第6話 ルーナ=パルフォード
しばらく雪の中を歩くと、先ほどの少女が言っていた宿を見つけた。三階建てのおしゃれな洋館に見えた。昔テレビで見たヨーロッパの家によく似ている。
俺は入り口の扉の前に立った。さきほど追い出された宿のこともあり、俺は少し緊張したが、意を決して扉を開けた。
扉を開けると、中には五十代くらいに見える女性がこげ茶色のテーブルに座っていた。おそらくこの人が女将さんなのだろう。女将さんは俺の姿を見て目を丸くしたがすぐに笑顔になった。
「あら、ずいぶん寒そうな格好しているじゃない!」
その優しそうな笑顔を見て俺は胸を撫で下ろす。
「あの……」
俺がそう言いかけた時、おばさんはそれを遮るように口を開いた。
「まぁまぁ。とりあえずこっちに来て温まりな。風邪ひいちまうよ」
俺を心配してくれているのか、おばさんは暖炉の近くに招き寄せてくれた。口調はぶっきらぼうだが、不思議と温かみを感じる声をしている。暖炉の火はゆらゆらと揺れながら燃えている。
「ああ、暖かい……」
暖炉から発せられる熱が身体を包んでいく。
暖かいということをここまでありがたく感じたことは今までなかった。
「で、どうしたんだい? こんな遅くに」
「あの、一晩泊めてもらいたくて……、空いてますか?」
「空いてるよ。今晩はすっからかんさ。夕食は食べたのかい?」
「いえ、まだ……」
「そうかい! じゃあすぐ準備するからこのまま暖まってなよ!」
そう言うとおばさんは暖炉の前に椅子を一つ持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
俺は、椅子に座った。暖炉の暖かさが少しずつ身体に染み渡っていくのを感じた。
しばらくして俺はテーブルに案内された。しばらく待っていると目の前に料理が運ばれてきた。ビーフシチューのような料理とサラダ、そしてスープとパンが並べられていった。
「今日は誰も来ないと思っていて、さっき適当に作った奴だからあまり美味しくないかもしれないが、まぁお食べ」
俺は料理の芳しい香りに耐えきれず、スプーンを持ち、一口シチューを口にいれる。すると、思っていた以上に酸味が効いた味をしていた。しかし、その味の中には強い出汁の旨みと甘味が混じっており、口の中に優しく広がっていく。
今までに食べたことがないほど素晴らしい味だった。俺は今度は、パンを手でちぎり、シチューにつけて食べてみた。焼きたてのパンの香ばしさにシチューの旨みが絡み、最高に美味しかった。
「どうだい?」
テーブルの向こう側に座っているおかみさんが、声をかけてくる。
「めちゃくちゃ美味しいです」
「そうかい。良かった。」
サラダもスープも非常に美味しかった。使っている具材はなにか全く分からなかったが、味はどれも一級品だった。俺は夢中で料理をかきこんでいく。
(美味しい……。めちゃくちゃ美味しい……。助かった! 助かったんだ……)
極上の料理の味や暖炉の温もりが、全身に染み渡っていく。それと同時に先ほどの少女への感謝の気持ちが込み上げてきて、涙が溢れてきてしまう。
(あの人のお陰でこんなに美味しい料理と暖かい場所を得ることができた……。この感謝の気持ちは本当に計り知れない……。ありがとうございます! ありがとうございます!)
俺は心の中で何度も、先ほど助けてくれた少女に対する感謝の気持ちを口にした。
「どうしたんだい? そんなに、泣いたりして! 体調でも悪いのかい?」
テーブルに座って何やら本を読んでいた女将さんは俺の様子に気づいたのか心配そうに声をかけてきた。俺は、少し迷ったが、今日起こったことを正直に話した。もちろん地球から召喚されたことはうまく濁したが。
「そうだったんだ! それは大変な日だったね! 辛かったろう」
おばさんは暖かい労いの言葉をかけてくれた。言葉はややぶっきらぼうだが、その声や表情から人情味が感じられる。
「でも良い人に助けてもらえて良かったね! 銀髪の少女ってあの子だろ!」
おばさんは、壁に貼っているポスターを指差した。そこには確かに先ほど助けてくれた少女が映っていた。
(えっ? 写真? この世界にも写真があるのか。っていうか。本当にさっきの子だ。どういうことだ?)
写真の彼女は先ほどとは違い白と青を基調としたアーマーは来ておらず、薄い黄色のワンピースを着ている。そして右手には何やら飲み物を持ち、とびきりの笑顔を浮かべていた。
ポスターの右端には縦書きで「ルールを守って楽しく飲みましょう」と書かれている。服装は違っていても先ほど出会ったばかりだ。見間違えるはずはなかった。
「そうです!! あの人です! 誰なんですか?」
俺は思わず大きな声を出した。
「彼女の名前はルーナ=パルフォード。この町で一番の冒険者だよ」
「ルーナ=パルフォード……」
俺は命を救ってくれた恩人の名を噛み締めるように口ずさむ。
「あんたは本当に運が良かったよ。この町でルーナは一番の有名人なんだよ」
「そうなんですか!」
「ああ。その天才的な冒険者としての実力から二十一歳の若さでギルドのトップランカーになったんだ。しかも圧倒的な美貌と、明るく優しい性格ときたもんだ。もう大人気さ!! 町の1番の人気者と言ってもいい。一対一で会えるなんてお前さんは幸運だったね」
「そんなにすごい人だったんですね……。ルーナさん……」
「ああ、何回かうちにも泊まってくれたけどさ、本当に良い子だったよ!どうすればあんな良い子に育つんだろうね!」
「町のギルドのトップってやっぱりすごいんですか?」
「当たり前さ。うちは王都に比べたら田舎だが、それでも千八百人は冒険者がいる。その中で一番なんだから」
「なるほど」
「たしか、ランクで言うと特級冒険者の中位だったな。十二段階のランクがあるうち上から二番目だ。彼女がこの町の最高ランクさ」
「町の冒険者の中のトップですか……すごいですね!!」
(すごい! なんてすごい人なんだろう! それほどの強さや実力があるのに。俺みたいな奴を助けてくれる優しさまで持ち合わせているなんて……)
俺は女将さんから話を聞き、ルーナさんに憧れにも近い感情を抱いた。今までアイドルとかにはまったことなんてなかった俺だったからそんな自分に驚いてしまうが、今回は仕方ないだろう。あの人は命の恩人なのだから。
「圧倒的な人気があるからさ、こうやってモデルみたいな仕事もお願いしてるんだよ。ほんと、凄い子だよ」
ルーナさんの情報を聞き、改めて彼女に対する感謝の気持ちが込み上げてくる。
「さっきもお話しましたが、僕はルーナさんに助けてもらったんです。ルーナさんがいなかったら今頃、路地裏で凍死してるかもしれません!僕は、あの人に助けてもらった時、今までの人生の中で一番嬉しかったんです!」
俺の言葉を女将さんは静かに聞いている。
「だ、だから、今はだめだめな僕ですが。立派な冒険者になっていつかルーナさんに恩返ししたいです!」
自分で言っていて俺がこんな事を言うなんておかしいと思う。でも抑えられない熱い思いが次々に込み上げてきてしまう。
「そうか! いいんじゃないか! でも、彼女はこの町で一番の冒険者だからな。生半可な努力じゃ恩返しできないと思うけど」
「わかっています。でも、それでも、あの人には何か返さなければならないんです。人として。絶対に!」
今まで誰かに対してこんなに強いを持ったことがなかった。自分でも柄でもないなと感じる。こみ上げると熱い想いを他にどうすることもできなかった。
「うん。その気持ちがあればきっとできるさ! 人間本気になれば、とんでもない力が出る物だからな! 応援してるよ!」
「ありがとうございます!」
俺は、あの時ルーナさんがこの宿を紹介してくれた理由がわかった気がした。この女将さんもめちゃくちゃ良い人だ。俺は何回も人間不信になってきた人生の中で二人も素晴らしい人に出会えたことが嬉しかった。
俺はそのあとシチューとスープを二回ずつおかわりした。そして女将さんに案内され客室に向かった。客室は不思議と日本にあるホテルと似たような作りだった。もっとも、椅子やテーブルなどの模様は見たこともない物だったが。
俺はおかみさんに風呂の使い方を教えてもらい湯船に使った。この世界に温かい風呂に入る文化があるとは思わなかったから女将さんに仕組みを聞いてみたが、どうやらモンスターから取れる特殊な素材を使って電気や火、水やお湯などの設備を整えているとのことだった。
なんにせよ俺は、異世界で風呂に入れるとは思っていなかったため、すごく嬉しかった。ゆっくりと身体を温めると、風呂から上がり、ふかふかのベッドに入った。
あれだけ傷つき、絶望した一日だったのに、俺は幸せな気持ちで眼を閉じた。
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