その②
◇ ◇ ◇
バートさんたちが運んできた怪我人は村の外を通る街道沿いで倒れていたそうです。
偶然通りかかったバートさんらによって助け出された4人の男性は軽症が2人、中等症1人と重篤者が1人。軽症者から聞き取った話やバートさんたちの情報を総合するとこの人たちはどうやら獣に襲われたみたい。4人とも程度に違いはあるけど背中や腕、顔に引っ掻き傷が無数にあり、1人は右大腿部から下が食い千切られていました。
「この人を最優先で処置しますっ」
「で、でもこの人たちは……」
「そっちの2人は軽症! もう1人も処置はあと! 優先すべきはこの人!」
「け、けど……」
診察台に寝かされた右足欠損の男性ではなく、床に寝かされた怪我人を見つめるサラちゃんは決心がつかない様子。気持ちは分かる。分かるけど感情で動く時ではありません。
「サラちゃん!」
「わたしは……」
「こっちに集中して!」
「わたしはこの人たちを診ます!」
「ああもう!」
悪態を突く私は1人で処置を始めます。まだ息はある。傷口を処置して薬を投与すれば見込みがあります。少なくとも医師へ引き継ぐまでの時間稼ぎは出来ます。ならば全力で手を尽くすのが薬師。情に流された後輩を横目に眼前の重傷者に神経を集中させます。
「アリサさん。麻酔薬をこっちに」
「あ、ああ。これで良いか」
「はい。バートさん、運んできてくれた直後で申し訳ないですが馬車の手配をお願いします」
「運ぶのか」
「ここでは救命処置しか出来ません。あの時のように街へ運びます」
患者に麻酔薬を施しながら処置プランを二人に伝える私は一秒でも早く麻酔が効くのを願います。
「すぐに処置しますからね。もうちょっと頑張りましょうね」
出血のショックで意識を失っている男性に話しかける私は彼の手を強く握ります。彼が握り返してくることは無いけど体温を感じられるし、呼吸が極端速い訳でもない。この人はまだ頑張れる。絶対、見捨てる訳にはいかないんだから!
「アリサさん。ピンセットをお願いします。あと調薬ナイフも」
「やるのか」
「はい。汚れや骨片を除去しないと処置出来ないので」
出来るだけ落ち着いた口調でトレイに乗せられた器具を要求する私は深く息を吸います。これだけの創傷処置は久しくしていません。知識はあるし、経験もあるけど最後はこの人の気力に掛かってます。
「大丈夫ですからね。頑張りましょうね」
意識を繋ぎ止めるように優しく話し掛ける私はピンセットを手に取り、傷口に付いた異物の除去を始めます。麻酔で痛みは感じないはずだけど手早く終わらせなきゃ。
(まずは……)
比較的大きな物から取り除こう。そう思った時でした。
「ソフィー殿!」
助手代わりを務めてくれているアリサさんが叫びました。
「呼吸がない!」
「嘘でしょ!」
アリサさんの言葉に処置を中断し、患者さんの右手首に触れて脈を取りますがその刹那、今日一番の声を張り上げました。
「強心剤!」
たった一言。それだけ言い放つと同時に患者さんの胸を両手で強く押しました。出血が多過ぎて容態が急変してしまったのです。
「急いで出して!」
力いっぱい心臓マッサージを施す私は自分に、そして神様に悪態を突きました。覚悟はしていたけど、本当にならなくても良いじゃない。この人はここまで頑張ったのだから助けてあげてよ!
「まだなのっ!」
「ソ、ソフィーさん……わたしも……」
「邪魔よ!」
「っ⁉」
「あなたはそっちを診てなさいっ」
背後からする声に怒りをぶつける私は蘇生処置を続けます。本当はこういう時こそ冷静にならなければなりません。でも私だって一人の人間です。薬師だからとか関係なくこの人を救いたい。その一心で手を動かしました。
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