第106話 おっさん、迷宮に挑む⑬


「まったく……これ程とはな。

 随分と楽をさせて貰ってるよ、ルゥ」

「わん!」


 パーティを先行し偵察に出てるルゥが鳴き声と共に愛想良く尻尾を振り応じる。

 出し惜しみしないその可愛さに相好を崩しながら、俺は斥候役の重要性を改めて思い知っていた。

 新しくパーティの一員となったルゥ。

 この子が積極的に索敵をしてくれる様になった事で俺の負担はかなり軽減した。

 特に迷路構造を歩む際、その心理的抑圧差は明白だった。

 本職に及ばない俺の【索敵】スキルではスキルの示す固有園内に立ち入った敵影の判別しかできない。

 これがどういう事かというと、先程いた草原エリアのような広大なマップなら正確な敵の位置が分かるが……こういう城塞都市みたいな所だと敵を補足しても会敵までどのくらいの時間が掛かるのか体感し辛いというものが上げられる。

 パーティに警告を発するタイミング。

 実際に戦闘準備に入る時間。

 敵が好戦的か否か、対応を考慮する戦術思案。

 これらのタスクを脳内で同時進行するのは正直気が滅入る。

 なら、敵を捉えたらその都度警告をし続ければいいのでは――? 

 と思うだろうが……

 残念ながらこの方法は下策だ。

 かつて若い頃の俺は索敵距離だけを自慢し、接敵5分前から警告を発していた。

 これは警告を受ける方からするとかなり厳しいという事を理解出来てなかった。

 何故なら人間は慢性的な緊張に耐えられる生き物ではない。

 警告を発し続ける内にどうしても慣れと狎れが生じる。

 スキルで敵を補足している俺は敵という存在を明確に認識し続けられるが、警告を受けるパーティメンバーは視えない敵影に備え神経を尖らせなくてはならない。

 結果、仲間は肝心の戦闘時には心理面で疲労困憊という事態に陥っていた。

 猛省した俺は以後、自分が対処できる範囲で決断してきたのだ。

 アンテナ役としてミスを許されないプレッシャー。

 何せパーティの命運は自分に掛かっている。

 スキル持ちの仕事とはいえ前衛も兼ねているのでこれは非常に疲れる役目だ。

 ましてこの城塞エリアにいるのはスケルトンソルジャーなどのアンデット系妖魔やリビングアーマーなどの魔力付与系妖魔ら主体である。

 生き物でない奴ら相手には俺の【索敵】スキルは効果が不安定だ。

 その点ルゥは魔狼だけあって、耳と鼻がめっぽう利く。

 この子はスキル頼みの俺とは違い本能的・身体的能力で敵を捉えている。

 例えば曲がり角の先に敵がいれば、その金物臭を――駆動音を捉え警告する。

 これが俺の索敵スキルと組み合わさると、先の読めない迷路でも対処しなければならない敵と、しばらく無視していい敵との判別が容易になったのだ。

 これだけで俺は諸手を上げてルゥに抱き着きたくなる。

 主人であるシアを差し置いてそんな事をすれば、どつかれそうなのでしないが。

 まあ何にせよ第二階層の大まかな構造は分かった。

 これなら次から準備をすれば、ある程度楽に対処できるだろう。

 問題の彷徨える高レベルの敵達も不意打ちでないなら対処できる範囲。

 余力のある内にここは一度撤退だな。

 俺は一時間ほど進んだところでパーティにその旨を進言し、同意をもらう。

 先行したA級パーティの未帰還が続いたのだ。

 心配しているハイドラントに、まず攻略状況を報告しなくてはならない。

 彼から預かっていた鈴を鳴らし積層型転移魔法陣を起動。

 眩い輝きと共に――俺達は無事、茜色に染まる空中庭園へと舞い戻るのだった。





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