その②

             ◇ ◇ ◇


「ほんとに任せるつもりだったのか」

 お店を閉め、サラちゃんを家に帰した後のこと。ルークも寝かしつけた夫婦の時間。いつものように紅茶を飲みながらエドが訊ねてきました。

「免状は持ってるかもしれないけどさ、なんて言うか――」

「エドはサラちゃんに診てもらうのは不安?」

「あいつには悪いけどな。俺はソフィーを選ぶ」

「もうエドったら」

 もちろんエドはそんなつもりで言った訳じゃないけど、あえて私は惚気た素振りを見せました。

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね、薬師は経験が物を言う。それは知ってるでしょ」

「それは分かるけどさ、あいつって何処かオドオドしてるだろ? あんな状態で診てもらうのはちょっとなぁ」

「そうだね。誰かの命を預かる以上は自分に自信を持たないといけない。サラちゃんにはそれが足りないよね」

 本人がいないところで陰口を言うようなことはしたくないけど、彼女に薬師としての度胸が足りないのは事実です。それを克服して欲しいから臨床を任せようと思ったのにこういう日に限って患者さん来ませんでした。午後になって薬用品を買いに来た人が二人いただけです。

「村の人が健康なのは良いことだけど、誰か風邪でもひいてくれないかな」

「薬師が言うことじゃねぇだろ」

「そうだけど、早く経験積んで一人前になって欲しんだもん」

「ま、気持ちは分かるけどな。気長に待てばいつか一人前になるだろ」

「意外だよね」

「なにが?」

「ルークのこともそうだけど、エドって意外と放任主義だよね」

「親父たちがそんな感じだったからな。知ってるだろ?」

「そうだっけ?」

 お義父さんたちと会ったのは数回だけ。二人とも国中を旅しているみたいで初めて会ったのは結婚する少し前です。第一印象は二人とも優しそうで私のことを本当の娘のように可愛がってくれた記憶があります。

「ま、おまえには過保護気味だけどな」

「そ、そうなんだ」

「そういう訳だから俺も必要以上に干渉するつもりはないな」

「ふーん」

「なんだよ」

「別に」

 ツンとそっぽを向く私はカップに口を付けます。いまさら知ることになったエドの教育方針に少しだけ納得のいかない私。過保護なのは良くないけど、なんだか私に任せきりにしている気がしてなりません。

「ねぇ、エド?」

「なんだよ」

「私は別にルークを甘やかしたい訳じゃない。でも、父親としてその言い方はどうなのかな」

「俺だって一緒に散歩したり遊んだりしてるぞ。つか、おまえはルークに甘すぎだ」

「自分の子なんだから仕方ないでしょ。大体エドは――やめよっか」

「そうだな」

 私の休戦提案を素直に受け入れてくれるエド。熱くなり過ぎる前に仲直りするのが私たちで決めた暗黙のルール。言いたいことは言いつつ、琴線に触れる前に止めるのが仲良しの秘訣なんです。

「明日はどうするんだ?」

「サラちゃん? 患者さんが来ればその人を診てもらうけど、なにもなければ往診に付き合ってもらうかな」

「そっか。まぁ、アレだな。早く店を任せられるようになると良いな」

「さっきと言ってること違わない?」

「サラが店番出来るようになれば二人で何処か行けるだろ。新婚旅行まだ行ってないからな」

「私がいいって言ったんだから気にしなくて良いんだよ」

「そういう訳にもいかねぇだろ。ごめんな。絶対連れて行ってやるから」

「も、もう! 急になに言うのよ」

 口喧嘩の埋め合わせなんだろうけどそれはズルいよ。そんなところに惹かれたことは否定しないけど、エドってホント卑怯です。

「なんだよ」

「なんでもない。ねぇ、エド?」

「ん?」

「私、温泉行きたいな」

 昔、アリサさんと言った温泉にエドと行きたい。そうおねだりする私に「わかった」と短く返すのはいつものこと。素っ気ない感じもするけど昔からなので気にさえせず、夫婦で過ごす大人の時間は過ぎてゆくのでした。

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