第103話 おっさん、迷宮に挑む⑩


「――やったね、おっさん!」

「ああ、よくやったシア」


 駆け戻って来たシアが差し伸ばす手にハイタッチで応じる。

 今回の殊勲賞は間違いなくシアだ。

 幾ら戦術を練り戦況をコントロールしようとも決定打が無くては始まらない。

 勝利に向けての御膳立ては俺の仕事だが……勇者として破格の攻撃力を持つシアがいなければ苦戦は免れなかっただろう。


「そういえば、おっさん」

「何だ?」

「魔狼の動きが、想定よりかなり鈍かったけど……

 香辛料と悪臭による嗅覚破壊の他に何か仕掛けてたの?」

「ああ、上手くいくかどうかは分からなかったがな。

 リアからの提案で……

 フィーに頼んで、もうひと働きしてもらってた」

「リアが?」

「ああ。

 シアに説明してくれるか、リア?」

「ん。構わない。

 シア――犬笛という物を知ってる?」

「犬笛?」

「――そう。

 それは人間の聴こえる音域を遥かに超えた周波数を出す笛。

 犬にしかその音は聴こえない。

 なので犬遣いはこれを用いて訓練に使う」

「それがどうして動きの阻害に……

 ――って、まさか!」

「ん。フィーの法術は空間を介して『音を自在に操る』もの。

 ならばフェンリルのハウリング攻撃を無効化しつつ、奴の耳元で我々の可聴域を超える大音量を叩き付ければ平衡神経にダメージを与えられると思った」

「狼も犬と同じ種族ですしね。

 残念な事に自分ではお耳を防げないでしょうし」

「俺達に被害が及ばないというのも大きな利点だな。

 失敗しても失うものがないので採用させてもらった」

「かなりいい戦術だね!

 って、あれ? 何でボクには事前相談がなかったの?」

「……聞きたいのか?」

「え? うん」

「……話してやれ、リア」

「了解。

 シア、怒らずに聞いてほしい」

「な、なに?」

「この戦術は野生に近い獣ほど効果があるのは見ての通り」

「うん」

「なので野生動物並に勘がいいシアにもダメージがいくかもと懸念。

 あと、解説し意識させたら余計に効きそうだと思案した」

「酷い!

 幾らボクでもそこまで野生じゃないよ!」


 膨れっ面で抗議するシアを三人で苦笑しながら宥める。

 確かにこの娘の勘の良さは野生を超える時がある。

 真剣な俺達の謝罪に態度を軟化させるシアだったが――

 突如、その腕を抑えその場に蹲る。


「どうした、シア!」

「分からない――けど、この腕輪が」


 恐る恐る離したシアの腕には三つの宝珠が嵌められた腕輪があり、その内の一つが白い輝きを上げている。

 シアが装備しているこの腕輪は【従魔の腕輪】という。

 ボルテッカ商店で購入した装備品だが、極低確率で斃した妖魔を従わせる事を可能とする物だ。幸運値が作用するらしいので豪運を持つシアが持つ事となった。

 取説によると最大三匹までテイミング出来るらしいが、まさか――

 やがて輝きが最高潮に達した瞬間、宝珠が砕け散る。

 そしてシアの足元に白煙が立ち昇り、そこにいたのは――


「わん!」

「か、可愛い!」

「この愛らしさは――異常」

「もはや犯罪レベルですわ!」


 三人が絶賛するのも無理はあるまい。

 シアの足元には愛らしい眼差しで身体を摺り寄せる、純白の大型犬――もとい狼の幼体がいたのだ。

 もちろん魔狼フェンリルの幼体に間違いあるまい。

 テイミング効果による縛りで幼体と化し、且つレベル一からの出発になるが……鍛えれば優秀な猟犬であり仲間になるだろう。

 しかし初のテイミングが階層主とはさすがシア、持っている。

 だがこれで俺達のパーティ最大の問題、前衛不足を補えるかもしれない。

 腹を見せて服従の意を示す幼いフェンリルの可愛らしさに大はしゃぎする三人とは別の視点で――俺もまた抑えきれない喜びに微笑むのだった。






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