第107話 おっさん、黄昏で語る
「もうこんな時間になっていたのか」
オレンジ色の斜光が都市を染め上げる風景を見下ろしながら俺は呟く。
戦闘を交えると降魔の塔第一階層で四時間、第二階層で二時間ほどか。
ダンジョン内は通常空間に比べて時間の経過が早いという傾向を差し引いたとしても……かれこれ半日も経っていたのだ。
気を遣うファーストアタックの切り上げとしては確かに頃合いだったのだろう。
俺の隣に並んで階下を見下ろしながら、三人と一匹も思い思いに背筋を伸ばす。
「ん~黄昏時の空気が気持ちいいですわ。
こうやって草花に囲まれて深呼吸をすると、心がスッキリします。
今回の探索は閉塞的な迷宮型ではないフィールド型ダンジョンでしたのに……
何だか流れる風すらも違う気がしますの」
「あはは、同感。
ダンジョンって独特の雰囲気があるからかな?
フィーの言う通り、こうやって自然に囲まれてると確かに落ち着くね。
でも探索自体は大成功じゃない?
ドロップが無いタイプのダンジョンなのは残念だけど……
この子と出会えた幸運にも恵まれたし♪」
「わん!」
「ああ、もう!
ルゥは可愛いな~本当」
「うふふ、すっかりパーティの一員ですわね」
「モフモフは正義。
愛でる愛でる」
「何気に皆、ルゥにメロメロ?」
「否定はしませんわ」
「右に同じ」
「あはは、一緒だね。
でもさ――何だか色々疲れたよ、今回は」
「シアの指摘は無理もない。
前情報の無い未踏のダンジョン――しかも帰還者なし。
無意識に気負いしていた部分はある」
「わたくし達は事前情報の重要性をガリウス様に嫌というほど叩き込まれてましたから、余計にそう思うのかもしれません。
まったく手探り状態の挑戦は今回が初でしたもの」
「ああ、確かにそうかも。
通常ならおっさんによる事前レクチャーが入るもんね。
出てくる敵の傾向と対策、探索に伴う問題対応と陣形の見直し。
おっさんってば普段は温厚なのに冒険が絡むと鬼教官だよね」
「戦闘に限らず近代の冒険者稼業は情報の重要性が増している。
昔の英雄譚のように友情・努力・勝利とはいかない。
起こり得るトラブルを事前に想定し、それにどう立ち向かうかを協議する。
リスクマネジメント対応。
ガリウスの指導と行動は正しい。
けど――私情を交えない様は、まさに鬼」
「当たり前だ。
何度も口を酸っぱくして言うが、命が懸かってるんだ。
小言で少しでもお前達の生存確率が上昇するなら、五月蠅い小舅でも嫌味な中年にでもなってやるさ」
「わん!」
「おっ。
お前も賛同してくるのか、ルゥ?」
「あんあん!」
「――いや、絶対違うと思う」
「お腹が空いたのかしら?」
「確かにそろそろ休憩したいと思っていたが、まずは報告が先だな。
おっ……噂をすれば何とやらだ」
人気のない空中庭園に俺達の声が響く。
喧しい俺達のやり取りが聞こえたのだろう。
空中庭園入口からハイドラントが駆け寄ってきた。
「――御無事でしたか」
「ああ、無事に第一階層を抜けた。
詳しい話は後で報告するが――降魔の塔はフィールド型ダンジョンだ。
一筋縄ではいかない」
「! やはりそうでしたか。
未帰還者が続いたのもその影響なのですね。
まずは何事もなく皆様が戻られた事に感謝致します。
……おや? その子は?」
「ああ、この子は――」
「ボク達の新しい仲間、従魔になったルゥだよ!
よろしくね、ハイドラントさん。
一緒にいてもいいでしょう?」
「な、仲間?
勇者殿……それは構いませんが。
ここは精霊都市。精霊や召喚獣をペットにしてる者は多くいます。
ペットが犯した事による責任を自分が負う事を了承出来るなら、あとで従魔の証である隷属の首輪を持ってこさせましょう。
それを嵌めていれば大概の都市なら問題なく認可される筈です」
「やった♪」
「ただ――ひとつ、よろしいですか?」
「ギクギク!
な、なにかな?」
「確かに賢明そうな子で一見すると大型犬っぽいですけど、もしかして――いや、もしかしなくとも伝説に聞く北方の魔狼のような感じが見受けられるのですが」
「そ、そんな事ナイヨ。
ルゥはちょっと凄いスーパー犬だヨ」
「はあ……まあ幼体ですし、大きなトラブルにはならないでしょう。
ただ万が一正体がバレたら騒動になるので外部の宿を使うのは止めた方がいい。
今日も客間をお使いになられると良いでしょう」
「いいのか?」
「街中で起きるトラブルを考えればお安い御用です。
さあ、食事と風呂の準備はさせます。
その前に詳しい話をお聞かせ願えますか?」
「勿論だ。
実は攻略に関して用意してもらいたい物が――」
ハイドラントに導かれながら俺達はダンジョンを語る。
今宵は長い夜になりそうだ。
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