第5.5話 その日を夢見て

その日を夢見て

 こんにちは。サラ・オレインです。薬師をしています。

 薬師と言っても修業中の身です。いまはエルダー村で薬局を営んでいるソフィアさんの下で一人前の薬師になる為に頑張っています。

「サラちゃん。ちょっと往診行ってくるから留守番お願い出来る?」

「は、はいっ」

「誰か来るかもしれないけど、よほど重症でなければ診てあげてね」

「はい――え?」

「それじゃ行ってきまーす」

「え、ソフィーさん⁉」

 麦わら帽子を被るソフィーさんは引き留めるわたしに気付かないのか往診かばんを手にそのまま店を後にします。エドさんはルーク君と出掛け、アリサさんも薬草と採りに行っているので残っているのはわたしだけ。村に来て初めて一人での留守番です。

「だ、大丈夫だよね」

 窓の外に見えるソフィーさんはふと立ち止まるとこちらを振り返り、わたしに手を振ってくれました。ソフィーさんはわたしを信頼して留守を任せてくれたんだ。ならその期待に応えないと。

「わ、わたしだって薬師なんだ。頑張らないと」

 初めての一人での店番に不安な自分を勇気づけるように力強く頷き、とりあえず頼まれていた薬草の補充に取り掛かります。

「それにしてもすごい数の引き出しだなぁ」

 診察室を兼ねた調薬室の壁一面にある薬草棚には無数の引き出しがついています。その一つ一つは10センチ四方と小さく、それぞれに薬草名が書かれたラベルが張られています。

「えっと“ミナミヒイログサ”は……うん。まだ余裕がある」

 基本的な材料の一つである“ミナミヒイログサ”の引き出しは2つあります。それだけ使用頻度が高いということだけど残量は十分。まだ補充の必要がないみたいです。

「それから“シマナツミカン”。こっちはちょっと減ってるね」

 薬草庫から在庫を持って来ないと。あと“ローズセリ”も補充した方が良さそうだけど、これは麻酔薬くらいしか使い道がないからソフィーさんに聞いた方が良いかな。

村に来て3カ月。最初は上手くやって行けるか不安だったけど、村の人たちはみんな優しくて、ソフィーさんからも最近は軽症患者を任せてもらえています。

「あとは鍵付き薬棚だけど――」

 しまった。ソフィーさんに鍵の在り処を聞いてなかった。

 部屋の隅、薬草庫に繋がる扉の横にある棚は全ての引き出しと扉には鍵が掛かっており、その中には薬の材料となる毒草や使い方を誤れば命の危険もある薬が保管されています。

「こっちはソフィーさんが帰って来てからだね」

 鍵の保管場所はソフィーさんしか知りません。エドさんと結婚する前は留守にしない限り日中は鍵を掛けていなかったらしいけど、ルーク君が生まれてからは都度施錠するように改めたそうです。ルーク君が勝手に開けて悪戯しないようにするのが理由らしいけど、防犯上も良くないとリリアさんに叱られたのが大きいみたい。

「採集者のアリサさんにも教えていないなんて、ほんとに管理が厳しいんだ」

 毒草を扱って良いのは薬師と採集者だけ。そして毒草から薬を作れるのは薬師だけ――学校ではそう教わりました。一般的な調薬は医師でも可能ですが毒草を使った薬の調薬は薬師しか許されていません

「ソフィーさんも言ってたよね『この棚の中の物は命に代えてでも守らなきゃいけない』って」

 命に代えてって言うのは少しばかりオーバーかもしれないけど、それくらいの覚悟が必要ってことです。わたしが選んだ薬師という道は並大抵の覚悟じゃ務まらないんです。

「はやく一人前の薬師にならなきゃ」

 どんなに早くても一人前と認められるには5年掛かります。リリアさんから好きなだけソフィーさん師匠に迷惑掛けなさいと言われ、ソフィーさんからも同じことを言われました。薬師ならみんな通る道だから失敗を恐れる必要はないと。新人にとって心強いその言葉を飾らず言えるソフィーさんはわたしの憧れです。

「――さてと、薬草のチェックは一通り終わったから……」

 鍵付き薬棚のチェックは一先ず後回しにして、カルテの整理……はソフィーさんがしてるから、道具の手入れをしようかな。

 薬草の補充やカルテの整理はもちろん大切ですが、毎日欠かせないのは調薬道具の手入れ。わたしたちの商売道具なのだから日々のメンテナンスは欠かせません。わたしも自分専用の道具を持ってるけど、今日はまだ使っていないから、先にソフィーさんの道具から始めようかな。

「やっぱり年季入ってるよね」

 ソフィーさんが使っている薬研や乳鉢はどれも薬草の汁が染みつくほど古く、乳鉢に至ってはひび割れが起きています。

「これって薬師になった時に買ったのかな」

 人によるかも知れないけど、調薬道具は一生モノと言われています。それでもひび割れしても使い続けるなんてソフィーさんはこの乳鉢が本当に大切なんだ。割れてしまわないよう慎重かつ丁寧に拭きあげなきゃ。タオルを使い丁寧に乾拭きしながらそんなことを思います。

「これも修業のうち、だからね。頑張らなきゃ」

 ソフィーさんは自分の道具だけ手入れすれば良いと言ってくれますが、こうやって先輩の道具を手入れしていると格の違いを実感させられます。

 いつかソフィーさんを超える薬師になる。その日を夢見て今日も先輩の道具の手入れをしています。

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