第13話 天使のような悪魔の笑み

「「はぁぁぁぁぁぁあああ!!」」


 リンと一緒にお互いかばいながら戦う。二人とも動きにキレはないが、二人一組となって対処する。僕が前に出て槍を振り、リンが前に出たときは後ろに下がる。一進一退、いや二人なので二進二退である。だがそれでもジリジリと押されている。僕たち二人だけではない。ともに戦う村の人たちも疲労困憊の様相である。僕はこのまま乗り切れるだろうか、不安になる。そして僕とリンの動きを見た村の人たちも苦しそうであり、暗い顔をしていた。

 だがゾンビの動きの遅さや作戦の成功、そしてリンや村人たち、僕の頑張りのおかげか死人はまだ出ていない。僕たちは、僕とリンはまだ諦めていない。だから僕は前を向き、槍を構えた。


 ーーそのとき。森方面の村の入り口から避難所に間隔的に設置されている篝火に影が走っているのが見えた。何かがすごい勢いでこちらに向かってくる。あれは何だろうか?リンも気づいたようで僕の名を呼んだ。


「仁、気を抜くな。新手の敵かもしれぬ」

「そうだね」


 こうして会話している間にもその影はぐんぐんと近づいてくる。もしあれが敵であれば今の僕たちでは対応しきれない。消耗しすぎているからである。そしてその影はとうとう僕たちのいる避難所の篝火で照らされたところまでやってくる。そしてそのまま突っ込んできた。


「ひゃっほー!」


 場違いの声が響く。それは元気で、陽気で、無邪気であった。そして声変わり前の子どものような体躯でゾンビたちに肉薄した。パーマの金髪が篝火に照らされ、光を反射する。いたずらっ子のような笑みを浮かべ、持っているものを振り回す。それは大きな鎌であった。自分の体よりも大きく、夜を反射しているように黒く染まった鎌でゾンビたちの体を両断していった。そしてその黒い目で僕たちを見上げた。


「みんなボロボロだけど大丈夫ー?ボクが来たからにはもう安心だよ。なんだってボクは死神様の使徒だから!」


 首にかかっている黒く染まった十字架をかかげながら、そう言った。


「おお!使徒様だ」

「使徒様が来てくださった!」



  村人たちの表情が明るくなる。そしてその後、彼はその場にいたゾンビを全て両断した。あとに残されたのは頭と体が切り離された腐った死体と疲れきった僕たち、そして死神の使徒を名乗る少年に体を両断され動かなくなったゾンビたちである。

 だがルイはまだ鎌を構えてこちらを見ていた。肌がひりつく感覚がある。それに対してリンも構え、注意をした。


「やめておけ!

 

 空振るとは、何を空振るのだろうか。リンは小さいから相手のでかい鎌は簡単に避けれるということなのか。


「へー…」


 相手は何かを納得したのか、険呑な光を目に宿したまま、構えを解いた。

 それを見てやっとこの戦闘が終わったことがわかった。そしてそれを知らせるため、槍を掲げてリンが周囲の村人に聞こえるよう叫ぶ。


「皆の者!我々の勝利だ!勝鬨かちどきを上げろ!」

「「「うぉぉぉおおお」」」


 男たちが最後の力で応えた。


「避難所にいる者たちに、もう大丈夫だと安心させてやれ。あと死体の処理に人手もいる。村長に手伝いをよこしてほしいと伝えてくれ。仁、良くやったな。あとは儂に任せて、休め」

「…うん。そうさせてもらうよ」


 今夜はやりきった。途中から参戦した死神の使徒というのも気になるが、戦いの疲れがそれを許さない。僕は彼女の言葉に甘えさせてもらい、避難所で泥のように眠った。


 次の朝になり目が覚める。避難所を出て村を見渡す。煙が立っているのが見える。そこに向かうと村人たちが腐った死体を燃やして処理しているようだった。そしてそこにはリンと昨日助けてくれた死神の使徒がいた。彼らも僕に気づき挨拶を交わす。


「おはよう、リン」

「調子は大丈夫か?仁」

「あぁ、おかげさまでね」


 僕とリンが挨拶する。すると横から金髪のパーマの子が声をかけてきた。


「それってボクのおかげかな?だとしたらボク様様だよね。仁っていうんでしょ。よろしくね!ボクはルイスラート、ルイって呼んでね。見ての通り死神様の使徒だよ」


 にっこりと笑みを浮かべ自己紹介をしてくる。いろいろと理解できない。どこが見ての通りだろうか。大きな鎌を担いでいるところだろうか。だとしたらそれは死神の鎌か何かだろうか。しかしリンより頭一個分身長が高いとはいえ、よく体より大きな鎌を持てるものだ。きっと神性力によるものだろう。それに鎌を見て違和感を覚えた。昨日見た彼の鎌は黒い鎌だったはずだが、今は金属の色を取り戻している。いったいなぜだろうか。彼の勢いに負けて若干引き気味に挨拶を返す


「よろしく。ねぇ、ルイ。見ての通り死神の使徒ってどういう意味?その鎌のこと?」

「ん?違うよ。これのことだよ」


 そう言ってルイは首にチェーンでぶら下がっている黒い十字架をかかげた。


「これが死神様の使徒の証だよ。知らないの?珍しいね」

「じゃあ、そっちの鎌はなんなの?夜見たときと色が変わっているようだし」

「これはただの武器だよ。色が変わっているのは神性力を通したから。そうすると武器は神性を得るんだよ」


 そんなことができるのか。初耳だ。じゃあ死神の使徒が持つ神性とはなんだろうか。


「ちなみに死神の神性ってどんなものなの?」

「うーん。一言でいえば死を与えることだね」

「へ、へー」


 死を与えるとは、なんと恐ろしい神性だろうか。まさに死神である。


「武器に神性を与えるとどうなるの?」

「そいつに死を与えるんだよ。当然でしょ!」


 にこっと笑って言った。いや答えになってないような…。それを見てリンが注意をした。


「ルイ、意地悪を言うな。素直に教えてやれ」

「えー。だって仁って何にも知らないんだもん。面白くてつい」

「仁。儂もそなたが寝ている間に自己紹介をしたが、こいつはこういうやつのようじゃ」


 リンが呆れた顔をして言った。


「わかったよ。教えてあげる。武器は神性力を流すとその武器がその神様の神性を持つようになるんだ。ボクの場合は死神様の神性で死を与えるという効果を持つんだ」


 なるほど。少しは理解できた。だがたいていの生物はその神性がなくても、その鎌で斬れば死ぬのではないだろうか?疑問を感じた僕にルイは続けて言った。


「ほとんどの生物はわざわざはこの鎌に神性力を通さなくても斬れば死ぬ。それは事実だ。だけどこの世界には斬っても死なないやつがいる」


 斬っても死なないやつというと…。そうか、僕たちが戦った相手か。


「ゾンビのことか」

「そう!夜に君たちが相手をしていたアンデットのことだよ」


 そういうことか。だから彼の鎌は黒くなっていたのか。彼は自分の持つ武器に神性力を通して、鎌を染めたのだ。そして彼が斬ったのはゾンビの体の部分だった。首を斬っていないのに、なぜか彼らは動かなくなっていた。それは死神の神性によるものだったようだ。


「恐ろしい神様なんだな」

「恐ろしい?ボクはそうは思わないよ。生も死も奪われたものたちに苦痛を与えずに還すんだ。むしろ慈悲深いのさ」

「そうなのかな。ともかく今回みたいなアンデットのモンスター退治には強いってことなんだね」


 僕が一人納得した。だがそれを聞いてルイが訂正をする。


「仁、何を言ってるの?今回はモンスターじゃなくて、人間のアンデットだよ。モンスターのアンデットもいるし、場所によっては人間のゾンビをモンスターと呼ぶこともある。けれど彼られっきとした人類だ。モンスターと一緒にしてはいけないよ」

「そうなんだ…。わかったよ」


 それはこの世界の常識なのだろうか。それとも死神の使徒としての言葉なのだろうか。僕には判断がつかない。それに人間のアンデットが人類なのだとしたら、人間はどうやってゾンビになるのだろうか。聞いてみるしかないだろう。


「ルイ。人間のアンデットが人類なら、どうやって人間はゾンビになるの?」

「それはね、仁。略奪の神の使徒や神官にそういう能力があるんだ。彼らは生物の死を奪える。そして殺せば生も奪える。その結果ゾンビになるんだ。彼らはそうやってアンデットを作れるんだ」


 略奪の神。確かリンから聞いた気がする。今最も勢いのある神であると。まさかそんな能力があるとは、恐ろしい神である。


「もちろん、この能力は使徒や神官の中でもそこそこの加護を持っているやつの力に間違いはないよ。でも基本加護を持つものは複数の能力が使える。彼らの力をそれだけだと考えると痛い目を見るから気をつけてね。おそらく今回のゾンビもその使徒か神官が関わっているだろうから」

「でもそんな危ないやつらがいてもルイの死神の使徒としての力を使えば、簡単に倒せるんじゃないの?」

「いや、そうでもないよ。というのも他の神様の加護持ち相手だと、相手も神性力を持っているからボクの神性力は相手に通らないんだ。それに普通の生物に対しても万能じゃない。人間で例えるなら、頭部や心臓などの重要な臓器に神性力を通さないと、神性力で相手を殺すことはできない。生と死は表と裏の関係にあるから、相性が良いとは言えないんだ。それにそこまでするなら普通に斬っても同じだからね」

「そうなんだね…」


 つまり、死神の使徒は対アンデットに特化しているといえるのだろう。そして神性力を持っている相手には、その神性が通用せず普通に戦うことになるのか。ということは僕には彼の神性力が通らないだろう。


「仁も神性力を持ってるから、ボクの神性力は通らない。けどいざとなったら優しくしてあげるね!」


 彼は僕が神性力も持っていること見抜いていたようだ。そして天使、いや悪魔のような笑顔でそう言った。

 

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