未知なる感情

まくつ

怒りを知らぬ者

『ついに来たな。我々ジェリー星の悲願、非自種族知的生命体の生息する星に』

『やりましたね、艦長。長い旅でした』


 球体の宇宙船の艦橋。クラゲ型の生物が無重力に身を任せて、ゆらゆらと漂う。ぷるぷると震えているのは感動によるものだろうか。透明な体は喜びを表す黄金色に輝いている。

 二個体のクラゲ型生命体は念通話で会話を進める。


『我々のジェリー星に比べると文明はそこまで発展していないようですね。対話は可能なのでしょうか』

『言語が違う以上、意思疎通は厳しいだろうな。トグラ君もこの望遠カメラの映像を見たまえ。我々とは随分と違う生命体がこの星を支配しているらしい』


 トグラと呼ばれた部下は超望遠カメラに長く伸びる触手を当てる。映像が透明な脳に相当する器官に流れ込んだ。ジェリー星人は触手で全ての感覚を把握する。

 トグラが感じたのは二足歩行で歩き器用に二本の手を使いこなす小さな生物だった。角柱型の灰色の構造物に次々と吸い込まれては吐き出される姿が印象的だ。


『小さいですね』

『そもそもジェリー星の半分の大きさの惑星だ。小さくなるのも道理だろう』

『なるほど。それで、あの四角柱は何でしょうか』

『恐らくだが住居だろう。過酷な環境から身を守る機構に思える。環境を計測してみたところ各地で大きくばらつきがあるんだ。彼らは我々のような様々な環境で生きるだけの適応力を持たないんだろうね』


 艦長は体を橙色にして未知との遭遇の喜びを表現する。対してトグラは深い翠色の妖しげな光で不快感を露わにする。感情に応じて色が変化するため、ジェリー星人は感情を隠すことを知らない。


『随分と不便な生き物なのですね。そもそも身を守る機構を必要とする生命体など絶滅機に片足を突っ込んでいると言っても過言ではないのでは?』

『そう考えるのは早計だよ。かれらのあの工夫も我々とは違った形での『適応』と言ってもいいはずだ。今はただ、この興味深い星を観察しようではないか。コンピュータが言語を解析し終わるまでのんびりね』


 そう諭されたトグラは黄緑色に変化した。彼なりに今の状況を楽しもうとしているようだ。

 支配者だけでなく巨大な歯を持つ巨獣、長い鼻を持つ大きな生き物など惑星中を見渡す。


『それにしても、鋭い何かを構造として持つ生き物が多いですね。あれは一体何のためにあるのでしょうか』

『ふむ、確かに不思議だね。これは恐らくこの星には我々の知らない概念が存在しているのではないかな? そう考えれば納得がいくだろう』


 艦長は体を明るい紫色に輝かせながら答えた。それを聞いたトグラは満足そうに鮮やかな黄色になる。


『艦長、自分に降下する許可をください。少しこの星に興味が湧いてきました』

『ああ、いいだろう。君は初めてこの星に着陸したジェリー星人となるのだ。楽しんできなさい』

『了解しました』


 トグラは体を黄金色とピンク色にちかちかと輝かせながら球状の宇宙船のハッチを開き、宇宙へとその身を投げ出した。ジェリー星人は宇宙空間でも数分間なら問題なく生存可能なのだ。

 そのまま、大気圏へと突入する。ぷるぷるとみずみずしい体だが大気との摩擦熱に影響される様子はない。トグラは輝きを増しながら地上へと近づいていく。


 地表にぶつかる寸前、トグラはその触手を広げて減速を開始する。

 紙一重。地上に衝突するすんでの所でトグラは宙に停止した。正確には目に見えないほど細い触手で編んだセーフティネットによって己の速度をゼロにしたのだ。


『未知の環境に備えて砂しかない所に来たが、特に何もないところなのだな。一個体でも構わないから支配生命体と交流できればいいのだが』


 トグラはそう考えて触手を振り回し周辺の走査を進める。


『おや、何かが接近しているな。この星独自の移動手段のようだ』


 地平線の果て、トグラの触手が接近する物の発する振動を捉える。バギーと呼ばれる軍用車両であることをトグラは知る由もない。

 トグラは体を蛍光ピンクのネオンカラーに発光させて歓迎の意をアピールする。


『トグラ君、最も遍く使われている言語の解析が完了したよ。『English』と言うそうだ、今からデータを念力で送るから意思疎通を図ってみてくれ』

『了解しました』


 トグラは可能な限りの敬意を込め、未知の星の支配者へと触手を震わせて空気を揺らし音波を形成する。


Helloこんにちは. I'm from Jellyジェリー星から来ました. Let's get along仲良くしましょう!」


 トグラの発音は完璧だった。問題はなかった。しかし、一点。それは二足歩行の生命体にとってあまりにも速すぎた。彼らがそれを聞き取れていれば結果は変わったのかもしれない。しかし。


 軍用車両に乗って未知のぶよぶよと発光する物体に近づいた彼らは――




 ◇ ◆ ◇




『いやはや、とんでもない目に遭いました』


 宇宙船に戻ったトグラは体を疑問を意味する紫が混ざった、悲しみの青色に光らせながら念通話を送る。


『自分が彼らの言葉での挨拶を発した瞬間でした。あれらは細く長い筒をこちらに向け、先端の尖った円柱状の小さな物体をすごい速度で射出してきたんです。実に不可解な行動ではありませんか? この星独自の歓迎かと思いましたが、他の個体も観察したところあれらは同じ事を同種の生き物にもしていました。そして驚くべきことに、小さな円柱状の物体に当たった個体は生命活動を停止させていたのです』


 艦長もまた、全身を紫色と橙色に光らせる。


『それは一体どういうことだ? 同種の生命体の活動を停止させるとは、何をしたいのか見当もつかないな』

『分かりません。色々と自分なりに考えてみたのですが、我々はあれらの一連の感情、行動に対応する名詞を持っていないようです。艦長が言っていたようにこの星独自の概念のようですね』

『やはり未知の生物というのは興味深いものだな。この生態は多くの生命体が妙に鋭い器官を持つことと関係しているのかもしれないね』


 艦長が黄金色に輝く。極度に知的好奇心を刺激された時の癖だ。


『おお、コンピュータの解析結果が出たぞ。彼らのあの感情、行動は最も有名な言語で『Anger』と表現されるらしい。我々の言葉に対応させると『怒り』となるらしいね』

『怒り、ですか。聞いたことのない感情ですね。それは一体どういうものなのでしょうか』

『えっとだね、我々も良く知る喜びの対極に位置する言葉らしい。何かに対して許すことのできない感情を抱いて、傷つけたいなどという悍ましい感情が起こることを表すそうだ』


 それを聞いたトグラは体を深い紫色へと変化させた。


『意味が分かりません。不幸な事故以外で生命体が傷つくことなどあるのですか? あんな恐ろしい結果を自ら招きたいと考えるだなんて!』

『しかし、あの異常に発達した鋭い器官を見たまえ。あれこそこの星の生き物が他者を傷つけることを望んでいるということの現れではないだろうか』


 眼下に広がる広大な大地では、絶えず何かが何かを傷つける光景が広がっている。


 トグラの色が、変化する。


『何て恐ろしい星なんだ! 艦長、。こんな星は宇宙に存在してはいけない!』

『確かに私もそう思う。ああ、これが『怒り』というものなのだろうか』

『いえ、我々の抱くこれは宇宙に生きる全生命の幸福のための感情です。これは、正義の行いなのです』

『そうか、そうだな。それでは幕引きといこう。惑星破壊弾を投下するッ!!!』


 クラゲ型のぷかぷかと浮かぶ生き物は、全身を深紅に染め上げた。


 彼らは知らない。眼下の星で深紅は『怒り』を意味することを。


 彼らは知らない。一度それ怒りを知ってしまったら、もう戻れないという事を。

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