その③
「私はまだ正式に受け取っていません。勝手に辞められたら困りますよ」
「ソフィー殿、それは――」
「休んだ分、しっかり働いてもらいますからね?」
ニコッと笑みを見せる私に戸惑う顔を見せるアリサさんですがすぐに「もちろんだ」と頷きます。その様子をエドはやれやれと言った感じで見守り、サラちゃんはそんな私たちを前にキョロキョロしています。そういえばアリサさんのことをまだちゃんと紹介していなかったね。
「この人はアリサさん。ウチで採集者さんをしてくれてるんだよ」
「え? でもさっき退職願がどうとか……エドさん?」
「サラ、それは聞かなかったことにしろ」
「は、はい」
さすがサラちゃん。聞き訳が良くて助かります。まぁ、別に疚しいことをしている訳じゃないし、退職願を出さずに旅立ってしまったのも事実だから間違いじゃないんだけどね。
「アリサさん、今日はこのまま泊まってください」
「良いのか?」
「もちろんです。って言うか、住む場所は見つけたんですか」
「実は少し前にバート殿に手紙を出していたんだが――」
「バートさん、私たちに内緒にしてたんですねっ」
この間、使ってない空き家の修理をしていたけど理由はコレだったんだね。まったく、言ってくれれば手伝ったのに!
「ソフィー殿、アタシが黙っていてくれと頼んだんだ。いつ村に着くかその時は分からなかったからな」
「ま、まぁ。そう言うことなら仕方ありませんね」
「あ、あの、ソフィーさん?」
「なに?」
「アリサさんってずっとここで採集者していたんですか」
「うーん。知り合ったのも偶然だし、元々は薬草の行商をしてたんですよね?」
私もウチに来る前のアリサさんのことはよく知りません。リズさんと旅をしながら各地の薬師に薬草を売っていたことは聞いていますが、それ以外のことは昔話程度しか聞いていません。
「アリサさんって、ウチに来る前はリズさんって人と一緒に旅をしてたんだよ。でしたよね?」
「ああ。採集者の免状を取ってすぐ家を出た。国中を回るのがあいつの夢だったからな」
「良いなぁ。リズさんにも会ってみたいです」
「――っ⁉」
なにも知らず、純粋な思いを口にするサラちゃんに思わず私は下を向いてしまいます。そして、
――もういないの。
ポツリと呟きました。
「リズさんはもういないんだよ」
「……え?」
「村に来て初めて書いた死亡診断書がリズさんだったの」
言わなきゃ良かったと後悔しても遅いのは分かっています。一瞬にして空気が変わりました。
「死亡診断書って……」
「リズさんは蛇毒で亡くなったの。アリサさんは蛇に噛まれたリズさんを助けたくてウチに駆け込んできたの。それが知り合ったきっかけだよ」
「そ、その……ごめんなさい」
「サラ殿が謝る必要はない。あの時のリズは既に瀕死の状態だった。正直、助かるとは思っていなかった。それに、リズはいまでもすぐ近くにいる」
「……近く?」
「この村の墓地で眠っている。エドのお陰だ」
「俺はただ爺ちゃんに墓地を使わせてくれって頼んだだけですよ」
「だとしても埋葬できなければ獣の餌になっていた」
改めて礼を言わせてくれと言うアリサさんを前にエドと私は無理に笑顔を作ります。少し湿っぽくなっちゃったね。
「さてと、今日はもう遅い、というか真っ暗だからサラちゃんもウチに泊まったら?」
「良いんですか。そ、その……ご迷惑じゃないですか」
「大丈夫だよ。さすがに4人一緒は無理だから二人は書斎を使って。アリサさんそれで良いですか?」
「ああ。もちろんだ」
「アリサさん良いんですか。コイツの書斎、物置代わりになってますよ」
「ちゃんと片付けたよ!」
なんで余計なことを言うかな。サラちゃんが来てから少しはマシになったと思うんだけどな。そんなことを思う私を見て「相変わらずだな」と笑うアリサさん。この感じもなんだか久しぶりです。
サラちゃんが弟子となり、旅に出ていたアリサさんが戻ってきた薬局。一段と賑やかになったお店を1日でも長く続けよう。そして少しでも早く師匠を追い抜けるように頑張ろう。そう決意を新たにする私でした。
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