第10話 【他者視点】王家の謝罪と第二王子

「ザナスリー公爵夫妻……この度は我が息子の愚かな所業によりミズリーシャ嬢に多大なる不名誉と、迷惑をかけてしまった。 心より詫びる。 此度の婚約破棄についてはジャスティの有責と知らしめ、慰謝料ももちろん払わせてもらう。」


「頭をお上げください、国王陛下。」


 国王の私的な応接室にて、そう言って頭を下げた国王夫妻は、自分たちの正面に座っていたミズリーシャの父親であるザナスリー公爵当主ベルナルドの言葉に静かに顔を上げた。


 目の前には、この国を外交面で支えてくれているザナスリー公爵夫妻が、貴族的な美しい笑顔を浮かべてそこに座っていた。


「そのような口先だけの謝罪は結構ですよ、陛下。 覚えておいでかとは思いますが、我らはこの婚約には強く反対いたしました。 それを陛下が我が子可愛さに出した王命のせいで、泣く泣く婚約者として王家へ愛娘を差し出したわけです。 その王命に従い、愛娘は背負った重責にも負けず日々研鑽し、貴方方の愚かな息子を陰に日向に支え続けた。

 しかしまぁ、嘆かわしいことに、色恋にのぼせ上った貴方方の息子のせいで、私達の大切な愛娘は、すでに修道院へと入ってしまった。 最低でも3年、我らは娘に会う事も出来ない。

 さぁ陛下、この責任、どうお取りになるおつもりですかな?」


 にこやかな笑顔のまま、そう言いのけたベルナルドに、王も王妃も顔を強張らせた。


 助けを求めるようにベルナルドの隣に座る公爵夫人ミシュエラに視線をやるも、彼女は笑顔のまま、夫を止めることなく優雅に出された茶を飲んでいる。


(よりにもよって婚約破棄に修道院への追放などと……なんてことをしてくれたんだ、あの馬鹿息子は! ちょっと浮かれているだけだと考えず、もっとしっかり叱りつけて、影を使ってでも管理しておくのだった!)


 そう、心の中で叫んでも、すべては後の祭りである。


 今は全力で、この公爵夫妻の機嫌を取らなければならないのだ。


 王家に仕えるはずの一公爵家の当主であるベルナルドがここまで強気に出れるのには訳がある。


 妻であるミシュエラ・リンジェル・ザナスリーは、ドルディット国の南に位置するローザリア帝国の現皇帝の妹姫で、帝国に長期留学をしていたドルディット国筆頭公爵ザナスリー家嫡男だったベルナルドと恋に落ちた。


 公爵家とはいえ、自国より国力の劣る国への皇女の降嫁は、当時大変な問題になった。


 兄である皇帝にはすでに息子が1人あったが、1人では心もとないと彼女も皇位後継順位を持っていたからだ。


 しかし本人達、特に公女であったミシュエラが『この人以外とは結婚しない』と強く結婚を希望したことと、同時期に皇妃が2人目を出産したことで、ようやくミシュエラは皇位継承権を辞退し、降嫁を許された。


 現在、皇位継承権は現皇帝の嫡男と次男が1位、2位を有している。 しかし、その後は子に恵まれず、前皇帝より一夫一妻制を貫き側妃も持たなかった皇帝は、皇位継承権を、ミシュエラの実子であるミズリーシャ、アイザックにも与えたのだ。


 それを、国が、王家が、見逃すはずがなかった。


 王家に帝国の血を入れたい。 いや、もしかしたら王家の血を帝国の皇家に入れられるかもしれない。 そんな打算的な私欲のために、現王はわざわざ王命まで出して第一王子とミズリーシャの婚約を結んだのだ。


 しかし今回は仇となった。


 一国の王太子ともあろうものが、皇位継承権をもつミズリーシャという婚約者がいるにもかかわらず、不貞の末、彼女に対し夜会という公の場で、婚約破棄を宣言し、修道院へ入れた。


 こんなことを知った帝国側が、どう手を打ってくるのか……いや、もうすでに婚約破棄を言い渡してから1週間だ。 すでに帝国にもこの話は伝わっているかもしれない。


 この話を早馬で聞かされた時から、その使者の到着がいつになるのか、と、王家も、貴族院も、恐れおののいていた。


「それについては、大変に申し訳なく思っている。」


 普段であれば頭を下げないはずの国王も王妃も、ただひたすらに頭を下げ、必死に言い訳めいた言葉を続けるが、ただ冷たい目をしてそれを見守るのがミシュエラであり、ベルナルドだ。


「ジャスティには、言って聞かせていたのだ。 何をおいても必ずミズリーシャ嬢を大切にするように、と!」


「私たちはジャスティにも他の子供たちにも、そう言い聞かせて育てていたの……わたくしも、ミズリーシャ嬢が嫁いできてくれるのを本当に楽しみにしていたのよ?」


 不出来な息子のしでかしたことの大きさに、国王と王妃はただひたすら謝る。 が。


「ほほぅ。 では、その教育の結果がこれだと言うわけですな。 まぁ、それはそうでしょう。 随分甘やかしてお育てだった様子だ。」


「そんなことはない!」


「おや? そうでしょうか?」


 顔を上げて反論した国王に、ベルナルドは深い溜息と呆れた口調で返した。


「6歳で婚約者に決まり、王子妃、王太子妃教育の為に12年もの間、王家に拘束され、さらにこれから3年は修道院から出られないミズリーシャに比べると、先ほどの陛下の采配、さて、いかがでしょうなぁ。 廃嫡となったとはいえ、王籍に残ったまま。 しかも、聖女の2年間の功績によっては望みの爵位が与えられる、でしたか。 いやはや、随分と甘く、気楽なものですなぁ。」


「そ、それは……。」


 王家と神殿側との様々な癒着などの事も知り含んだベルナルドの言葉に、国王も王妃も押し黙った。


「まぁまぁ、旦那様。 それ以上は陛下と妃殿下がお可哀想ですわよ。」


 それまで静かにお茶を飲んでいたミシュエラが、カップを置いて扇を開いた。


「帝国と違い、この国は聖女様の奇跡によって栄えた部分もあるのです。 どうにかして可愛い息子の恋を成就させてあげたかったのでしょう。 私たちの娘を犠牲にしても。」


 それは違う、と、言おうとした国王は、ミシュエラの顔を見て言葉を呑んだ。


 元帝国皇女の威厳、とでも言おうか。


 これ以上は何も言えない雰囲気を醸し出し微笑む姿にひるんでしまった。


 そんな中、扉を叩く音がした。


「今取り込み中だ!」


 そう声を荒げてしまった王の耳に届いたのは柔らかな声だった。


「シャルルです。 私も公爵夫妻への謝罪へまいりました。 どうぞ、入室をお許しください。」


 失礼します。 と、次の言葉を待たず室内に入って来たのは、現在は他国への留学中で、一時帰国をしていた第二王子シャルルである。


 彼は静かに礼を執って室内に入ると、両親である国王王妃へは目もくれず、まっすぐとザナスリー公爵夫妻の前に立ち、そこから静かに膝をつくと、深く、頭を下げた。


「ザナスリー公爵、そして公爵夫人。 この度は愚兄が公爵家の宝石であるミズリーシャ嬢へのあるまじき行為の数々、そして我が王家の対応の不備を心よりお詫び申し上げます。」


 その流れるような美しい所作と謝罪に、ベルナルドとミシュエラはそちらに体を向けた。


「シャルル第二王子殿下には、立太子内定のお喜びを申し上げます。 しかし、兄君の事柄に対しての丁寧な謝罪に関しては、今はお受けするわけにはいきません。」


「存じております。 それを承知のうえで、わが両親と兄、ひいては王家として、心からの謝罪をさせていただきたいと考え、こちらに参じました。」


 静かに顔を上げたシャルルは、流れる金の髪をそのままに、青い瞳で一度公爵夫妻を見、もう一度、頭を下げた。


「また、このような場でこのようなことを申し上げるのは大変に非常識かと存じますが、どうか公爵夫妻へ私よりお願いがございます。 私は現在留学中の身ではございますが、2年後に決まりました立太子が叶いました暁には、王家の膿を出し切り、ザナスリー公爵に認めてもらえるように努めると必ずやお約束いたしますゆえ、今から3年後の、ミズリーシャ嬢の修道院からの還俗が整われたところで、私との婚約をお許しください。」


「「なっ!? シャルル!?」」


「ほぅ。」


 驚愕の面持ちで息子を見る国王王妃とは別に、面白いものを見た、とでもいった様に公爵夫妻は静かに彼を見た。

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