その②
◇ ◇ ◇
確かに手紙には近々行くと書いてありました。書いてありましたけど――
「来るの早くないですか⁉」
翌日。突然の来客者に思わず声を上げてしまいます。
「昨日手紙を受け取ったばかりですよ!」
「そりゃ手紙出した次の日には馬車に乗ったもの。同じくらいについて当然でしょ」
「それ、手紙出す意味あります?」
「事前予告は大切でしょ」
留守だったら困るしと言うリリアさんは相変わらずでした。ある意味自由奔放で放任主義に見えるけど実はすごく面倒見の良い先輩薬師。私がまだ新米薬師を名乗っていた頃はすごくお世話になったし、いまもこうして時々様子を見に来てくれる頼れる人です。
「店の方は順調みたいね」
「はい。家族3人分くらいはなんとか」
「結婚してすぐだったかしら。チビ助が生まれたの。あんたって意外と隙が無いわよね。それにしても『あの』あんたがねぇ?」
「ぐ、偶然です! って言うか何時になったらその話忘れてくれるんですかっ⁉」
「これって後世に語り継がれるものじゃないの?」
「違います!」
なんで黒歴史って消えてくれないのかな。あの話はいますぐにでも闇に葬り去りたいのにまだしばらくは笑い話の種になりそうです。
「それで、今日は一体なんの用ですか。と言うか、その人は誰ですか」
「あんたの弟子よ」
「弟子?」
「そう。まぁ、正確にはこれから弟子になる子だけどね」
今日のリリアさんはいつもと違い“お連れ様”がいました。大きな旅行鞄を両手で持つ女の子。歳は15、6ってところかな。私たちのやり取りをオドオドしながら見ている彼女はリリアさんに促され、ようやく自己紹介をしてくれました。
「サラ・オレインと言います。そ、その……ソフィアさんのことはリリアさんから聞いています。えっと、その……」
「そんなに固くならなくて良いわよ。ソフィアは意外とポンコツだから」
「リリアさん、ちょっと黙ってもらって良いですか」
「え? あ、ごめん」
よほど怖い目をしていたのかな。リリアさんは素直に私の言葉に従い、その様子を見たサラと言う少女は少し委縮してしまったみたい。私の顔色を窺っているように見えます。
「えっと、サラちゃん?」
「は、はいっ」
「そんなに緊張しなくて良いよ。修業先を探しているってことは薬師になったばかり?」
「は、はい。この間の試験になんとか合格して、それで修業先を探していたんです」
「そっか。リリアさんとは知り合いだったの?」
「いえ。学校に張り出された求人を見たんです」
「え? 養成学校って修業先まで面倒見てくれるの?」
「はい……え?」
「ソフィアは学校行ってないのよ。独学で薬師になったのよ」
首を傾げるサラちゃんに私の経歴を話すリリアさんはそのまま話を続けました。どうやら私のことはなにも話していないみたいです。
「このコはねジギタリス出身の孤児だったのよ。で、ある天才薬師に拾われて彼の下で独学したの」
「天才薬師だなんて。師匠はそこまで凄い人じゃないですよ」
「あんたが謙遜してどうするの。とにかく、ソフィアは薬師としての腕は間違いなく良いわ。だから修業先には申し分ない。ただそれだけよ」
あれ? いまもしかして私褒められたの?
昔からだけどリリアさんは滅多に誉めてくれません。新しいレシピの相談をしてもなにかしら文句……いえ、アドバイスをくれますが100点をくれることはありません。
「なによ?」
「い、いえ。リリアさんから褒められるのに慣れてなくて」
「あたしだって褒める時は褒めるわよ。で、どうするの。弟子に取るの?」
「そうですねぇ……」
勿体ぶる私はわざとらしくサラちゃんを見つめました。リリアさんが連れてきたってことは見込みがあるのだろうけど、だからと言ってすぐに返事はしない方が良いよね。
「――サラちゃん」
「は、はいっ」
「どうして薬師になろうと思ったの?」
「わたしはセント・ジョーズ・ワートの南にある小さな村で育ちました。村に薬師はいなくて、何度も薬師の派遣を協会へ陳情しました」
「もしかして村で薬局を開きたいから?」
問い掛けに頷くサラちゃんは何処か私と似ている。そう感じました。
医師と比べ、小さな町にも店を構えることが多い薬師は庶民にとって彼らよりも身近な存在です。それでも国の隅々まで薬局があるかと言えばそうではありません。この村も私が来るまで薬師はいなかったし、まだまだ田舎では薬師が足りていないのが現実。そんな世界をこの子は見てきたんだ。
(なんだか小さい時の私を見てるみたい)
私とサラちゃんでは育った環境は違うだろうし、考え方や価値観も違うはず。それでも薬師として大切な人の役に立ちたい。その思いは私と同じようでした。
「ねぇ、サラちゃん」
「は、はい」
「正直に言ってウチは患者さんが少ないし、調薬する薬も大体決まってる。小さな村だから仕方ないけど、修業場所にするには物足りないと思う。それでもここで修業したい?」
「ソフィアさんのお話はリリアさんから聞いています。話を聞いた上でここで修業したいと思いました」
「そっか。それじゃまず、住むところを探さないとね」
「そ、それって!」
不安そうな顔をしていたサラちゃんの顔がパッと明るくなります。リリアさんの紹介って時点で答えは決まっていたけど、それじゃ見る目がないとか後でリリアさんに言われそうだから少しだけ先輩らしい素振りをしてみました。
「ウチにいた採集者さんが使っていた空き家が残ってるはずだから、後で管理人さんのところに行こっか」
「はいっ。あの、その……ソフィアさん!」
「ソフィーで良いよ」
「ソフィーさん! わたし、早く一人前の薬師になれるよう頑張ります!」
「うん。一緒に頑張ろうね」
緊張の中にもやる気に満ちた目は眩しいくらいに輝いていました。薬師として王都を旅立つときの私もこんな目をしていたのかな。もちろんいまもあの時の気持ちは忘れてないけど、サラちゃんを見ているとあの頃抱いていた立派な薬師になるって気持ちを思い出させてくれるようでした。
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