その③


              ◇ ◇ ◇


 その日の夜。サラちゃんはリリアさんと一緒にドスさん夫婦が営む宿に泊まることになりました。

 結論から言えばサラちゃんを弟子にすることにしました。もちろんお給金は出すし、代わりと言ってはなんだけど店番要員にもなって貰います。急な話だったこともあって二人が宿に戻り、エドと二人になったいまも実感がありません。

「――良かったな。おまえもついに先輩なんだな」

「そうだね」

「嬉しくないのか?」

「なんて言うか、私で良いのかなって」

 ルークを寝かしつけ夫婦水入らずの時間。二人そろってお酒が弱いので紅茶とクッキーで大人の時間を楽しむのが私たちなりの過ごし方。ですが今日は初めてできた後輩のことで不安な胸の内を吐露する時間になりました。

「私は養成学校を卒業せずに独学に近い形で薬師になった。臨床経験はそれなりにあるけど私のやり方が正しいとは言い切れないよ」

「ルークさんは一通り教えてくれたんだろ。その通りにすれば良いんじゃないか? それに免状持ってるなら教えることはそんなにないだろ」

「学校で習うのは基礎的なことだけ。言ってしまえば試験に通る為に必要な知識だけなんだよ。あとは先輩薬師の下で実力を付けて行くの」

「だったら問題ないだろ。おまえの腕は確かだ。俺が保証する」

「ありがと。私、エドと結婚して良かったよ」

「な、なんだよ。急にそんなこと言われても困る」

 照れ隠しのつもりなのかな。そっぽを向くエドはむかしウチで働いてくれていた採集者さんの話を始めました。

「最近アリサさん来てないな」

「ねぇ、こんな気立てのいい奥さんの前で他の人の話する?」

「気立てがいいは余計だろ。この間来たのは何時だっけ? ほんと何処にいるんだろうな」

「もうエドったら」

 私だから良いけど、その言い方ってまるでアリサさんに気があるような感じに聞こえるよ。まぁ、アリサさんがウチに寄ったのは去年の今頃が最後だから確かに気になるかな。この店を辞めて旅に出て以来、半年に一度は顔を出してくれていたから少し心配です。

「手紙出そうにも居場所が分からないからね。寄ってくれるのを気長に待つしかないね」

「サラを見たら驚くだろうな」

「そうだね。それにしても私に弟子かぁ」

「まだそれ言うのか」

「だって初めての後輩だよ。先輩としてちゃんとしなくちゃ」

「そう思うなら少しは書斎を片付けろ」

「ギクッ⁉」

「そういえばこの間も医術書買ってたよな」

「あ、あれはね? うん。アレだよ」

 ジト目のエドを前になにも言えない私。完全に形勢逆転しちゃったね。

 薬局から続く住居部分の一階。2階に夫婦の部屋を作ったいま、私の寝室だった部屋は書斎として使っています。

「結婚してからだよな。足の踏み場もないほど散らかりだしたの」

「だ、だって一部屋まるごと書斎に使えると思ったら……」

「おまえと結婚して一つだけ後悔がある」

「な、なによ」

「薬のこと以外はズボラだったってこと」

「書斎だけだから良いでしょ! あとはちゃんとしてるよ」

「サラのことはともかく、あれじゃルークになにも言えねぇぞ」

「わかったわよ。今度片付ける」

 至極当然のことを言われる私は渋々ながら片付けを約束します。昔はどちらかと言えば私がエドに小言を言う方だったけど、いまは私が小言を言わる機会が増えました。夫としての威厳と言うかルークの為に言っているようです。子は親の背を見て育つって言うし、エドの言っていることは間違ってないのでそこは素直に従います。

「手伝ってやるからちゃんと片付けろよ」

「わかってるわよ」

「ほんとか~? ま、良いけどさ。そろそろ寝るか?」

「もうちょっと起きてるよ。やることあるし」

「は? まさかいまから片付けるのか」

「さすがにしないよ。ちょっとね、久しぶりにあの人に書こうと思って」

「そっか」

 あの人への手紙を書くとわかると「遅くなるなよ」と言って私を一人にしてくれるエド。そんな彼と一緒にリビングを出た私は2階へ上がらずに書斎へ入ります。

「……たしかにこれは酷いね」

 月明りが差し込む室内は机の周囲を除けばほとんど床が見えてません。棚に収まり切れない学術書や昔使っていた調薬道具が散乱しています。それなりに整理してたはずだけど、この惨状を見ればエドも片付けろって言いたくなるよね。改めて見渡すと溜息が出てしまうけどこれ、私が犯人なんだよね。

「今度のお休みにやっちゃうかな」

 今週は往診の予定もあるからすぐには無理だけど本気で片付けないと。そんなことを思いながら窓際の机に向かう私。月明りだけでは暗いのでオイルランプに火を灯し、椅子に座ると引き出しから便箋を取り出します。

「――さてと」

 ペン先をインク瓶に浸しながら手紙の書き出しをどうするか悩む私は結局、いつも通り『――前略』から始めることにしました。

「――えっと。師匠 お元気……じゃない。お久しぶりです」


 ――あなたに手紙を書くのは何年振りでしょうか。もう書くことは無かったと思ってましたが、どうしても知らせたいことがあって手紙を書くことにしました。

 師匠、私にもついに後輩が出来ました! 試験に合格して薬師になったばかりの子です。名前はサラ・オレイン。リリアさんが連れてきた女の子です。ちょっと頼りなさそうな感じですが真面目そうな子です。

 薬師になって8年。まだまだあなたに追い付くことが出来ない私です。それでも初めてできた後輩の為に先輩として、指導役としてこれからもっともっと頑張りたいです。だから師匠――


「――空の上から私たちを見守っていてくださいね……っと。こんな感じかな」

 久しぶりに書いた手紙が師匠のもとへ届くことはありません。王都へ行く用事もないのでお墓に供えることも出来ません。それでも手紙と言う形で師匠へ報告したかったのです。他人はそれをただの自己満足と言うかもしれません。けれど私にとってはすごく重要なことなんです。

「……たまには会いに行かないといけないかな」

 引き出しに仕舞うだけの手紙を律儀に封筒へ入れ封をする私はボソッと呟きます。最後にお墓に行ったのはエドと結婚する前だから4年くらい前だっけ。

 「サラちゃんにお店任せれるようになったら行こうかな」

 師匠がしたようにいきなり店を任せるようなことはさすがに出来ません。とはいえ、一人で店番出来るようになれば私もこれまで以上に自由が利くようになります。まずはそれを目標にしようかな。

「サラ・オレイン……どんな薬師になるのかな」

 初めてできた後輩。彼女の腕前は私の教え方次第で良くも悪くもなってしまいます。ですがリリアさんが彼女を私に託したのはそれだけ私の腕を見込んでくれているからです。その期待に応える為にもサラちゃんを一人前の薬師に育てなきゃ。


 薬師になって8年。私にもようやく後輩ができました。

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