第??(32)話 封印



【パンドラ】の整備は思いのほか順調であった。

 既に腕部と脚部の接続は完了しており、現在は調整を行っている段階だ。

 ここまでくると俺の仕事もほとんどなく、今はコックピット内の機器について確認を行っている。



『コンラート殿、やはり脚部についてはほとんど問題無いようです』


「そうか」



 これについては予想通りである。

【アトラス】は、移動時も動作に問題がほとんど無かった。

 目立った劣化もなかったため、ほとんどが神代のパーツを使用していたのだと思われる。

 重量級に分類されるであろう【アトラス】の重さを支えるには、人類の技術では心許なかったのかもしれない。


 苦労させられたのは腕部だ。

 腕部と胴体ボディ継ぎ目ジョイント部分には、一部人類のパーツが使われていたためである。

 その関係で劣化が激しく、辛うじて動くような状態だったため、精密な動作が不可能だった。

 劣化していたおかげで取り外し自体は簡単だったが、マニピュレーターがほとんど動かないため取り付けるのに苦労した。

 幸い、継ぎ目ジョイントについては【フローガ】のパーツが無事だったため、それを流用することで事なきを得ている(規格は少し違ったが、同じ人類製なこともあって大きな差もなく強引に捻じ曲げて接続できた)。

 



 まともな継ぎ目ジョイントと接続したことで精密な動作が可能となり、その後の作業は比較的スムーズに進んだ。

 最終的に脚部を取り付けるのに、およそ二日程度の時間で済んでいる。

 普通ならもう少し時間がかかるものだが、【パンドラ】による自動操縦と、変幻自在の『アイギス』とやらの性能で大幅な時間短縮が可能となったためだ。



「この『アイギス』という装甲は何にでも変化できるのか?」


『大味な無機物であれば、基本的に再現可能です』



 精密機器や生物には変化できないということか。

 ……それにしたって破格の性能である。



継ぎ目ジョイント部分を隠す装甲と、正面の装甲についてはそれで問題無いようだな」



 継ぎ目ジョイント部分を剥き出しの状態にしておくのは、弱点を曝しているようなものであるため、装甲などで隠す必要がある。

 同様に、機体を操縦するパイロットを守る意味でも装甲は必要だ。

 しかし、【パンドラ】の胴体ボディと【アトラス】の胴体ボディではサイズに差があるため、そのまま流用できなかった。

 それを、変化可能な『アイギス』で補うというワケだ。



『装甲については問題ありません。あとは、仕上げがあります』



 そう言うと、【パンドラ】は両脇にあった薄汚れた球体に触れる。

 すると球体が波打ち、液状となってマニピュレーターを包み込んだ。



「……今のは、『アイギス』か?」


『いいえ。性質は似ていますが、これは『アイギス』ではありません。これこそが、私に残されたもう一つの固有兵装『キビシス』です。性質は、あらゆる物質を飲み込む魔法の袋、といったところでしょうか』



 液状に変化したから『アイギス』かと思ったが、そうではないらしい。

 性質を聞いてもピンとこないが、アレでマニピュレーターを包み込んだということは、何か意味があるのだろう。



『万全とは言えませんが、これで準備は整いました』


「俺の方も、粗方操縦の癖は把握した」



 神代の代物とはいえ、人間向けに造られていることに変わりはない。

 人間はこれをベースに、真似て人造デウスマキナを造ったのだから、操作性に大きな差はなかった。

 より人間が操作しやすく最適化がされていないだけで、基本的な動作については問題無さそうである。


 あとは――


 視線をマリアに向けると、床で足を開脚し、前傾姿勢で床に体を近づけているところであった。

 その際、サイズがあっていない関係で胸元から乳房が覗き見える。



「っ!」



 慌てて視線を逸らすが、目に焼き付いたのか、今見た光景が頭から離れない。

 こういったことには耐性がある方なのだが、一週間も禁欲生活をしていれば否応なく溜まって・・・・しまっている。

 こんな状態でマリアを股の間に収めて操縦などしたら……、想像するだけで恐ろしい。

 ……隙を見て、自分で処理するしかないだろう。



「コンラート様? 何か御用でしょうか?」


「……ああ」



 一瞬視線を合わせたのに気付いたのか、マリアが反応してくる。

 俺は努めて平静を装って返事をし、コックピットから飛び降りてマリアに近づく。



「調子はどうだ?」


「好調です。昨日今日運動や柔軟をした甲斐もあって、座っている分には支障がなさそうです」



 可能な限り筋力の低下は抑えられていたようだが、それにも限界があったらしく、マリアは立ち上がることができなかった。

 筋力が回復すれば歩行も可能になるかもしれないが、一日や二日でどうにかなるものではない。

 そのため、マリアには可能な限り上半身を動かすリハビリを中心にしてもらっていた。



「そうか。たった今、こっちの調整も終わったところだ。問題なければ、明日出ようと思う」


「……いよいよ、ということですね」



 食料の備蓄もそろそろ尽きる。

 タイミングとしては丁度いいだろう。



「ああ、だから今日はこれくらいにして、早く休め」


「そうさせていただきます。すみませんが、肩をお貸しいただけますか?」


「……ああ」



 ただ肩を貸すだけ。

 それだけだというのに、気持ちの昂りを感じる。

 小さい肩、柔らかな感触と、仄かに香る甘い匂い……

 風呂など入っていないハズなのに、俺と比べてどうしてこうも違うのか。

 その差が、強く異性を感じさせた。


【フローガ】のコックピットを解体し、取り出した座席が彼女のベッドだ。

 自分の匂いが染みついた座席に彼女を寝かせるのは、なんだかとても悪いことをしているように感じる。



「……あの、コンラート様」


「なんだ?」


「その、我慢をしてはおられませんか?」


「っ!」



 寝かせ付けた関係で、必然的にマリアの顔が俺の下半身近くにある。

 そのせいで、気づかれた。

 慌てて背を向ける。



「……気のせいだ」


「いいえ。男の方は、何日も我慢できないと聞いております。ここに来て何日目かは存じませんが、もう限界なのでしょう?」


「何も、問題は無い。すぐにでも解消できる」



 用を足すついでに、他の用も足すだけの話だ。



「でしたら、私をお使いください」


「っ!? 何を言って――」


「別におかしなことではないでしょう? これも妻の務めです」


「姫様は、まだ妻になったワケじゃない」



 俺はこの二日間でかなりマリアに惹かれていたが、まだ妻になると確定したワケではない。



「だとしても、婚約したようなものではありませんか。皇族の間では、婚前交渉などいくらでも行われていましたよ」



 それは別に皇族に限った話ではないが、時と場合を選ぶべきである。



「無論、決戦を前にして直接的な性行為をすれば影響が出る可能性があります。ですが、間接的であれば問題無いでしょう。幸い、私は皇族として間接的技術を学んでいます」



 皇族は何を考えているんだ……?

 こんな年齢の少女に教えるような内容じゃないだろう。

 ……いや、皇族だからこそ、なのか?

 皇族は、幼年から嫁ぐこともあるという。

 しかし、幼い頃は当然そういった行為はできない。

 だからこそ…………っ!? チッ! 俺こそ何を考えているんだ!



「却下だ!」


「……私には、魅力がありませんか?」


「逆だ! あり過ぎる!」


「っ! で、では、宜しいではありませんか!」


「……駄目だ。もし、その誘いに乗れば、俺はそこで満足してしまうかもしれない」



 たとえ間接的だとしても、それを許してしまえば俺の気が緩む可能性がある。

 そうなれば、明日の戦いに支障をきたしてしまうだろう。


 俺の言葉の意味がわからないのか、マリアは首をかしげている。



『要するに、楽しみはあとに取っておきたいということです』


「っ! そ、そういうことでしたか」



 AIが余計なことを!

 一瞬激情しかけたが、マリアの嬉しそうな顔を見て一気に消沈する。



「……そういうことだ。だから、これ以上誘惑しないでくれ」


「わかりました。それでは、誘惑については、明日の決戦を乗り切ったら――、たっぷりと、させていただきますね」



 マリアはそう言って、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 この少女は基本的に大人びた雰囲気をしているが、時折子どものような表情を浮かべることがある。

 この二日間会話をして出した俺の結論としては、恐らくはこっちこそが素のマリアなのだろう。

 ……可能であれば、普段から素のマリアを引っ張り出してやりたいものだ。


 俺は決意を新たにし、地下室を後にした。





 ――――翌日。





 マリアを抱え、パンドラのコックピットに乗り込む。

 視界の関係で、マリアの座る場所はやはり俺の股の間となった。

 膝の上よりはマシだが、やはり距離が近い分、匂いやら感触が気になる。

 ……昨日より状態はマシになったが、さっさと操縦に集中したいところだ。



『出発の前に、やることがあります』



 そう言って【パンドラ】が【アトラス】の残骸に近寄る。

 そして、マニピュレーターで魔導融合炉リアクター部分に触れた。



『この【アトラス】の魔導融合炉リアクターは、神代のデウスマキナのものをそのまま流用しています。一度壊されてコアは無害化していますが、問題なく封印可能です。マリア、封印スフラギタと唱えてください』


「……スフラギタ」



 マリアがそう唱えると、機体全体から眩い燐光が放たれ始める。



『このワードをトリガーに、私の封印機構が起動します。もちろん、私と契約した皇族以外がこのワードを唱えても封印機構は起動しません』


「それはわかったが、光り始めただけで何も起こらんぞ」


『今の段階では、封印機構を起動しただけに過ぎません。この状態は、私のコアに他のデウスマキナのコアを取り込む準備を行うだけで、実際に取り込むためにはもう一つ手順を踏む必要があります。それが、固有兵装『キビシス』の役割です』



 そう言うと同時に、マニピュレーターが赤く輝きだす。

 そして次の瞬間、魔導融合炉リアクターが触れていた箇所からちりとなり、吸い込まれていく。



「これは……!」


『これが『キビシス』の機能、分解と吸収です。『キビシス』は、物質であればどんな物でも分子レベルに分解することが可能です。分解したうえで、飲み込みます』



 先日言っていた「あらゆる物質を飲み込む魔法の袋」というのはこういうことか……



『分解された物質は、そのまま吐き出すことも、再構築して吐き出すことも可能です。私の場合は、分解された状態のコアを取り込むことで封印を行います』



 言い終わる頃には、魔導融合炉リアクターは全て『キビシス』に吸収されていた。



『『キビシス』は一度に一つの物質しか収納できません。つまり、左右合わせて二つが限界ということになります。よって、基本的にはこのようにすぐ解放します』



 マニピュレーターから、砂時計の砂のように粒子が放出される。

 それは地面に落ちる際にカタチを形成し、最終的に魔導融合炉リアクターが元の状態で生成された。



「……どんな仕組みか全くわからんが、凄まじい技術だな。……ん? そういえば、封印とやらはどうした?」


『コアは回収しましたので問題ありません。封印は無事完了しました』



 どうやら、魔導融合炉リアクターの中にコアと呼ばれる物が含まれているらしい。

 それ以外の部分は不要なため、こうして外に吐き出したようだ。



『封印したコアは、どうやら【プロメテウス】の系列のもののようです。封印兵装の2番が限定的に開放されました。【アテ】との戦いではきっと役に立つでしょう。思わぬ拾い物です』



 何を言っているかさっぱりわからないが、【アトラス】のコアを封印したことで何かメリットがあったようだ。

 詳しく聞きたいところだが、それは【アテ】とやらのいる場所へ向かいながらでもいいだろう。


 ……しかしその前に、俺も一つ、やるべきことがあると気づいた。



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