『結婚の条件』(5)

 魔獣界とは異世界ではなく、魔界の森の中に存在する、魔獣たちが住む小規模な街の事である。

 魔獣界の城下町へと辿り着いたイリアは人の姿に変身すると、徒歩で王宮の城の中へと入る。


「いらっしゃいませ、イリア王女様」


 城内の客間でイリアを迎えた女性は、長い深緑の髪に金色の瞳を持つ、黒いドレス姿の上品な貴婦人。見た目の年齢は二十歳くらいだが、童顔で小柄なイリアと比べると大人の妖艶さがある。

 彼女も本来は魔獣だが、普段は魔法で人の姿を留めている。それは魔獣界の住民たちも同様で、基本的には人の姿で暮らしている。


「エメ姉、報告があるの。アタシ、ついにレイトと婚約したのよ」

「まぁ……それは、おめでとうございます」


 エメ姉と呼ばれた女性の名は『エメラ』。

 魔獣王と王妃、つまりイリアの両親の側近である。だが両親とも魔界在住なので、主に側近のエメラが一人で魔獣界を治めている。


 二人は小さなテーブルに向かい合って座る。紅茶とクッキーも用意されていて、接待というよりは女子会だ。


「聞いてよ、エメ姉! レイトったら、婚約したのにキスしかしてくれないの、信じられる?」

「まぁ……それは本当に深刻ですわね」


 エメラが声の調子と眉を下げて、まさに深刻そうな顔をしたのでイリアは思わず聞き返す。


「え? そこまで深刻?」

「はい。魔界で育ったイリア様はご存知ないと思いますが、魔獣界で結婚を正式に認めるには条件がありますの」

「は? 何それ? 条件?」


 イリアは魔獣と悪魔の血を持つ王族なので、魔獣界と魔界の両方に結婚を認めてもらう必要がある。

 そしてエメラが淡々と告げた『条件』とは衝撃的な内容であった。


「条件とは『婚約中に懐妊すること』ですわ」


「……は?」


 イリアはティーカップを口元に運んで紅茶を一口飲むが、その間も思考はグルグルと回り続けている。


「懐妊って……身籠もる? アタシが、レイトの子を?」

「はい、その通りですわ」

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