くなら一緒に行くことになる。ルイは話を聞いて悩んだ。


「ボクたちから接触は避けるという話で決着したのに、こうなるとは…。おそらく聖騎士たちは僕らが三人でゾンビを退けたことを冒険者ギルドからの情報で知っている。用件はリンのことは無関係に思えるけど、もしかしたら探りを入れようとしているのかもしれない」

「そうじゃな。ただ呼び出しの理由はもっともじゃ。断ることはできん」


 断ることもできないし、無視するわけにもいかない。リンはルイの言葉を肯定した。


「そうだよね。ボクも使徒として今回は断ることはできないし…」

「ふむ。確かに行くしかないと思える。じゃが、そう真面目に考える必要もあるまい。そなたらしくないぞ」


 真面目に対策を考えるルイにリンは煽るように言った。


「じゃあ、どうするの?何かいい案があるのかな?」

「なんてことはない。適当な理由をでっちあげればよい。話を聞くだけなら、ルイと仁がいれば事足りる。儂のことは必要以上話さなければそれで良い」

「適当な理由?」

「うむ。それはじゃなーー」


 リンがもったいぶって言う。


「仮病じゃよ」

「え?」


 それはありなのだろうか。子どもが急に学校に行きたくなくなるから、適当な理由をでっちあげるみたいなこと。それにリンは子どもの容姿をしていても神である。神が仮病を使うのはいいのかな?僕にはわからない。


 僕がありかなしか考えているとルイがクスクスと笑いだした。


「あはは、君が仮病を使うという発想はなかったよ。なんだかおかしいね」


 ルイも神が仮病を使うという発想はなかったようだ。


「今回ボクらは善意で協力している立場だし、リンがいなくても要件は満たせるから大丈夫でしょ。それにせっかくの機会だ。ボクたちもリンのことを探られているかどうか確認してみよう」


こうして僕らはリンが仮病を使うという話で決着した。

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