第四話 新しい
風が吹く時、季節が運ばれていると感じるだろうか?
次の街へと違う街へと匂いを運んでいく風来坊。
ふぁと欠伸をしながら登校する。ボランティア部の朝の活動は、意外にも忙しいのだ。七時半だと告げている大きい時計が付いた校舎に入ろうとグランドを通る。
飲み込もうとした眠気にウトウトしながら歩いていると、スニーカーにトンっと何かが転がってきた。サッカーボールだ。
「すみません、ボール取ってくれませんか?」
黒髪ショートがよく似合っている、肌寒いのか水色のウィンドブレーカーを羽織った、ハルルと同い歳くらいの少年が声を掛けてきた。
私は一瞬どう返せば良いのか分からなかったが、サッカーはボールを蹴って繋ぐ競技だしと、足を振り上げた。
「えいっ!」
サッカーなんて体育くらいしかやったことなかったので、大分へんぴな方向へと外れてしまう。
やってしまったとばかりに慌ててボールを追いかけようとした自分を静止させるかのように、その少年は直ぐにキャッチした。
私のフォーム具合から判ったようで、「ナイスガッツ‼︎」とボールを片手で抱えながらもう片方の手で親指を立てられた。
「サンキュー」
その少年は眩しいニッカリとした笑顔で言うと、サッカーゴールの方へと去っていった。
四年三組の教室で、ある女子児童はハァと溜め息を吐いていた。
「ねぇ、あの子、元気がないみたいだけど……」
何時も何かときゃぁきゃあ言う彼女の今一つ調子が出てない状態に、私は疑問に思う。
「分からないの?」
ベージュカラーで揃えた鉛筆をペンケースにしまいながら、ユキコちゃんは、あの様子から察すると一目瞭然だとばかりに言う。
「ほら、ヒント。今日の放課後にあるのは……」
ハナエちゃんは今日の予定が書かれた黒板を人差し指で指ししめる。今日も至って普通な日だけど、放課後の欄は…。
「あっ! 委員会の集合日」
「そうそう」
私が答えると、やっと気付いたとユキコちゃんは息を吐く。そこまで察しが悪いのだろうか、私……。
「でも、委員会があるくらいであんなに落ち込むかな? 確かに面倒くさいと思うけどさ」
ウチの学校では七種類の委員会がある。学級、美化、放送、体育、保健、福祉、図書。それぞれ各二名入らなければならない。おまけにザッと目を通すと一クラス十四名が委員会活動する計算になり、残りの皆は教室の係を優先的に回される。これが、第二小学校の委員会システムだ。
「それもちょっとあるかもだけど、アレを見たらね……」
頰を掻きながら目配せしたユキコちゃんの視線を辿ると、開けられている教室のドアから見える、落ち込んだ姿の児童。
「他の組の子……?」
丁度、溜め息を吐いているウチのクラスの女子児童の姿と重なる。
「同じ体育委員会なんだって」
私が不思議がっていると、頬杖をしながら、ユキコちゃんは言った。
「へぇ、あの様子からすると嫌がっているみたいだし、押し付けられたのかな」
委員を決定する時ってさ決めるまで帰れない空気あるもんねと、委員に所属していない私は呟く。
「それは違うと思うけどね」
よく噂を仕入れてくるユキコちゃんは、色々と聞いた話を継ぎ合わせて整合できる少女だ。将来は花とか樹とかに関わる仕事がしたいと言っていた彼女だが、探偵の方が向いているんじゃないのとは言わないようにしている。
「むしろ、自分で進んで入っていたじゃないの」
三週間以上前、体育委員を決める際に、体育倉庫に一番に行って遊び道具を持ってける権利だと、男子はじゃんけんを決め込んでいた。女子児童の方は、競技具の片付けが大変だと踏んで、普通なら手を挙げないまま定員割れしてしまう。だが、この時ばかりは六名も手を挙げたのだ。その中の一人が、元気のない四年三組の体育委員なのである。
「じゃぁ、何でだろ?」
自分から入ったってのに。新学期は新しいことが多く出てくるから、急に都合がつかなかったのだろうか。習い事とか?
ユキコちゃんは、グラウンドを見渡せる窓にススッと近付いて示す。
「彼ね」
二階にある教室の窓から、彼女が指を刺した方へと見る。間違いがなければ、軽やかそうな水色のアウターを着た黒髪の少年…。
「ああ、あの子」
朝に会った少年だと、私は気付いた。
ユキコちゃんは、「隣のクラスなんだけどね」と続ける。
「
グラウンドで風のように駆けていってボールをシュートするのを見ると、納得する。朝会った時も確かに良い人そうだったし。
「私はあんまり知らないけど……」
その少年はアウトドア派のようなので、私は知らなかったのだ。……見るからに私はインドアそうだねって? ハイハイそうですよーだ。
「学年一の人気者だって、皆言ってるみたい」
ふぅんと頷きながら、私は尋ねた。
「それと女子達と何か……?」
そんな私を呆れて、ユキコちゃんはジト目で見る。
「察し悪いよぉ、ハルルちゃん」
片眉を釣り上げている彼女に、「ごめんごめん」と謝る私。
「四月に、さそれぞれのクラスで何処の委員会に所属するかって決めたじゃない?」
友人と一緒の委員会に入るか、もしくは惰性で入るか、ガヤガヤとする時期。クラスによっては、別の時間、別の日に決めたりするわけで。
「それが行われる前に、体育委員に成りたいって言っていたみたいで」
そうユキコちゃんが言うと、私は嗚呼と解した。
もう一度、落ち込んだ少女達を見る。
「それであの惨状かぁ」
ユキコちゃんは、また窓を見てこう言った。
「罪づくりねぇ」
少年はそんなことを思われているだなんて知らないままなんだろうな。実際に、楽しそうに校庭を駆けいる彼を見ると、そうだよなとしか思えなかった。
昼休みももう直ぐ佳境に差し掛かる頃合いに、イチノセ先輩が四年三組の教室に足速くやってきた。
「ワカバ君」
「はい、何ですか?」
やけに先輩が焦っているように見えたので、ハナエちゃんに会釈をしながら、彼の元に急いで行く。
「今日の放課後のことだが……」
「部活はなかったと思いますけど」
イチノセ先輩が口を開いた途端に、疑問が浮かぶ。今日は月曜日だから、体育会系のクラブはともかく、ボランティア部は午後の活動はないはずだ。
そう聞くや否や、彼は頭を抱えながら「君、話を聞いてなかったな」と私を咎めた。
「あのなぁ、ワカバ君が所属しているボランティア部の活動は福祉委員会に密接しているんだ」
腰に手を据えながら、彼は説く。
「つまりというと……」
彼は数秒の間、溜める。
「クラスにボランティア部がいると言うことは、その人が福祉委員に強制的に入ったようなものなんだぞ」
そのことを聞いて、私は目を見開いた。
「聞いてませんよ」
四月の委員会の所属決めをする時、私は回避することができたのだ。クラスの係もなく宙ぶらりんに自由のみだったのである。それが、いきなり、そうなるとは。
「僕が話さなかったからかな…、委員会決めの時に担任が伝えるはずだから…」
いつも飄々としている先輩が焦っている様子を見ると、これはマジでヤバイのではないかと顔が青くなる。
「五月から、前年度の各委員活動の本格的な引き継ぎが始まる」
イチノセ先輩は、悟りを得たような表情をし出した。
「私、詳しいこと知りませんよ、どうしましょう?」
先生の話をよく聞かずにボ〜としていたあの時間の自身を、私はうらむ。
「ボランティア部は、福祉委員会の活動を指導もとい協力をするんだ」
「どんな協力を……?」
そう私が尋ねた瞬間に、チューブラー・ベルが流れる。予鈴だ! まだ話も決まってないというのに、ここで突き放すだなんて、何て運がないのだろう?
「僕たちが普段やってる部活動の内容と同じだから」と彼は私を指し示して「心配しないように」と釘を刺して六年生の教室へ行ってしまった。
その言葉にヘナヘナと座り込んでしまった。
「嘘でしょう……?」
私はようやく立ち上がりながら、よろよろと自分の席に着く。隣の澄ました顔をしたコウヅキに聞いてみた。
「『君って、いいんかいとかしてる?』」
そう、最近学んだ手話の単語と指文字を織り交ぜて伝えると、皇月は訝しげな表情をしながら。
『してない』
そう答えていた。そうだよね、転校生だもん。委員会決めの後から来た児童だものと、私は溜め息を吐いた。
「『でも、花がかりなら』」
スラスラと綴る彼に、私は自分を情けなく感じてしまった。
「『てんこうせいなのに、がんばっているね』」
私がそう返すと、『?』と、皇月レノンはキョトンとしていたが、『どうも』と怪しみながら返していた。
児童の半数は帰っているのを、窓辺にいる人は、羨ましがっているようだった。放課後の時が経つ児童のその中で、保健室に隣接している空き教室は特に面倒だと物語っているのが多かった。
此処にも所属する委員会に難儀する児童が一人。
「あの時、グーなんて出すんじゃなかったよなぁ」
腕まくりをした水色のウィンドブレーカーを着ている速水颯太は、過去の自分の決断である象徴、握った拳に苦笑いしていた。
彼は体を動かすことが好きだったので、体育委員になろうとしていたのだ。只、まぁやるなら程度で決めるべきではなかったのだが。ボールとかを直ぐに取り出せるし、面白い体育教諭と話せる機会が多くなるし、ジャンケンポンっと出たのが、第一希望が落ちたという結果だけだった。
その後に、福祉部だけ定員割れしていたので、四年二組の教室は誰にするかをザワザワと視線を泳がせていたのだが。
「さっきジャンケンで負けた人の中でやれば良いんじゃない?」
委員会入りたかったのでしょうと、言った担任の先生の言葉はギルティだ。どんな委員会にでも入りたいから挙手したんじゃないぞと、思いながらも、出した手がコレなのである。察してくれ。
教壇に、背が高く髪の色素が薄い少年の手が着いた。
「福祉委員長兼バランティア部部長をさせてもらっている一ノ瀬智だ。普段は六年一組か、放課後にはこの空き教室に大抵いるから、気軽に声を掛けてくれ」
彼は、俺がいる四年生の列から、一人、呼んだ。
「若葉君、こっちに」
「は、はい」
皆の前に立っているのを照れているらしく、その子の耳元は赤くなっていた。
あ、あの黄緑色の上着、朝ボールを取ってくれた子だ。
そう思っている内に話は進んでいく。
「自己紹介をしてくれ」
「四年三組、若葉春流です。イチノセせんぱ、いえ、委員長と同じ部活に入っています」
つっかえながらもちゃんと聞こえるように話す彼女に好感を持った。朝の時に慣れていないのにボールを蹴って返していたのと合わせて、苦手そうなことから逃げない、変な所に度胸があって良いなと思うのだ。
「俺とワカバ君が、当委員会の活動を主に指導する」
委員長は頼れそうな六年生で、その後に続くのは、ワカバっていう子らしい。
単純に、俺と同じ学年なのに頑張るなぁと、自分は思っていた。
でも。
あの子もやるの⁉︎ 委員長はともかく、まだ四年生じゃない。そう反感するヒソヒソとした声が聞こえた。
その声を断ち切るかのように、委員長は声高らかに姿勢を正した。
「福祉委員の活動は、主に、募金シートの各クラスへの配布、二ヶ月に一度のペットボトルのキャップと羽マークシールの収集等を主に行っている」
意外に活動頻度が少なくてホッとする。
しかし、彼が言ったことはそれだけではなかったのだ。
「これらの活動は普段からボランティア部もしているので、その延長線として指導役を買って出ている」
そうイチノセ委員長が言い終わると、その横にいた六年生の女子児童が「分からないことは、ちゃんと聞くように」と締め括った。
数十枚の用紙を持ちながら委員長は若葉に何枚かを託していた。
「このプリントを回してきてくれ、ワカバ君」
「はい」
そう言い四年生の列から渡して行く彼女だったが、紙がうまく捲れないらしく、プリントがバラバラと散らばった。
「すみません」
「いえ…」
彼女が落ちていった用紙を拾っている時に、俺の元に舞ってきた数枚の紙を手を伸ばす。短い茶色の前髪から、焦茶の目がクリッとしているな。
プリントを見ると、月に二回の収集活動って書いてあるけど、ペットボトルのキャップ個数も、羽マークのポイントも集計するのか‼︎
「君、毎日、こういうのやってるの?」
目でなぞった内容が、ボランティア部をしているらしいワカバもしているとなると納得するしかないとばかりに。
「ううん、毎日ってわけじゃないけど火曜日は必ずクラブ活動日あるじゃない、週一はやっているかな」
舞い落ちたプリント一枚を渡しながら聞くと、彼女は目を円くしながら返事をした。
「へぇ」
円い目がさらに円くなってるのが面白くて、俺は目を細める。
「大変じゃないの? 」
俺がそう聞くと、「そりゃねぇ」と苦笑しながら、ワックスの艶がまだ残っている床から、その子は用紙を拾う。
「でも、自分が選んだ部活だから」
ワカバは、そう、はっきりと言った。
「選んだ、部活、だから……?」
意外だと思う。人前に出る際に顔を赤くするくらいだから、大人しい子だと、そう俺は思っていたのだ。
「うん、委員会だとかだとさ、役割として誰かがしなくちゃいけないじゃない?」
そう彼女は言うと、「確かに、そうだな」と俺は当たり前のことに気付いた。
「だからそれは仕方ないって思えるでしょ?」
「嗚呼、現に今の俺だよな」
最後のプリントが拾い終わると、ワカバは一息つく。
「自分がやりたいことがあるクラブだったら、やる気も違ってこない?」
そう聞いてくる彼女は芯があって。
「だから、選んだんだもんってね!」
そう笑う彼女が強く輝いてみえた。
様々な色に楽しんで疲れてしまったら、風は緑の中へと戻っていく。
樹々の間を通って、また街へと行くのである。
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