第2話 或る将棋部
「さぁ、会議を始めよう」
我が将棋部全員(俺含め2名)が一堂に会する部室(旧校舎のボロ空き教室)。その空間に、アウトドアな部活の掛け声が青春となって窓から侵入し木霊する。
負けじと声を張る俺だが、その熱量とは裏腹に、この男は後輩の癖して嫌に冷ややかな目を以て頬杖付きながらこちらを見ていた。
「会議って言っても、文化祭の出し物決めでしょう?そもそも将棋部が一体何の出し物するって言うんですか。考えるだけ時間の無駄なんで帰っていいですか?」
「うるさい!!飛車角取りするぞ貴様!!ただでさえ部員が規定未満で廃部寸前なんだ、アピールチャンスは死んでも逃がさん!!」
「将棋覚えたてみたいな罵倒やめてください。……ていうか、こんな話し合いのためにそんなデカいホワイトボード用意したんですか」
後輩が指を差した先には、俺の傍らに屹立するホワイトボードがあった。
「こんなとは何だ!我が部の存続を掛けた最重要会議だ、ドデカいのを用意して当然だろう!」
「幾らしたんですか?」
「Nameznで27円」
「なんだそのキモイ通販サイト!!ってか27円!?生産国どこの失敗国家だよ!!」
「馬鹿にするな!!作りはしっかりしてるしマーカーペン付属だし説明書も分厚いし……」
「いやホワイトボードに説明書なんて要らな………ってなんだそれ!!六法全書かよ!!」
俺が反論中にどこからともなく出した説明書は、少なくとも一振りでイノシシくらいは仕留められるほどに分厚いものだった。
「もう……いくら突っ込んでも埒あかないんで、さっさと決めて終わらせましょう……」
「やっと乗り気になったな!!……それでは、まずはカフェメニューからだが……」
「カフェメニュー!?」
「まず桂馬を象ったバナナシフォンケーキ、ラズベリーソース仕立てだな」
全部書くのは面倒なので、ボードに”桂馬” ”バナナ”とだけ書き記す。
「待て待て!!え、カフェやるんですか!?」
「やる」
「やるな!!!……将棋部としての出し物でしょ?勧誘も兼ねた……。なら少なくとも将棋そのものの魅力が伝わる催しじゃなきゃ意味ないでしょう!」
「うーん……なら桂馬より王将の方がわかりやすいな。えーと餃子の……」
「商標権侵害に王手だよ!!!だから、カフェとか飲食じゃなくてこう……軽めの将棋教室みたいな……」
「な、なるほどな……その手があったか……」
「こんな人がよく将棋覚えられたな………。だから、まずは参加者に簡単なルール解説をするとか」
「そうだな。”ルールについて解説”、と」
無念にも却下となったカフェメニューの下に書き記す。
「しかしただの将棋教室だといかんせん地味だよな………雰囲気だけでももっと楽しく……」
その下に”ミラーボールの照明”と書き記す。
「駒すら碌に見えやしねぇだろ!!真面目に考えてくださいよもっと~~!!………照明なんてどうでもいいからほら……お子さんでも入りやすいようにキャラクターのシールとか壁に貼ったり、折り紙とかで楽し気な飾りつけしたり……」
「さっきから否定ばっかだな貴様。……よし、貴様の案は右上の端っこにでもまとめて書いてくれよう」
「お前が子供か!!」
ボードの右上に”子供” ”折り紙”とだけ書き記す。
「僕のだけ箇条書きなのも腹立つな……」
「文句ばかり言っているからいつまで経っても将棋で勝てんのだ貴様は。……もし当日、将棋教室でお子様に負けたら腹を切れよ」
「暴君にもほどがあるだろ!!てか勝率的には部長より僕のが上ですけどね!!」
右上でなく俺の案の下に”後輩、本日中に遺書”と書き記す。
「用意しねぇよ!!?なに勝手に決めてんだ!!」
「……ふぅ~~~、だいぶ固まってきたな。よし!会議はここらへんでお開きとしよう」
「やりたい放題かこいつ………」
「少し軽食でも取ろうか。どれ、今日はバナナを持ってきたんだ……」
「えっ?」
「ん?」
「……バナナ?」
「………どうした急に……バナナがどうかしたか?」
「どうしたはこっちのセリフですよ。バナナを持ってきた?寝ぼけたこと言わないでください」
「はぁ?この俺がバナナも買えない貧乏人だとでも言いたいのか!?」
「いやいや………バナナなんて、この世に存在しないでしょ」
「…………」
とうとうこの男は、脳味噌を打歩詰めでもされてしまったらしい。……それとも、こいつなりのユーモアか?
「おいおい、随分不思議なジョークをかますじゃないか。桂馬並みのトリッキーさだな。額にでも貼り付けて歩けばいいんじゃないか?」
「貼り付ける?……桂馬を……ですか?」
「……あ、あぁ……そうだよ」
「さっきから何言ってるんですか部長。バナナとか桂馬とか……。存在しない架空の物を食べたり貼り付けたり出来る訳ないじゃないですか!!」
「………え、え~~……」
そこで、ボードに移った文字がふと目に飛び込む。
………まさか。
「お、おい貴様。……ミラーボールは……実在するか?」
「しません。架空のものです」
「折り紙は?」
「架空です」
「………子供……は?」
「架空です。みんな大人の状態からスタートです」
「数奇な人生かよ!!」
突っ込んだ拍子に、足元に置いてあった俺のカバンを蹴ってしまう。
中から転がったのは教科書、筆箱、水。………バナナが無い。
慌ててカバンを広げて入念に確かめるが……確実に朝入れたはずのバナナが消えている。
「………ま、まずいぞこれは……このホワイトボード………書き記したものを”架空”にしてしまうのか………!!?」
「何をぶつぶつ言ってるんですか……まったく部長は前々から……」
「………ん?………あ、あれ!?……え!?お、おい、後輩!?後輩!!!?」
彼が、消えた。瞬きの間隙に、跡形もなく。
教室内を駆け回り、あらゆる物陰を探すが……居ない。消えたとしか形容できない。
それもその筈だ。
「………”後輩、本日中に遺書”……」
俺は”後輩”とも書き記してしまっていた。
「ま……まずい……本格的にまずいぞこれは……!!!ど、どうにか元に……!も、文字を消せば!!」
………いや、万が一”消した言葉は一生架空のまま”だとしたら。
何か必要な処理があるのかもしれない。
と、そこで俺は、唯一の希望の光を思い出した。
「そ、そうだ!!説明書!!」
確かさっき、傍らの教壇の上に………
「…………あれ………?」
無い。あれだけ分厚かった説明書が、忽然と消えていた。
「ば、馬鹿な!!!ボードには”説明書”なんて一言も書いて無………!!」
再び、ボードを目に映す。
架空となってしまった物の戻し方は永遠に分からなくなってしまったが………少なくとも一つだけ、このホワイトボードのルールが分かった。
………単語は、縦に書いても有効なのだ。
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