第二章 巨獣たちの楽園
第36話 『切り拓く者たち』始動
あの日、俺とシャルは正式にチームを組むこととなった。
チーム名はシャルの誘い文句から流用し、『
開拓者ギルドから正式にランクの更新が行われたあと、俺たちは早速未踏破領域に挑むことに――はならなかった。
シャルが言うには、色々な準備が足りていないらしい。
「準備と言うが、具体的に何をする必要があるんだ?」
「どの未踏領域を攻略するかによって、当然装備や必要な道具が変わってくるでしょ? その準備。……でも、それよりまず先に私たちには足りていないものがあるわ」
「足りていないもの?」
「わからないの? 実績よ。実績」
……なるほど。
確かに俺たち――いや、正確に言うと俺には実績がほぼない。
そんなもの未踏領域攻略には必要ないだろうと言いたいところだが、ギルドという組織に所属している以上そうも言えないだろう。
軍人時代の俺は実績でのし上がったタイプなので、その大切さは身に染みている。
「私たちは未踏破領域を一つ攻略したとはいえ、チームとしての実績は皆無よ。現状、まともな依頼は受けられないわ」
「やはりそういうものなのか」
「ランクが上がれば、多くの依頼を受ける資格が得られるわ。けれども、それはあくまでも資格を得られたというだけ。実際にその開拓者が依頼を受けられるかどうかは、ギルドが判断することになる。私たちの場合は、本来ランクを上げるために経るハズの実績もないワケだから、必然的にギルドの判断も厳しくなるでしょうね」
まあ、仕事に対する信頼とは実績から生まれるものなので、シャルの言うことも理解はできる。
しかし、だったらランクとは一体何の意味があるのか? とも思ってしまう。
これでは、特例でランクが上がったことに何の意味も見いだせないではないか。
「ふふん、複雑な顔してるわね。ま、気持ちはわかるわ。だったらランクが上がった意味ないだろ! って思うものね。でもまあ、ギルド側の気持ちもわかるでしょ? 特例でランクの上がった実績のない開拓者の扱いなんて、正直面倒でしかないわ」
「……まあ、それもそうだな」
納得いかない気持ちはあるが、こればかりはどうにもならない気がする。
俺だって、かつてなんの実績もない奴が上司になったときは反発心を覚えたものだ。
ギルドだけでなく、他の開拓者達と余計な軋轢を生まないためにも、実績は必要になってくるだろう。
「実績が必要なことについては理解したが、具体的にどうするつもりだ?」
「地道に調査依頼を受けていくしかない――と言いたいところだけど、それだと時間がかかり過ぎる。なので、可能な限り難易度の高い依頼を達成して評価を上げるつもりよ」
「……? いや、そういう難易度の高い依頼が受けられないから実績を積む必要があるって話じゃなかったか?」
「マリウスは知らないでしょうけど、依頼の中には難易度の高さとは関係なく受注できるものがいくつかあるの」
そう言ってシャルは机に何枚かの依頼書を広げた。
ザっと目を通したが、特に変わった依頼はない――と思ったが、一つの共通点に気づく。
「依頼の初回発行日時が随分と古いものが多いな」
「ちゃんと気づいたわね。そう、これらの依頼は発行からかなりの時間が経過しているのに、未だ達成されていないものよ」
依頼の初回発行日時を見ると、ほぼ全てが1年上経っており、中には10年以上経過しているものもある。
これだけの期間達成されていないのだから、何か理由があるのだろう。
「達成されてない理由は色々あるけど、主な要因はデウスマキナの要求スペックだと私は見てるわ。たとえば、これを見てちょうだい」
シャルが指し示す依頼の内容を確認する。
内容は……、火山岩や噴石の撤去?
「依頼の発信元は、カルド公国。この国は小国だけど、未踏領域に指定されるコラプス大火山があるわ。コラプス大火山は現在休眠状態と言われてるけど、100年近く前に一度噴火しているの。その爪痕が現在も残っているってワケ」
「しかし、そういうのは本来国の仕事じゃないのか?」
自然災害などの対応は本来国の仕事である。
自国の軍や、あるいは業者に委託するケースもあるだろうが、開拓者に依頼するような内容とは思えない。
「もちろん、国でも対応はしたでしょう。でもカルド公国は小国だし、費用的にも人員的にも限界がある。結果、重要度が低いとされる地域への対応は後回しにされたのよ」
なるほど、ありそうな話だ。
国ではなく、組織という単位で見てもそういったケースはあちこちで散見する。
優先度が低い作業は後回しにされ、結局手付かずのまま放置されているというワケだ。
「……その結果、開拓者ギルドに依頼が回ってきたということか」
開拓者、厳密には開拓者
その超法規的とも言える特権を利用すれば、自国のリソースを使用しなくてもいい――ということなのだろう。
「こういう依頼は、開拓者の活動として見ると微妙にズレてるんだけど、どこの国も利用できるという便利さから暗黙の了解的に認められているの。ほとんどこじつけで未踏領域案件にしてね」
「なるほどな」
「話を戻すわよ。この噴石撤去の依頼だけど、実は結構な大仕事でね。これを見てちょうだい」
シャルはそう言って胸元から小型タブレットを取り出し、手慣れた操作で画面を操作して俺に見せてくる。
そこには、実際の噴石と思われる画像が表示されていた。
「これは……、確かに普通のデウスマキナじゃ厳しいサイズだな」
画像に表示された噴石と思われる巨石は、そばに立っている人間と比較すると10数メートルはあるように見える。
これ程の大岩ともなると、普通のデウスマキナで運ぶことは不可能だ。
というよりも、そもそもがデウスマキナの仕事ではない。
「でも、私たちのデウスマキナであれば可能でしょ?」
「まあ、二人がかりであればいけるだろうな」
シャルのデウスマキナ【シャトー】は、準オリジナルのデウスマキナである【ヘラクレス】の
そして俺のパンドラは神代に造られたデウスマキナであり、その魔導融合炉は完全にオリジナルと呼べる代物なので、一般に出回っているデウスマキナに比べて圧倒的に高い出力が出せる。
この二体で協力すれば、このくらいの大岩を動かすことも問題なく可能だ。
しかし……
「一つ問題がある」
「何?」
「サンドストームマウンテンでわかったことだが、未踏領域の形成にオリジナルのデウスマキナが関わっていた場合、パンドラに反応して活性化する恐れがある」
未踏領域の多くは、大昔に起こったオリジナルのデウスマキナの暴走により生まれた領域だ。
その多くは現在沈静化されたり休眠状態になっているが、何らかの脅威が迫れば再び活性化する恐れがある。
実際、サンドストームマウンテンの件は、パンドラの存在をカイキアスが脅威と認識したからこそ引き起こされた。
もしコラプス大火山がオリジナルのデウスマキナに起因して生まれた未踏領域であれば、パンドラが近づくことで再び活動を再開するかもしれない。
そうなると噴石の撤去どころではないし、さらなる被害を増やして本末転倒になりかねない。
『その点は問題ありません』
俺の言葉に反応し、シャルの持っていた小型タブレットから落ち着いた女の声が発せられる。
「聞いていたのか」
『当然です。我々の今後に関わることですから』
どうやらパンドラは、シャルのタブレットを介して俺たちの会話を盗み聞いていたらしい。
ミーティングに参加したかったのであれば最初からそう言えばよかったのに、面倒くさいヤツである。
「アンタのAI、何でもありね……。さすがは神代の代物ってところかしら?」
『ありがとうございます』
シャルは褒めるというより呆れているだけな気がするが、まあいい。
それより、話の続きを聞こう。
「で、問題ないとは?」
『私たち神代のデウスマキナには、個体ごとに識別信号が存在します。恐らく【カイキアス】は、そこから私の脅威性を判定したのでしょう。よって、識別信号さえ判別されなければ、私が脅威と判定されることはないと思われます』
「それは、判別できなくすることが可能ということか?」
『はい。私には識別を隠蔽する機能が備えられています』
「……何故それを【カイキアス】の時に使わなかった」
『【カイキアス】は【アテ】と同じ広範囲型のデウスマキナですが、【アテ】とは異なり気象操作タイプです。気象操作タイプや物理干渉タイプは私の機能で無効化することはできないので、それを感知される恐れはありませんでした。つまり、あの時点では必要性を認識していなかったのです』
「……」
あまりにも知的であるため忘れがちになるが、パンドラはあくまでもAIである。
人間と違って想像力があるワケではないため、実績データのない事柄を予測することは難しく、念のために保険をかけるようなアドリブが利かない。
もう少し融通が利けば、解体などされずに済んだだろうに……
「ともかく、これで問題は無くなったってことね! それじゃあマリウス、早速準備を始めるわよ!」
こうして、俺たち『
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