第??(33)話 『キビシス』



「この城を、壊すのですか?」


「姫様には悪いが、そうなる」



 この地下には、俺や【パンドラ】の痕跡はがかなり残っている。

 俺達がこのまま「狂乱」の封印に成功したとしても、それが帝国に見つかれば大きな問題になる可能性が高い。

 だから、この地下……城自体を、崩して見つからないようにする必要がある。



『具体的にどうするつもりですか?』


「地下の支柱を全て破壊する。この機体のパワーであれば可能だろう」



 支柱がなくなれば、地下施設は潰され、それに伴い城自体も崩れるハズだ。



『可能では、ありますが、脱出についてはどのように考えているのですか?』


「……崩れる前に脱出すればいいだろう」


『無茶なことを言います。いくらこの機体でも、完全な状態でなければそんなことは不可能です』



 自分で言ってて無茶だとは思ったが、この機体のスペックであればいける気がしたのだ。

 実際、完全な状態であれば可能とも聞こえるので、俺の予想も見当外れではなかったと思われる。



「ふむ、そうなると最低限になるが、【フローガ】の残骸と【パンドラ】のメンテナンス台くらいは処理していくか」



 先程見た『キビシス』の性能であれば、痕跡を残さず消滅させることも容易いハズだ。



『それらを処理することには賛成しますが、地下も崩しましょう』


「……可能なのか」


『【アトラス】のコアを封印したことで、封印兵装の2番が解放されました。それを用いれば問題ありません』



 先程言っていたアレか。



『【アテ】との戦いで使う前に、ここで予行練習をしておきましょう。マリア、ドゥオの解放を宣言してください』


「ドゥオの、解放?」


『ドゥオ、解放します』


「え?」





 ◇





「説明が足りない」


『申し訳ありません。ですが、実際に見るのが早いと思ったのです』



 確かに、インパクトという意味では相当なものだった。

 だが、一歩間違えば巻き添えになるような危険物を、説明なしに使わせるというのは相当タチが悪い。



「私も、少し怒っています」


『今度からは、事前に想定される効果を報告いたします』


「そうしてくれ」



 色々と問題はあったが、俺達の痕跡は消せたと思われる。

 地下は崩れてしまったため確認はできないが、あれだけの爆発がおきれば跡形も残っていないだろう。

【フローガ】を『キビシス』で処理できなかったことだけは心残りだが、あれだけの質量に埋もれてしまえば、仮に残骸が残っていたとしても掘り起こすことは困難だ。



『……っ! 前方より敵機です』


「っ!? 【アテ】か?」


『いいえ、「狂乱」で狂ったデウスマキナのようです』


「お前の知覚領域とやらにいれば、「狂乱」の影響を受けないんじゃなかったのか?」


『【アテ】が近い影響です。私の本体に効果はありませんが、この周辺には私の影響力を上回るほどに異常なレベルの「狂乱」が渦巻いています』



 それはつまり、俺が体験したものを遥かに超える「狂乱」がこの辺りに渦巻いているということだろうか。

 あれでも十分に苦労させられたというのに、それ以上となると――、正直ゾッとする話だ。

 もし生身で【パンドラ】の外にでれば、俺もマリアも確実に狂い死んでしまうだろう。



『10秒以内に交戦範囲に入ります』



 レーダーがないため索敵は全て【パンドラ】頼りとなるが、ここまで近づけばカメラがその姿を捉える。



(アネモスの参式か、かなり新しい機体だな)



 アネモスシリーズの中では最新機種である。

 高性能な機体を手に入れた開拓者が驕って『カプリッツィオ』に挑戦したのか……?

 理由はわからないが、これまでここで見てきた中で一番新しいデウスマキナだ。

【カプリッツィオ】に挑んだのも近年のことだろう。

 できれば弔ってやりたいが……、今の俺にそんな余裕はない。


『希望』を手に入れたとはいえ、未だ俺がいるのは死地だ。

 生き残る以外のことは、全て後回しである。



「戦うのですか?」


「正直構っている場合ではないが、放置しても【アテ】との戦いで邪魔になる可能性が有るからな。ここで無力化する」



 四つ足の獣のように跳びかかってくる【アネモス】参式を、正面から受け止める。

 無力化するためには手足の機能を停止させる必要があるが……



「【パンドラ】、このまま強引に引きちぎれるか?」


『可能ではありますが、お勧めはできません。恐らく継ぎ目ジョイントが負荷に耐えられないでしょう』



 この機体の肩部は【アトラス】のものだし、魔導融合炉リアクターは神代のデウスマキナのものだ。

 そのパワーは現代のデウスマキナを遥かに凌駕しているが、それを繋いでいる継ぎ目ジョイントは現代製のため、全力を発揮できない。

 しかも、歪めて強引に繋いでいるような状態なので、負荷をかければ破損する可能性も十分ある。



『ここは『キビシス』を使うことを推奨します』


「確かにそれなら無力化は簡単だが、時間がかかり過ぎる」



 固有兵装『キビシス』は、無機物であればどんな物質でも分解、吸収してしまうという恐ろしい代物だが、吸収には数分単位の時間がかかる。

 さらに、一度に一つまでしか吸収できないため、再使用するには放出する必要があり、その放出にもある程度時間が必要だ。


 視界には既に別のデウスマキナが映りこんでいる。

 一機にそんな時間をかけてはいられない。



『『キビシス』の機能は、「分解」と「吸収」です。これらはそれぞれ独立した機能になります』


「っ!」



 つまり、「分解」だけでも使用可能だと。

 触れればどんな物質でも分解する手――それは確かに、兵装の名に恥じぬ武器だ。



『そして、『キビシス』は封印兵装ではありませんので、コンラート殿でも扱えます。使用する場合は、私に命じるか座席の右側にある緑のボタンを押してください』



 こんなボタン一つで、そんな危ない機能が使えてしまうことが恐ろしい。

 間違って触れることがないよう、細心の注意を払おう。



『両手で「分解」を起動』



 俺がそう言うと同時に、受け止めていたアネモス参式の腕部が塵のように消えていく。



『GH&%+#(&!』



 アネモス参式が意味不明の音声を発する。

 AIが痛みなど感じるハズもないが、何か異常が発生していることは理解できるのだろう。

 俺は両腕部の消失を確認すると、そのまま脚部の継ぎ目ジョイントに触れ、「分解」を起動する。

 接続部分を失った胴体が地面に落下し、アネモス参式が沈黙する。



「ふむ、これは使えるな」



 神代のデウスマキナである【アテ】に対し、なんの武器もなく挑むことに不安があったが、これは十分すぎる武器になる。

 触れさえすれば無力化できるというのは非常に大きい。



『敵機の反応――、約10機ほどがこちらに近づいてきています』



【フローガ】のときなら厳しい戦いだったが、この【パンドラ】ならいくらでも無理がきく。

 こんな状況だというのに、むしろ楽しいとさえ感じていた。



「姫様、しっかり捕まっていろ」


「は、はい」



 操縦桿を握る手に力が入る。

 湧き上がる高揚感に身を任せ、機体を一気に加速。



「……押し通る!」



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