第23話 師匠と弟子1(    を超えるもの)

石突いしづき

槍の穂先の反対側のこと。つまり刃のないほうのことです。

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 その後は順調に講習を行った。北の森でとれる薬草の採取の仕方やどんなモンスターが出やすいかなど、今後の活動の上で役に立ちそうなことを教えてもらった。これをすればいくらもらえるとか。何度このモンスターを倒す依頼を達成すれば昇級できるとか。そして冒険者の心得のようなものも一緒に教わった。命優先で動けとか、常に武器をもっておけとかそういうものである。

 そのあとは実戦形式で一度対人戦をする。まずリンとウービが戦うことになった。リンは手持ちの槍を持ち、ウービは訓練用の木製の短剣を両手にそれぞれ持っている。それぞれが向かい合い、構える。リンはニヤッとして言う。

 

「ふふ。儂は訓練などしなくても良いのだが、少し遊んでやろう」

「あたしも少し遊ぶ」


 リンの槍は訓練用ではないが大丈夫だろうか。いや、お互いに遊ぶと言っているから大丈夫なのであろう。だが二人の言葉に反して、彼女たちの間に流れる空気は緊張感があった。そしてスーネの合図によって始まる。


「準備はいいみゃ?…始め!」


 開始の言葉とともにウービがリンに突っ込む。ウービは短剣なので、リンの槍と違い武器のリーチが短い。彼女はその差を獣人の身体能力で埋めようとした。その速さは以前リンがゾンビの集団と戦っていたときと同じように感じる。それに対しリンは突っ込んでくるウービを待つ。彼女が槍の間合いに入ってきたときに仕留めるつもりだ。

 そしてリンはウービが間合いに入った瞬間突きを放つ。当然ウービはそれを読み、その槍を短剣で弾く。槍の間合いでの攻防が始まる。ウービはどうやってその間合いを超えるのか考えながら槍を弾き、ときにかわしながら模索する。

 一方リンは隙を作らないように大振りをせず、細かい突きを繰り返す。それは時に鋭く、時に溜めて緩急を作る。リンはフェイントを混ぜ、間合いを足で調整しながら戦う。ウービも細かい足裁きでフェイントを入れてちょこまかと動く。リンはそれを槍で払う。その槍をウービは姿勢を地面すれすれまで低くして躱し、懐に入り込もうとする。しかしリンはそれを誘っていたため、払った槍の勢いのまま石突いしづきでウービを弾く。


 ウービは攻めきれない。ウービは猫のような俊敏さと柔軟な体を使い、リンは槍裁きと足裁きで対応する。まさに技の戦いである。リンはゾンビとの戦いのときはもっと槍を力強く振っていた。  

 おそらくウービとの応酬を楽しんでいる。リンが笑っているのがわかるからだ。それはウービも同じだった。彼女も笑っている。おもちゃを得た猫のようにはしゃいでいるように見える。

 その攻防を僕は食い入るように見つめた。命のやり取りこそしていないが、プライドをかけた戦いだったからだ。だがその時間は数分で終わる。スーネが声を発したからだ。


「双方止めるみゃ!さすがに初心者講習でここまでやる必要はないみゃ。リンはもう十分みゃ」

「まだやれたんだがのう」

「あたしも」


 二人は少し消化不良のようだった。だがスーネは負けじと言い返す。


「遊びはもう十分出来たと思うみゃ。初心者講習で場所を借りてるのに、そんな激しい攻防してたら、誰かに喧嘩してると勘違いされるみゃ。ただでさえ冒険者は喧嘩っ早いのだからみゃ」

「仕方ないのう」

「仕方ない」


 彼女たちも不満そうではあるが、武器を納めた。そしてお互いに認め合う。


「ウービ、そなたはなかなかやるな」

「リンもなかなか」


 この戦いは彼女たちの握手で終わった。

 今度は僕とスーネの番である。僕は手持ちの槍を持ち、スーネと向き合う。だがスーネは武器を持っていない。いったいどうしたのだろう。


「スーネ、武器は?」

「ミャーの武器は鉄の爪みゃ。訓練用のがないから素手でいくみゃ」


 鉄の爪。ウービとは違う武器を扱うようだ。


「でもいいの?僕は訓練用の槍は持ってない。だから自分で持ってきたこの槍しかないよ?ケガするんじゃない?」

「大丈夫みゃ。仁の槍がミャーに当たるわけないみゃ」


 みゃはははと笑いながら言い放つ。完全に舐められている。先程リンとウービがすごい戦いをした分、ちょっとむかついた。


「へぇ、そこまで言うならケガをしても知らないよ?」

「だから大丈夫みゃ。仮に当たってもその槍だと、ミャーには傷はつけられないみゃ」


 言い切った。確かにこれは村でリンからもらった物であり、見るからに安物の槍である。だが僕はこの槍とともにゾンビとの戦いを乗りきったのだ。相棒をバカにされて黙っているわけにはいかない。


「僕の相棒をバカにするとは許せない。少しだけ痛い目を見てもらうよ」


 きっと彼女に勝つことはできない。ウービはさっきすごい戦いを繰り広げた。スーネはそのウービのパートナーだ。力量も同じくらいだろう。だが僕は彼女に一矢ならぬ、一刺し報いるのだ。そして当たって砕けるのだ。

 僕は一人決意を固めた。そしてスーネは僕の言葉を聞いてやる気になる。


「みゃーはははははは。よく言ったみゃ。実はさっきのウービたちの戦いを見て、少し気分が昂っていたみゃ。全力は出さないけど、ミャーの力を見せつけてやるみゃ!」


 僕とスーネの戦いの審判はウービがやるようだ。彼女は片手を手を上げて準備を促す。


「じゃあ、合図する。準備して」


 その声で僕とスーネは互いに構え、睨みあう。そしてウービは静かな声を発して片手を下ろす。


「始め」

「はぁぁああああ」


 僕はリンとは違い、気合の声を発して突っ込む。それに対して今度はスーネが正拳突きのような姿勢で待つ。そして僕は勢いを乗せた渾身の突きを放った。僕はリンには及ばないが、それでも体は神性力で強化されている。それは常人を遥かに超える力であり、速度である。これが当たればリンだってきっと無事では済まないだろう。

 それを見たスーネは叫ぶ。


「みゃー!」


 そして明らかに僕の放った突きよりも速く、固く握った拳を突き出した。

その瞬間ーー


ガギィィン、バキッ!


 明らかに槍と拳のぶつかる音ではないものが響いた。普通ならスーネの拳がボロボロになるはずだ。だが現実は違う。なぜならここは異世界だからだ。手元を見る。すると僕の相棒は金属の穂先が砕け、木で出来ている柄が折れていた。


「…」


 僕はあまりのショックで膝から崩れ落ち、地面に手をつく。僕の相棒が…。一緒に苦難を乗り越えた相棒が砕けた。一刺し報いず、野球でいうスクイズ(犠牲バント)が出来ずに当たって砕けた。そして相棒がただの折れた棒になった。


「みゃ?」


 そんな僕を見て、スーネが首を傾げた。どうやらショックを受けた僕を理解できないようだ。それはそうだろう。彼女から見ると僕の槍は量産品みたいなものだ。だがこの槍はこの世界に僕が来て僕が僕であることを通すための一本だったのだ。溢れるゾンビを前にして振るってきた、僕だけの一点ものだった。先程までは。

 きっと特注の槍があれば結果は違っただろう。いやこれは言い訳だ。スーネと対峙したのがリンであれば別の結果になっていたであろう。やはり僕の実力不足ということだろう。しばらくその姿勢でいるとスーネが焦ったように声を発する。


「仁はどうしたみゃ?」

「唯一持っていた槍とともに闘志も折れたのであろう。放っておけばよい」

「みゃ!どうすればいいみゃ?弁償みゃ?」

「必要ないであろう。壊れたのはそういう使い方をした仁が悪い。それに安物の槍じゃから、どうとでもなる」


 リンが厳しい。僕の特攻に気づいていたのかもしれない。


「その通り。ここは冒険者の町。知り合いの鍛冶屋紹介する。そして一緒に行けば解決する」

「そうさせてもらうかのう」


 僕とリンはお金を持っていないけど、どうするのだろうか…。


「それにしてもやっぱり仁は弱いみゃ」

「そういえばそなたらは講習を受ける前にも儂らに同じことを言って、声をかけてきたな。いつもあんなことしておるのか?」

「いつもじゃないみゃ。ミャーたちは仁たちが講習を受けることを知らなかったし、声をかけるのはピンと来たやつだけみゃ」

「それが僕らだったと?」

「そうみゃ。特に仁は弱そうだったから、舎弟にして少しだけ面倒みるつもりだったみゃ」


 どうやら直感で判断しているようだ。舎弟にして面倒を見るとは、ありがたいのかどうかよくわからない。僕の場合はありがたくなく、迷惑だったが。


「どうしてそんなことしてるの?」

「簡単みゃ!弱いやつは奪われる。この世界の常識みゃ。だから仁は講習が終わっても、鍛えたほうがいいみゃ。なんならミャーが特訓の相手になるみゃ」


 弱肉強食がこの世界の常識か…。でもそれは元の世界でもたぶん同じだと思う。だからスーネの言う理屈は理解できた。それに僕が弱いのは事実だ。持っている神性力がうまく使えていない。経験も足りていない。どこかの世界の王子様がこの世界の僕を見たらきっと言うだろう。まだまだだねって。


「儂も仁が鍛えることは賛成じゃな。互いに時間があるときに相手をしてもらったらどうじゃ?」

「そうだね…。ぜひお願いしようかな」

「みゃはは。ならみゃーのことは師匠と呼ぶみゃ」

「それは…お断りします」

「なんでみゃ⁉」


 だってスーネはアホだから…。


「スーネはアホだから」


 ウービがそのまま言った。


「ミャーはアホじゃないみゃ!」

「いやアホ。だって仁の槍壊した。師匠ならそんなことしない」

「みゃー!あれは当たりどころが悪かっただけみゃ!」

「そのせいで槍がなくて特訓できない」

「じゃ、じゃあ槍が用意出来次第、特訓すればいいみゃ!」

「槍は木製ならギルドで借りられる。それに気づかないあたりがアホ」

「「…」」


 僕とリンは黙って聞いていたが、スーネはウービに理攻めでボコボコにされていた。少し涙目だった。

 そしてさっきのやりとりをなかったことにするつもりなのか、僕をズビシっと指で示して言う。


 「仁は今日からミャーの弟子みゃ!弟子は師を超えるもの。いつかミャーを超える男になれみゃ。そのためなら協力は惜しまないみゃ」


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ラップの動画を見ると韻が踏んでみたくなる今日この頃

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