第五話 景色

 花が美しく咲き誇るのは何故だろうか。

 例え小さくとも、見つけられないような所に芽吹いても、背を伸ばして佇んでいる。








 委員会をしているのかと、隣の席の、僕は内心では不審者とも呼んでいる若葉春流に尋ねられた。

『花がかりなら』

 そうすんなりと手話の単語と指文字を織り交ぜつつ、答える。

『てんこうせいなのに、がんばっているね』

 ヨロヨロとした頼りない手つきで指文字を伝えてくるワカバに、僕は訝しんだ。急に学校内のひいては学級内での係を聞いてきては落ち込んだ雰囲気を醸し出すものだから、彼女は変な人なんだと僕は思っている。

 そう、彼女は変な人なのだ。あの子は『緑』の服を気に入って着ている所為か、ワカバが来ると確かめなくても判ってしまう。僕は眼鏡をかけようが、サングラスを掛けようが、靄がかかったように視えない。だから、唯一、彼女だと判ってしまう若葉春流は変な子なのだ。





 若葉春流と皇月レノンの彼らの言い分では、手話をして会話しているとのことだが、あたかも手を繋ぎ合っているように他者には見える。

「手話できるとか言ってるみたいだけど、あの子ホントにできるの?」

 その辺の男子がジャガイモに錯覚してしまうくらい、コウヅキの容姿は断然に良いのだ。レモンムーンのような髪色はキラキラと輝いているし、アクアマリンとも例えたって差異がないくらいに綺麗な目をしているのだ。銀の刺繍が細やかなデザインの白いシャツが彼を一層洗練された雰囲気を醸し出しているのである。誰が何と言ったとしても、彼が美少年であることは覆らないだろう。

 そんなコウヅキに話掛けられるのは実質、ボランティア部に入っているらしい若葉だけなのだ。

「まぁ、コウヅキ君、格好良いもん。近づきたいって思うんじゃないの」

 だから、嫉妬して、そうちょこっと毒突いてしまう。

 そんな自分達を肯定化したいのか、少女達はクスクスと笑う。

「でも」

 一人の気が強そうな少女が前に出て、腕を組む。

「転校生、惜しいよね」

 敢えて、自分達は相手にしてませんよ、だから未だ彼とお近づきになってないのだと言いたげにしていた。

「金髪で碧目で帰国子女、おまけにイケメンときてるもの」

 そう見た目だけはね、と含みがあるような言い方をする一人に、周りにいる少女達も賛同する。

「当たり中の大当たりなのにねぇ」

「正直、二組のハヤミ君とおんなじくらい接戦しているのに……」

 皇月とはタイプの違う爽やかな顔立ちの少年を思い浮かべる。表情をあまり崩すこともないクールな皇月レノンと、朗らかで笑顔が絶えない晴朗な速水颯太。

 それほどに女子児童の心に大ヒットしている皇月レノンには、あらがあると彼女達は口を揃えて言うのだ。

「二重のハンディキャップ持ちだもんねぇ」

 アレは本命じゃなくて、目の保養用と、トキメキを抑えるのだ。小学生といえども、リアリティはある。確実に手に入る恋というものの方が良いのだ。

「ほんと、何でウチの学校に入れたんだろ」

 そうゆうのってさ、別の学校とかに行くんじゃない。

「ちょっと、大変だと思わなかったのかな」

 そう勝手に口々とそう言っているのを、遮るような、いや、それ以上に興味を持ちそうなことを言った少女がまた一人。

「でも、レノン君って素敵だと思うけど」

 鳶色の真っ直ぐに長く伸ばされた髪が特徴の女子児童だ。パッチリとした目を含めて顔が整っている可愛らしい女の子、四年三組所属の叶愛花かのう まなかだ。

 そんな子が、ましてやあんなことを言い退けてしまったのだ。世の条理に沿うならば、色めき立つに決まっている。

「え〜、マナカちゃんはそう思うの?」

「何処が何処が?」

「誰もが認める美少女に恋の予感?」

「魅力あるの、あのルックス以外で⁉︎」

 少女達は新しい話題に食いついた。六人に一人の男子は彼女に告白をする程のモテっぷりを誇るこの少女が恋をするのは皇月だなんて、ビッグニュースだ。それを聞くのは、今このチャンスを逃すまいと、鼻息荒くもなる。





 マナカは、皇月レノンがこんなにも悪く言われていることに内心腹立っていたのだ。軽く微笑んでいるその姿から想像できないくらいには怒りに燃えている。

 あの子たち、何て失礼なことを言っているのだろう? 皇月君はとっても聡明な人、変なことは言わないで欲しい。

 そう思う私は、ちらりと見る。コウヅキくんは、ワカバちゃんの手を包み込んでいる。彼と話せるだなんて羨ましいと思いながらも、軽いノリで触れているワカバちゃんを妬ましく思ってしまう。そんな自分を隠すように、私だけが知るコウヅキくんの姿を思い浮かべる。彼を好きになった日に思いを馳せた。


 彼は先生に「後二人分は枠があるから」と学級内の係に勧められていて、マナカと同じ花係になったのだ。

 当初は、彼のことをジロジロ品定めしたい気持ちを抑えながら、ニコニコと笑顔を浮かべていた。そして、何もしなくて何もできないなら最初から私がやるのにとも思っていた。

 天使なマナカちゃんと皆から讃えられている私にとって、誰に対しても実際に愛想良く微笑む。だが、こう考えてみて欲しい。いくら天使ともいえども、天使とは公正な判断をする側の役割なのだ。ただニコニコしている訳ではないのである。

 例えば、道端に生えているような小花を踏みつけて歩くのを見ると、マナカは冷たい顔をする。そんなのを知らずに、マナカちゃんって綺麗だよなと惚けている少年達は、私が目元にしわを入れるのをまだ気づいていないらしい。哀れ、多くのわんぱく男子達よ。


 しかし、皇月レノンは違ったのだ。最初は何かしでかすに決まっていると考えていたのだがその予想が外れたのだ。


 彼は廊下の窓際に設置してある水道の元へ、片手で杖を持ちながら、もう片方の手で花瓶を抱えていた。右側の角にある蛇口の位置と流し台の空間を確かめて、花瓶を置いていたのだ。

「……あ!」

 声を掛けようとした私は、たじろいでしまった。自分には、彼に伝える術がないと、気付いてしまったのである。養護教諭のマツシマ先生がフォローするとか、担任のアキ先生は言っていたけど居ないじゃないか。

 どうしようかと思い悩んでいた私は、見てしまったのだ。

 彼は蛇口を捻り溢さないように、花瓶を丁重に扱っていたのだ。彼の様子を見た時に、自分にとって最悪な考えが揺らいでいた。

 例え、もの言えぬ花だとしても、労るように触れる。優しく手でなぞった後は、そっと整える。

 その所作がとても美しいと、彼女は思えたのである。


 そのことがあってから、彼のことを注視するようになったのだ。

 彼は算数が得意らしい。皆が、点字で書かれている問題用紙を見て、アイツだけ簡単のなんだろどうせ、と陰で文句垂れていた。しかし、「おんなじ問題で満点だ」と驚愕したワカバちゃんによって、頭良いことが判明したのだ。

 彼は勉強熱心らしい。いつも分厚い本を鞄から出して、手でなぞっている。そのこともあって、算数を始めとした教科で優秀なのだ。しかし、苦手な教科らしい社会でも、その真っ直ぐとした姿勢は崩さない。

 彼は意外と色んな表情を見せる。ワカバちゃんと会話している時、無表情な顔から、驚き、呆れ、ひいては笑顔を引き出しているのだ。

 そんな色んな、皇月レノンの魅力を見せる、若葉春流に私は嫉妬しているのだ。


 私は口元を押さえて笑う。

 目の前にいる少女達はドキドキとした顔をしているけれど、申し訳ないわね。

「それは秘密、かな」

 叶愛花は、可愛らしい声でそう言った。





 そのことを知らずに、何故だか気になる若葉春流の指文字の元気ない『なんでもない』から、皇月レノンは自然と頰が緩んでいた。








 それは自分が綺麗だと自信を持とうとしているからだ

 それが、嵐の中であろうが、枯れてしまいそうな時でも、最後までちゃんと咲こうとしているからだ。

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