第9話 【他者視線】責任の取り方
創国の神話では、ドルディット国の始祖は太陽王であるとされる。
それは、天地創造を成した神の最愛の末子だったとも、混乱する大地を案じた神が落とした一滴の涙から生まれた英雄王ともいわれる。
ゆえに、この国には全知全能の神を称える大陸共通の『教会』だけでなく、ドルディット王家を神格化して崇め、この国固有の儀式『聖女召喚』を執り行い、国の発展を支える『神殿』がある。
前出の創国神話を教本とし『神殿の教え』によって、国王は国民のための『輝ける太陽』と崇められるが、国に害なすものには非情な鉄槌を下す『月の顔』も持っている。
その故事表現から、王宮では古来より、通常想像される煌びやかな謁見を行う間を『太陽の間』、そして弾劾訴追の場に使われる謁見の間を『月の間』と王宮に連なる者達は呼んでいる……のである。
「王太子殿下、聖女様。 どうぞ、こちらへ。」
「……な……?」
「ジャスティ様ぁ、ここはどこですかぁ?」
連れてこられた場所に言葉を失い周囲を見渡すジャスティと、その体に縋りつき首をかしげるマミ。
帰還の行事が終わり、マミを連れて一度自室に戻ったジャスティは、儀礼用の正装の首元を緩めようとした所に現れた父王の侍従によって、有無を言わさず連れてこられた。
『月の間』に。そう言われて動揺はしたが、自分は王太子である。
告げられたことは間違いで、実際には事の次第を全て見守ることの出来る、2階の王家専用の席に座るだけだと思っていた。
だから自分たちが案内された先が、月の間の扉から歩み進められて着く先、弾劾される者の立つ証言台だと思わなかったのだ。
「おい、お前!何故私がこんなところに立たねばならないのだ!」
「存じません。 私は国王陛下より、殿下をこちらへお連れするように申し付かり、従ったまでに過ぎません。」
ジャスティは、自分の問いに平然とした顔でそう答えた王の侍従に詰め寄り、胸ぐらをつかんだ。
「何故王太子の私がこのような場所に……っ!」
――ガツンッ!
力強く高らかに叩き下ろされた木槌の音に、侍従に詰め寄ったジャスティと、それを不安げな顔で見ていたマミは、音のした方に顔を上げた。
2階の正面席に、父親である国王陛下と母である王妃、そして弟妹達が現れ、席についたのだ。
自分が座るはずの王太子の席だけが、むなしく空のまま開いている。
「父上! 私の席はそちらでは……っ!?」
「ジャスティ。 お前は大人しく己の場に立つ事すら出来ぬのか。 そうして赤子の様に駄々をこねておるのはお前だけだが。」
その言葉に周囲を見れば、一階部分の用意された席にはすでに関係者たちが腰を下ろし、冷ややかにこちらを見ている。
見回したジャスティは、その顔触れにも顔をひきつらせた。
月の間では、自分の弁護をしてくれる味方となるべき人間は右手側の席に座るのである。
が、王宮の者や自分の侍従たちはそこにおらず、顔色の悪い神殿の者達――つまり聖女マミにかかわる者しかいない。
ではどこに!?
慌てて左手側に座る人間たちの顔を見れば、ミズリーシャの両親と弟、学園の教師やミズリーシャの周りで見たことがある令嬢、それになぜか王太子付きの側近、侍従たちまでが揃いも揃ってそこに座っているのだ。
「これは……何故!? なぜお前達が左側に座っている!」
そう叫べば、側近も侍従たちも静かに俯いたり、顔を背けたりする。
「何故私の侍従たちがっ!」
「まだ騒ぐのですか……? いい加減に見苦しいですよ。」
閉じた扇を手のひらに叩きつけ、冷たく自分を見下ろす王妃の言葉に、目を見開いて一度、二度、口を開けたり閉じたりしたジャスティは、ごくりと喉を鳴らし、教会関係者や、王家の侍従たちに空気も読まずに手を振っているマミを守るようにして証言台に立った。
「ジャス様ぁ、 何が起こるんですかぁ?」
「後で話す。 マミ。 今は少し黙っていてほしい。」
「えぇ~。 もう、しかたないですねぇ。 後でちゃんと教えてくださいね?」
カンッ!
木槌が叩きつけられると、王たちの席の下の扉から、宰相と王宮の官職たちが現れた。
「ではここに、ジャスティ王太子殿下の廃嫡に対する審問会を開きます。」
「は、廃嫡!?」
突然突き付けられた寝耳に水の言葉に、声を上げたジャスティ。
それに宰相は冷たい視線を投げつけた。
「ジャスティ王太子殿下はお静かに願います。 あまり騒がしいようでしたら、退出もありえますよ。」
「……っ。」
そう言われ拳を握り黙り込んだジャスティと、状況がわからずドレスの裾のレースを弄びながら、つまらなそうにため息をつくマミを横目に、2階席に座る国王に頭を下げた宰相はその手に持つ書簡を開いた。
「国王陛下、王妃殿下が他国への公務で不在の折、貴族院では諸侯の申し出があり、3公6侯のうち、公務で国内にいらっしゃらなかった1公を除いた2公6侯の承諾を得たことにより、即日に緊急の貴族議会が開かれました。 ドルディット国貴族院は以下の理由をもって、国王陛下にジャスティ王太子殿下の廃太子並びに王籍からの除籍を進言いたします。
1つ。 王命により、長年にわたり王太子殿下の婚約者として研鑽し、王家に付き従ったザナスリー公爵家令嬢ミズリーシャ嬢への一方的な婚約破棄を、諸侯の集まる夜会の場で聖女を連れ立って行った事。 これは王命に背いた『国家反逆罪』と同義とみなします。
1つ。 王太子殿下は不正に『御璽』を使用し『王命』として婚約破棄を令嬢へ申し付けました。 これは『王の私室への不法侵入』『公文書偽造』『御璽の取り扱いについての法令違反』『王命の不当発令』そして『令嬢への修道院行きの強要と名誉棄損』等、数多くの法令違反に値します。
1つ。 夜会の場で『婚約破棄の原因』として王太子殿下の告発されたザナスリー公爵令嬢ミズリーシャが聖女マミに対して行われたとされる行為は、調査の結果、何一つ根拠がありませんでした。 王太子殿下がどのようにしてそのような証言を取られたかにもよりますが、『偽証罪』もしくは『令嬢に対する冤罪』『冤罪による名誉棄損』に値します。
1つ。 王太子の婚約者であるミズリーシャ嬢に対しては、公務に当たるについて国庫より予算が組まれております。しかしミズリーシャ嬢はこれを使用したことがないのにもかかわらず、王太子殿下の采配により、ミズリーシャ嬢へ贈るという名義でそちらにいる聖女への贈り物がなされております。 こちらは『王子妃・王太子妃費用の横領』が財務官より告発がございました。
さらに申し上げれば、痛ましいことに、この一件の翌日に、ミズリーシャ嬢は王命に従う形で行先は秘匿されておりますが、とある修道院へお入りになられたとのことでございます。
ほかにも多数申し上げたい事柄はございますが、大きくはこちらの4項目とミズリーシャ嬢への非道な扱いに対し、貴族議会は満場一致で、王太子殿下の廃太子、王籍からの除籍を進言申し上げます。」
「……待て! それは違う! 違うぞ!」
2階の国王・王妃の元にも届けられた同じ書面がジャスティにも渡される。
慌ててそれを読み上げたジャスティは、真っ青になって声を荒げた。
「確かに、父上……いえ、国王陛下に許可なく婚約破棄はいたしました! しかしそれは、ミズリーシャが国が保護すべき聖女マミに対し酷いことをしたからです! 可哀想に、聖女であるマミは、毎日私に助けを求めて泣いたのです! 第一、ミズリーシャも身に思い当たることがあったからこそ、私の命に従って修道院に入ったのでしょう! そうだ、マミの証言を聞いてください! さぁマミ、国王陛下に君があの女にされたことを言ってごらん!?」
「え? なにをですか?」
会話についていけなかったらしく、きょろきょろしているマミの肩を掴んだジャスティは、必死の形相で問いかける。
「マミ! お前はミズリーシャに毎日酷い事をされたんだよな!? 私に泣いて訴えてきていたじゃないか。 君が彼女に何をされたか、皆に聞かせてやってほしい!」
目の前のマミと神殿関係者以外から送られる、冷たい視線を浴びて青い顔をしながらそう問えば、そう、そうですよ! と、レースを摘んで遊んでいた手をぎゅっと握りしめ、マミは正面に座る国王夫妻を見ながら訴えた。
「酷いこと、いっぱいされましたよぉ! 『婚約者がいる男性に、べたべたするのは良くない!』って上から目線で言われたり、『学院の放課後に、ふらふら王宮や王都で遊ばずに、聖女としての自覚を持ち、もっと神殿のお務めをするべきだぁ!』とか、『胸元や足を出す衣装は令嬢としていかがなものかぁ』とか本当に怖かったんです!」
それを聞いたジャスティはぽかんと口を開け、慌てて彼女に問いただす。
「マ、マミ。 君が言ってた酷い事とはそれだけなのか……? もっと他に何かされたんじゃないのか?」
「他にですか? 勿論ありますよお! マミはこの国のために連れてこられた聖女なんだから、だったらもっと大切にして! 特別扱いして! って言ってるのに、それは駄目だって言うんです! お茶会でマミの嫌いなお菓子やご飯を出した侍女を怒ったら、その侍女の方をかばってマミのことを怒ったり、『聖女たるもの、儀式や祭典の場ではふさわしい装いをするべきだ、派手な化粧をやめたほうがいい、無駄遣いはやめた方がいい』って、自分はドレス着て宝石着けてるのに言ってきたり! もう、マミ、お化粧とかアクセサリーって、こうやって盛るのがマミのお気に入りでぇ、アイデンティティなのに! なのにあの意地悪な女はマミのすること全部駄目駄目ってばっかり言ってきて! もう、すっごい傷ついたんですからっ!」
ぷんぷん! と、自分でそう口にするマミにジャスティは青を通り越し白い顔をし、神殿関係者は顔をそむけた。
「マ、マミ……それは……」
「と、いう事だが。 お前は彼女が言う事をちゃんと聞き、精査し、その上でミズリーシャ嬢に婚約破棄を言い渡したのだろうな? まさか、今の話だけで、裏も取らずに断罪したのではあるまいな?」
冷たく響く声に、思わず顔をそむけたジャスティを見下ろしていた国王は、ただ静かに、言い切った。
「なるほど、図星。 話は終わったな。」
壇上からの声に、ジャスティはマミから離れてそこを見た。
「ち、父上! 違います、違うんです! ミズリーシャはとにかく私にも厳しかった、優しくしてくれなかった! 自分が出来ることをひけらかし、研鑽しろと口うるさかった! だから、だから!」
「戯言は聞かぬ。 ミズリーシャ嬢がお前の立太子に合わせ研鑽し、お前のためを思って尽くしてきたことを、余も、王妃も知っておる。 皆をこうして集めたが、その必要もなかった。 ――ジャスティ。」
冷たく名を呼ばれ、顔を上げたジャスティに、王は冷たく言い放った。
「お前を廃太子とする。 代わって第二王子シャルルを立太子させることとなる。 お前には現在の王太子宮を出、西の離宮での執務を命じる。 そこの聖女が学院卒業の後、結婚をもって王籍から抜き、お前と聖女に見合った爵位を与えるとしよう。 さて、その爵位だが――神殿主よ。」
「は、はい!」
真っ白になった顔を上げた神殿の主に、国王は問う。
「聖女マミは、聖女としての務めをはたしているのか。」
「そ、それは……」
「聖女と呼ぶにふさわしい、その英知を我が国へ一つでももたらしたか?」
神殿主は口ごもり、顔をそむけた。
この場で言えるような聖女としての成果がなかったからだ。
「ふむ、なるほど。 その聖女がこの国に来て1年であるな……学院卒業まであと2年あるか。 では聖女は残りの学院生活2年間の間に成果をあげよ。 2年後、婚姻の際にはその成果にふさわしい爵位を夫となるジャスティに授ける。 ザナスリー公爵と夫人には、別室で話があるため従者の案内に従ってほしい。 皆、この場に集まってくれたことを感謝し、王太子の行ったことについては王家として詫びたいと思う。 以上だ。」
「父上! 母上! お待ちください! 私は、私はっ!!」
席を立ちあがり、月の間から出ようとした国王はちらりともジャスティを見ずに出てった。
「勉強家で努力家……。 立太子した時にはあれほど聡明だったはずなのに、そのような女によって何もかも失うとは。 お前には失望しましたよ、ジャスティ。」
パチン、と、扇を閉じ、それだけを言って出て行った王妃と弟妹を見ながら、ジャスティは膝をついた。
「え? なになに? なんですかぁ? 私、ジャスティ様と結婚できるんですか? じゃあ、未来の王妃ですね。 なのになんでそんなお顔なんですか?」
うふふと笑いながらそう言ったマミを、ジャスティは絶望した顔で見つめるしかなかった。
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