第??(34)話 決着
神代のデウスマキナ【アテ】は、元々が狂気を司る存在だったらしい。
神々が何のために生み出したかはわからないが、搭乗者は皆等しく狂うため、呪われたデウスマキナとして封印されていたようだ。
それが大洪水により解き放たれ、神々の呪いにより効果範囲を大きく広げたことで、今のような厄災となった――ということだが、俺の知る歴史でそんな話は一切伝わっていない。
「情報が秘匿されたのは、色々な思惑があってのことです。これ以上神々を刺激するべきではないと主張し、神代のデウスマキナを
ただし、アウグスティス家は【パンドラ】による厄災の封印を主目的としており、戦力的優位については考えていなかった。
しかし、どんな理由があったとしても過大な戦力は脅威として見られがちだ。
結果として、神々のデウスマキナを恐れる派閥、そして戦力として取り込みたい派閥により【パンドラ】は解体され、多くの機能を失うこととなったそうだ。
「その割には、肝心の封印に関する機能が残されているようだが」
『それは当然、私が秘匿したからです。解体されるとわかっているのに、情報を与えるなどという愚かなことはしませんよ』
「成程。それであの姿だったワケか」
【パンドラ】は、頭部とコックピット以外の部分が解体されていた。
それは恐らく、封印の
アウグスティス家は、それらをスケープゴートにすることで【パンドラ】の本体を守ったのかもしれない。
「アウグスティス家に技術者が残っていれば、話は早かったんだろうがな」
「……そうですね。アウグスティス家は元々研究者の家系ですので、整備技術や操縦技術は、旧皇族や皇族以外を頼っていました。それが仇となったは間違いないでしょう」
あの城には、【パンドラ】以外のデウスマキナは一機も残されていなかった。
ほとんどがアントニウス家の派閥とともに、この地を離れたのだという。
アウグスティス家が所有するデウスマキナも存在していたが、それらはマリアが眠りについたのち、最後の賭けで【アテ】に挑んだことで失われたそうだ。
「……その結果が
【パンドラ】の周囲には、俺が解体したデウスマキナが複数機散らばっている。
その中には、現代のデウスマキナ以外に、【アトラス】や【ヘラクレス】、その他名も知らぬ古代のデウスマキナが含まれていた。
いくつかの機体の胸部には、アウグスティス家の紋章が刻まれている。
もしかしたら、この中にはマリアの親族も……
『【ヘラクレス】の解析が完了しました。残念ながら
「そうですか。では、捨て置きましょう」
「……いいのか?」
解析した【ヘラクレス】には、アウグスティス家の紋章が刻まれている。
マリアの知っている者が乗っていた可能性も高い。
「感傷に浸っている余裕はありません。それに、一刻も早くこの「狂乱」から解放することこそが、彼らへの弔いになると信じていますので……」
「……そうだな。だが、【アテ】を封印したあとであれば少しは余裕もあるだろう。そのときに、改めて弔ってやればいい」
「ありがとう、ございます……」
マリアは気丈に振る舞っているが、心中穏やかではないだろう。
眠っていたマリアにとっては、様々な人達の顔が昨日のことのように思い出されているハズだ。
怒り、悲しみ、虚無感……、その胸中は察するに余りある。
「……さて、どう見ても禍々しいデウスマキナが見えるが、アレが【アテ】か?」
『そうです。アチラも私を認識しました。……来ます!』
凄まじい速度で【アテ】がこちらに向かって駆けてくる。
その速度は、現代のデウスマキナを遥かに凌駕していた。
数百メートルはあった距離が、あっという間にゼロになる。
反応してマニピュレーターを前に構えるが、【アテ】は横に跳び接触を回避した。
「まさか、気づかれているのか!?」
『防衛機構が、『キビシス』を危険と認識しているのでしょう』
【パンドラ】はそう言いながら、横合いから攻撃を回避する。
「きゃ!」
デウスマキナの挙動に慣れてないマリアが、その速度に驚いたのか声を漏らす。
「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
デウスマキナの初心者は、音声認識の際によく舌を噛む。
慣れればある程度は回避が可能なのだが、当然マリアにそんな技術はない。
【アテ】の連撃を、【パンドラ】が反応して回避する。
俺は姿勢制御などのバックアップと反撃に集中し、回避動作は全て【パンドラ】に任せた。
「クッ……、もう少し余裕をもって回避できないのか!」
『不可能です。【アトラス】の脚部は、高速機動に適していません』
【アトラス】は重量級の機体だ。
その脚部はパワーこそあるが、機動力は現代のデウスマキナと同等程度しかないらしい。
せめて自分で回避動作を行えば、もう少し反撃をしやすい体勢を取れるのだが、それをすれば確実に被弾することになる。
人間の反応速度では、どう足掻いても機械には勝てないからだ。
対デウスマキナ戦でパイロットに求められるのは、操縦技術と判断速度、そして読みである。
機械の反応速度を補うために卓越した操縦技術が必要となり、武装の選択や攻撃のタイミングを計るのに素早い判断速度が必要で、機械の反応速度を上回るために優れた読みが必要になる。
俺は精密なバランス制御を行いながら、【アテ】の動きを先読みして腕を突き出す。
しかし、神代のデウスマキナの反応速度は想像以上であり、都度動きを修正せざるを得ない。
幸い、【アテ】は『キビシス』を警戒しているため、マニピュレーターで牽制することで動きを制限することができる。
機動力の差はそれで補うことができた。
が、何度目かの接近で、【アテ】が想定外の挙動をする。
(踏み込まれた!?)
追い払う目的で突き出した腕を、【アテ】は距離を取るのではなく踏み込むことで回避してきた。
完全に想定外の動きである。
慌ててもう片方のマニピュレーターで【アテ】を捉えようとしたが、腕を掴まれ阻止される。
(俺の、ミスだ……!)
心のどこかで、相手は所詮AIだという油断があった。
AI相手であれば事務的な処理で問題ないと、動きが単調になったのである。
しかし、相手は神代のAI。
現代のAIとは思考能力、学習能力において一線を画す存在だ。
俺はそれを【パンドラ】を見て知っていたハズなのに、この戦いで計算に入れていなかった。
最接近した【アテ】の頭部が、スクリーン全体に映し出される。
そして――、
『GiiiiYAaaaaaaaaaaaa!!!!』
凄まじい叫び声が放たれる。
その音圧は機体が震えるほどであり、俺の鼓膜は両方とも破れた。
三半規管にもダメージが入り、平衡感覚を失う。
「コンラート様!」
遠のきそうになる意識を、辛うじて聞こえたマリアの声が引き戻す。
同時に、スクリーンの向こうで【アテ】が笑ったような気がした。
(今のをもう一度喰らうのは、マズイ……)
俺はほとんど本能のレベルで、機体のバランス制御を切る。
『Gyi!?』
「【パンドラ】! 脚部『アイギス』を解除!」
【アテ】に押し倒されるような体勢になるが、一瞬できた機体同士の隙間に、下部装甲を解除し可動範囲の広がった脚部を滑り込ませる。
そして倒れこむのに合わせるように、【アテ】を蹴り上げた。
「きゃあ!」
「グッ……、【パンドラ】、【アテ】はどうなった」
『後方に……飛び、まだ……上がっていま……。少なからず……を負った……です』
巴投げの要領で投げ飛ばしたが、その脚力は【アトラス】のものであり、凄まじい威力を発揮する。
俺が【フローガ】で跳ね飛ばされたときと同様か、それ以上の距離を吹っ飛んだハズだ。
(しかし、これは、キツイな……)
【パンドラ】が機体を立ち上がらせたようだが、グラグラとして平衡感覚がない。
耳もあまり聞こえないし、状態はかなり悪いと言っていいだろう。
「姫様は、無事か……」
「……い。咄嗟に、……塞げた……で」
マリアは操縦桿を握っているワケではないので、反応して耳を塞ぐことができたようだ。
それにしても、あの瞬間によく反応できたものである。
刹那的に見せる反応はセンスとも言い換えられるので、マリアには危険予知の才能があるのかもしれない。
「しかし、音とは厄介な攻撃をしてくる……」
音を回避するのは、現実的に不可能である。
音速、広範囲、不可視と、言葉を並べればその攻撃が如何に理不尽か理解できるだろう。
『【アテ】の「狂乱」は、音波や電波といった波を介していると想定されます。私はそういった有害な波を無効化できますが、純粋な音の波までは今のように無効化できません。注意してください』
俺の耳を考慮してか、【パンドラ】は音量を上げてこちらに情報を伝えてくる。
変わらず音は聞こえづらいが、とりあえず内容は聞き取ることができた。
しかし、内容が聞こえたからと言って対策は難しい。
スピーカーを切れば多少は効果があるだろうが、あれくらい至近距離で放たれればスピーカー越しでなくとも確実にダメージは入る。
恐らく、生身で受ければ肺や他の器官も損傷し、最悪死に至る可能性もあるだろう。
今俺達が無事なのは、コックピット内で音がかなり減衰されていたからに過ぎない。
もし、さっき以上の出力であの「雄たけび」が放たれれば……
『恐らく、あの攻撃は至近距離でなければ効果はありません。もし遠間からでも人体を損傷させるレベルの音圧を発せられるのであれば、最初からやっていたでしょう』
音圧は、距離や環境により大幅に減衰されるものだ。
デウスマキナ自体の稼働音もあるうえ、金属の壁を挟んでいるのだから、至近距離でなければ効果が薄いというのも納得できる。
しかし、距離を取ればこちらの攻撃も届かない。
……いや、届かせる手段はあるが、現実的ではない。
「……姫様、ドゥオを起動してくれ」
「わかりました。ドゥオ、解放」
『畏まりました』
【パンドラ】が返事をすると同時に、マニピュレーターから赤い燐光が漏れ始める。
『既にエーテルの残量は半分を切っています。連発はできませんよ』
「安心しろ、そのつもりはない」
【アテ】のAIは優秀だ。
神々の呪いとやらで狂っているハズだが、冷静にこちらの動きを学習し、対処してくる。
そんな相手に奥の手を見せ、倒しきれなければ、次はもう通じなくなるだろう。
俺は後方に跳び退り、近場にあった建物の壁にマニピュレーターを触れさせる。
『セット、完了しました』
数秒触れさせると、赤い手形が残る。
熱を持ち、今にも溶けだしそうだ。
「この状態をどのくらい維持できる」
『ほんの1分ほどです。それ以上は、暴発するか接地面が融解します』
「なら、それまでに決める。姫様、タイミングを合わせてくれ」
「は、はい!」
頭がクラクラするが、高揚感からか意識ははっきりしていた。
操縦桿を強く握り、【アテ】目掛けて突進をしかける。
立ち上がったばかりの【アテ】は、望むところとばかりに前進してきた。
それを確認し、俺は突進を止め再びバックステップを踏む――が、【アテ】の方が圧倒的に素早いため距離は離せない。
着地と同時に、両手を地面に付ける。
「『分解』!」
綿毛が散るように、地面が分解される。
ちょっとしたクレーターが前方に生まれた。
【アテ】はそれを大した障害ではないと認識したのか、迂回せずに真っ直ぐ突っ込んでくる。
そしてクレーターを飛び越える瞬間――、
「今だ!」
「『
マリアがそう叫ぶと同時に、先程建物にセットした手形から凄まじい放射熱線が放たれる。
その熱線は、触れるものを自然発火させるほど凄まじい熱を帯びており、たとえデウスマキナであろうとも触れればタダでは済まない。
飛行機能やスラスターのない【アテ】は空中で軌道を変えられないため、これを避けることができない――ハズだった。
『GiiiiYiiiiii!!!?』
【アテ】から再び大音量の音が発生する。
今度は先程のよりもさらに大きな音で、それはもう、音波というレベルではなく完全に衝撃波と化していた。
こちらは屈んでおり、【アテ】は跳び上がっている状態なので距離は離れているのだが、その衝撃で機体が悲鳴を上げる。
「グッ……!」
当然だが、機体の中にいる俺達にもその衝撃は襲い掛かる。
威力は減衰しているが、体の中心にガツンとした衝撃が走り、意識が飛びかける。
視界の下では、マリアの首がカクンと下に垂れていた。
流石に今の衝撃は耐えられなかったらしく、気絶したようだ。
『【アテ】の奥の手でしょう。【アテ】本体にもダメージが入っています』
衝撃波の影響を受けていない【パンドラ】が淡々と言う。
なんとか視界を【アテ】に合わせると、【パンドラ】の言う通りダメージがあるらしく、全身にヒビのようなものが走っていた。
しかし、衝撃波の反動で位置をズラしたのか、熱線の軌道上から外れてしまっている。
マリアが気絶している以上、もう『
ここで逃すワケにはいかなかった。
「まだだぁっ!!!!」
腕部を操作し、着地寸前の【アテ】にマニピュレーターを向ける。
そして座席の隣にある緑のボタン――の隣にある白いボタンを押した。
その瞬間、『吸収』が起動する。
『Gyi!?』
引力に引っ張られるように、【アテ】が引き寄せられる。
そして――、まだ放出が続いている熱線に頭から突っ込んだ。
『!!!!!!?????』
高温に焼かれたせいか、音声にならないキーンとした電子音が響く。
熱線は次の瞬間に消えたが、目的は達成された。
「もう、馬鹿デカい声は出せまい!」
最大の障害は取り除いたため、距離を詰め掴みかかる。
【アテ】は距離を取ろうとするが、先程自ら放った衝撃波のせいか出力が安定していない。
それに比べ、【アトラス】の脚部は頑丈らしく、衰えることない速度で【アテ】を捉えた。
「これで終わりだ」
頭部を掴み、『分解』を起動する。
【アテ】は断末魔の叫びすら上げられず、そのまま動きを停止した。
「終わった、のですか……?」
意識を取り戻したマリアが恐る恐るといった感じで尋ねてくる。
「ああ……」
【パンドラ】の言った通り、神代のデウスマキナのAIは頭部にあるらしく、頭部を潰せば機能を停止することができた。
この点は、現代のデウスマキナよりも脆い点と言えるかもしれない。
……まあ、現代のデウスマキナでは、神代のデウスマキナの頭部を潰すなど不可能だろうが。
『まだ終わりではありません。コアを止めねば、「狂乱」は収まりませんので』
どうやら、「狂乱」自体はAIが制御しているワケではなく、自動的に発動しているようだ。
気を抜いて外に出ていればアウトだったな。
『っ!? 【アテ】の
「なんだと!?」
「ス、
マリアが封印機構を起動し、ただちに『キビシス』で封印を開始する。
「……最後まで、厄介なヤツだったな」
「ええ、ですが、これで本当に、終わりなんですね……」
遠く聞こえる声と同時に、意識を取り戻したマリアの瞳から涙が零れ落ちる。
マリアにとっては、国と親族の仇とも言える因縁の相手を討ち滅ぼしたのだ。
きっとこの涙には、様々な思いが宿っているに違いない。
……気づくと、俺はほぼ無意識にマリアの頭を撫でていた。
「……コンラート様?」
マリアが振り返り、俺の顔を見上げてくる。
俺は気恥ずかしくなり目を逸らす。
「……まだ、終わっていない。色々と、後始末が残っているしな」
照れ隠しの意味が強かったが、実際に後始末については考える必要があった。
【アテ】の処理だけでなく、様々な痕跡を消す必要があるだろう。
「……そう、ですね。それに、無事帰って、子作りをする必要もありますから」
「っ!」
マリアは涙を流しながらも、楽しそうに笑顔を浮かべている。
……どうやら、俺の照れ隠しは見透かされていたようだ。
しかし、悪い気はしない。むしろ、満たされたような気すらしてくる。
もう、マリアの言葉を拒む必要はないだろう。
俺は間違いなく、彼女に惹かれている。
もしかしたらこれは、極限の状況だからこそ生まれた感情なのかもしれない。
しかしそれでも――、後悔などしないと思った。
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