第??(35)話 その子の名は――
あれから俺達は、息をつく間もなく後始末に追われた。
【アテ】の残骸の回収に、マリアの親族の遺品回収。
そして、可能な限り俺の残した痕跡の消去する必要があったからだ。
俺が『カプリッツィオ』に挑戦することはギルドで記録されている。
入ったこと自体を隠すことは不可能だ。
しかし、俺が中心部まで来たという事実は隠す必要がある。
道中で失った【フローガ】の腕などについては、可能な限り処理しなければならなかった。
「しかし、本当に宜しいのですか?」
「何がだ」
「コンラート様が独力でここまで来たのは事実です。それは、開拓者としての栄光になるのではないのですか?」
「俺は自分の達成感さえあれば、それで十分だ。それに、「狂乱」がなくなった今となっては、そんな栄光は無意味に等しい」
死ぬほどの思いで辿り着いた中心部も、「狂乱」がなくなってしまえば誰にでも到達できる場所に過ぎない。
仮にそれを自慢げに報告したところで、詳しく調べられれば疑われることは間違いないだろう。
……もっとも、報告すればそれ以外の意味で俺は拘束されることになるハズだ。
最悪、現皇族の手で消される可能性すら十分にある。
簡単に俺の見解を述べると、マリアは俯いて謝罪を述べてくる。
さっきまでの俺なら聞き取れないような小さな声だ。
現在は治療キットに入ってた骨伝導補聴器のお陰で、辛うじて音が拾えている。
「……改めて、厄介事に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」
「いや、それに首を突っ込まなければ、俺は生き残ることができなかった。感謝こそすれ、迷惑に思うことなどありはしない」
「…………」
マリアは俯いたまま黙ってしまう。
俺はそんなマリアの頭に手を置いた。
「嘘じゃない。俺は一生分の冒険ができて、本当に感謝している」
どう転ぼうとも、『カプリッツィオ』への挑戦が俺の最後の冒険であったことに違いはない。
生き残れただけでも十分だというのに、その最後で俺はこの世界の真実に近づけたのだ。
不満など、あるハズもなかった。
『それで、気持ちの方は固まったのでしょうか?』
黙って【フローガ】のパーツを探索していた【パンドラ】が、急に話に割り込んでくる。
空気を読めと言いたいところだが、AI相手に言っても無駄だろう。
「……わからない。が、少なくとも好意を抱いているのは間違いないだろう」
「っ! それは、本当ですか!?」
俯いた状態から素早く顔を上げ、体ごと振り返るマリア。
戦いが終わり、ベルトを緩めたことで可能になった体勢だが、色々とマズイ。
それまで抑えられていたものが、じわじわと活動を再開する。
「元の体勢に戻れ。……危険だ」
「は、はい、ですが、その、本当に?」
吊り橋効果の影響というのは否定できないが、戦いの前よりもマリアに惹かれているのは間違いないだろう。
普通、素人がいきなりデウスマキナに乗れば、ほとんどの場合酷い乗り物酔いになる。
だというのに、マリアはそんな様子をおくびにも出さなかった。
さらに言えば、訓練を受けていない人間は、激しい動きによるGに耐えられず失神するものだ。
マリアは眠りにつく前に一応訓練を受けていたようだが、耐Gスーツを着ている俺でもキツイGを最後のギリギリまで耐え抜いて見せた。
精神論でどうにかなるような話でもないが、耐えられたのは間違いなく彼女の強い意志があってのことだろう。
そんな強さを見せられたら、惹かれるなという方が無理な話である。
「……そんなに不思議か? 仮にも俺達は、共に死線を超えたんだ。そのパートナーを好ましく思うくらい、普通のことだろう」
「普通……、そうですよね、私のこの気持ちも、普通のことなんですよね」
マリアだって、使命感はあっても恋愛感情はなかったハズだ。
それが少しでも引き出せたのであれば、俺も罪悪感を覚えずに済むというものである。
「お父様、お母様、マリアは一族の悲願を果たせそうです」
祈り始めるマリアに便乗するようなカタチになるが、心の中で彼女の両親に謝罪する。
(本当はもっと相応しい男を用意してやるべきなのだろうが……、すまない。大事な娘さんは、俺が貰うことになりそうだ)
◇
――――1年後。
基礎訓練中にマリアの陣痛が始まったと連絡を受け、慌てて家に帰ってきた。
中に入りマリアの部屋に向かうと、数人の産婆が緊張した表情で対応をしている。
どうやら、本当に生まれる直前のようだ。間に合ってよかった。
邪魔にならないよう注意し、マリアの傍によって手を握る。
「コン、ラート……」
「大丈夫だ、俺が付いてる。それに、ケニー婆達も最高の産婆だ。絶対に成功する」
この小さな町で生まれた者のほとんどは、ケニー婆達により取り上げられている。
もちろん俺もそうだ。だからこそ、彼女達の腕は信頼している。
しかし、信頼はしていても、やはり苦しむマリアの姿を見ていると不安は拭えない。
「……すまない、俺にはこうして手を握り、祈ることくらしかできない」
「ふふ……、私は、それだけで、十分です、よ? たくさん、勇気を、貰いました……」
凄まじい激痛だろうに、それでもマリアは笑顔を浮かべる。
本当に、強い
出会ったときから、彼女は強かった。
そして俺は、そんな彼女に惹かれ、愛した。
神よ、頼む。
マリアと子どもを、どうか無事に――
数時間にものぼる祈りと、彼女達の戦いのすえ、部屋に大きな産声が響き渡る。
俺は、母さんが死んだとき以来の、涙を流した。
「ねえ、名前はどうしましょうか?」
「マリアの名を残したい。マリアンヌはどうだ?」
「まあ、男の子ですよ?」
「では、マリアスでどうだ」
「……どうしても、私の名前から離れられないんですね」
「俺が決めようとすれば、そうなることは必然だ。マリアは何か希望はないのか?」
「そうですね。私の時代にはペルセウス、アキレウス、ネレウス、オデュッセウス……といった英雄がいました。だから、そんな英雄達から名前の特徴を貰おうと思っていまして……」
「そうか、じゃあ決まりだな。この子の名前は――」
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