その③

            ◇ ◇ ◇


 全ての処置が終わったのは日没間近のことでした。

 最終的に救えたのはサラちゃんが処置した3人。中等症と判断した2人のうち、1人は全治2週間ほどと診断しました。もう一人は縫合が必要なほど深い傷を負っており、こちらは全治3週間。いずれも命に別状はありませんでした。

「診断書出来たから埋葬の準備お願い」

 ただ事務的に書類を仕上げ、それをエドに手渡す私は診察台の上に横たわる遺体に目をやります。助けられなかった。その悔しさは隠すことが出来ません。幾ら事務的に進めてもその気持ちまで殺せません。

「大丈夫か」

「平気。だてに8年薬師をしてきた訳じゃないよ。この人は今日死ぬ運命にあった。それだけだよ」

「他の3人は」

「1人は明日セント・ジョーズ・ワートまで送るけど、残りは薬を出せば問題ないと思う」

 部屋の片隅で寝息を立てる怪我人たちの状態は良好。薬の効果もあるのだろうけど、いまのところ急変する心配はなさそうです。

「いくら緊急事態と言っても“一緒”は嫌だな」

「それは失礼だよ。この人はウチまで頑張ったんだよ」

「……そうだな。悪い」

 私の指摘を素直に受け入れるエドだけど。遺体と一緒に寝るのだからその感覚が普通なんだと思います。

 ウチには遺体安置用のベッドはもちろん、患者さん用のベッドすらありません。普段は薬を出し、そのまま帰宅してもらうか私が患者さんの家に行って診察するのでいわゆる『入院』は端から想定していないのです。とはいえ、怪我人を外に放り出すほど腐ってはいないので今回は診察室の片隅に彼らの為の簡易的なベッドを作り、亡くなった方は診察台に安置することにしました。

「――で、どうするんだ」

「今夜はここで寝るよ。万が一ってこともあるし」

「そうじゃねぇよ。サラをどうするんだって聞いてるんだ」

「それは……」

 少しだけ語尾を強めるエドを前に言葉に詰まる私。

「あの言い方はさすがにないと思うぞ」

「……」

「薬師でもなんでもない俺に言われたらムカつくかもしれないけどさ、サラの考えも一理あるんじゃないのか」

「わかってるわよ」

 反論したい気持ちを抑え、ただそれだけ言い返した私はカルテの仕上げに入りました。

 サラちゃんが処置をした3人は助かりました。迅速な対応が功を奏したと言える面もあります。けれども重傷者を差し置くほどの緊急性はなく、本来であればアリサさんの代わりに私の補助をするべきでした。少なくとも程度の違う複数のけが人から誰を最優先に治療するべきか、その選別を彼女は見誤りました。

 もちろん、経験不足と言うのも理由にあります。ですが彼女の場合、経験不足と言うよりも情に流されたと言った方が正しく、全ての処置を終えたところでそのことを指摘しました。それもかなり強い言葉――ふだんなら絶対言わないようなことまで言ってしまい、サラちゃんは診察室を飛び出し……違う。私が追い出したと言った方が正しいよね。

「……私、先輩失格かな」

「そんな訳ねぇだろ」

「エド?」

「あいつを一人前の薬師にしたいからあんな言い方したんだろ」

「……うん」

 別に慰める訳でもなく、ただ私を受け止めてくれるエドは「おまえもまだまだ新米なんだな」と笑いました。

「なんで笑うのよ」

「俺もついにおまえを諭す側になったんだなって。こういうのアリサさんの仕事だろ?」

「エドのくせに偉そうなこと言わないでよ」

「はいはい」

 ムスッとする私を尻目に診察室を出て行くエドに余計ムスッとするけど、同時に少しだけ荒ぶっていた心が落ち着いた気がしました。さすがというか、旦那様と言うだけあって私(妻)の扱い方には長けているよね。

(明日、サラちゃんに謝らなきゃ)

 先輩として後輩を叱るのは当然のこと。でも今回は少し言葉が乱暴すぎました。私にも悪いところがあった。なら謝らなきゃ。

 明日の朝、今日診た怪我人をセント・ジョーズ・ワートまで送り届ける前にサラちゃんの家に行って謝ろう。そう決めた私はいまは亡くなってしまった男性の冥福を祈って手を組みました。

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