限界社畜のショートショート

@gomiochan

第1話 空飛ぶリニア

『超電導リニアの時代は終わった』と騒がれてから久しい現代。もはや移動にマッハが伴わない公共交通機関などフェリーかトロリーバスくらいしか無く、昨年から運行が始まった”臨界リニア”と呼ばれるモーターカーに至っては東京大阪間を17秒という、金沢イボンヌ並みのスピードを誇る始末だ。


……しかし、それを恩恵と捉えるかは無論別の話。


「………あ。あれってもしかして……富士山じゃない?」


「え?………あー……確かに、テレビで見るのと特徴同じだな……」


「……ていうか、これ絶対死んだよね。私たち」


「うん。………あの富士山(暫定)と大体同じくらいの高度で飛んでるもんな……」



京都旅行から東京へ、噂の臨界リニアでの帰宅を試みた我々だったが、走行後約3秒時点でモーターカーは脱線した。


制御に於ける安全装置の故障かは知らないが、少なくとも既定のスピードをはるかに超える走行をしてしまった事による脱線。


あろうことか車体は山岳地帯へと音速を凌ぐ速さで突っ込み……宛ら射出されるかの如く、山の麓から山頂を駆け抜け、そして今現在……空を飛んでいるのだ。


「………綺麗」


「呑気だな、こんなアホみたいな絶体絶命の最中に」


「だっていくら考えたって絶対このまま墜落して死ぬんだもん……最後くらいこれでもかって程、景色楽しんどかなきゃ」


「………」


内部は俺たち以外はパニック状態。揺れる車内が轟音を放ち、飛び交う怒号と相まって耳朶に触れている。……確かに、この騒音に混ざって死ぬのは少し憚れる気もする。


「今の時代さ、行こうと思った場所になんて瞬きしてる間にはもう着いちゃうでしょ?」


「そうだな」


「見たい景色以外は見れないっていうか……。さっきの富士山みたいに、思いがけない綺麗を、沢山取りこぼしてきた気がする」


「富士山だって、今まで何度も横切ってきたハズなのにな」


「うん。だから、一緒の景色を見て、久しぶりに君と心が通った気がしてうれしかった」


「………綺麗だな」


「えっ?」


「お前のそんな顔、久々に見たよ。……仕事にかまけてた俺も、思いがけないお前の笑顔きれいを、ずっと取りこぼしてきたんだな」


「………」


「死ぬ前に言うことじゃないけどさ。……やっぱり俺、嫌だよ。この旅行終わったら離婚する……なんて。……なぁ、死んで、あの世でもいいからさ……またやり直せないかな……俺たち」


「……………馬鹿。何で今そんな………死にたくなくなるようなこと……言うかなぁ………」




夕日が涙で滲むころ。いよいよ車体が重力に従い降下を始める。


あれだけ騒いでいた連中も、今や己の死を悟り始めたのか一様に、祈るように目を閉じていた。




「………じゃあ、また向こうでもよろしくな。今度は、飽きるくらい色んな景色を見よう。二人で」


「………うん。絶対。約束だからね」




二人は自然と手を取り合って。最後まで瞳に互いを映し合っていた。







「…………」


「…………」




『時代は北海道』と騒がれてからまだ間もない現代。


さらなる都市開発と観光事業に手を尽くしてきたこの地に、我々乗客はたった今、パラシュートにて降り立った。




「………生きてるな」


「うん……。まさかあの事態も想定済みだったなんてね……。さすがJ〇」


「…………ともかく、これでまた二人で旅行できるな」


「っていうか北海道も来た事ないじゃん私たち!えーっと……北海道といえば有名なのは……」




互いにあたりを見渡す。すると、同じく無事着陸した車掌さんがこちらに歩み寄り、お馴染みの”あの感じの声”を以て案内をしてくれた。


「えー、あちらをご覧ください。あすこに見えますのが北海道観光名所のひとつ……」


「……………あー……」


「…………んー………」




リニアモーターカーが空を飛ぶ時代になっても………やはり時計台は、ほんの少しガッカリなままだった。

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